迎えにくる
学院が見えてきた。
講義はもう終わっている。
門から学生たちが次々と出てきていた。
「どこ?」
「あっち」
正門から少し離れた広場を指す。
木が一本。
石のベンチが二つ。
「アリナは、だいたいここで待ってる」
「毎日?」
「毎日じゃない。買い物がある日とか、父さんが遅い日とか」
「今日みたいに?」
足が止まった。
「……うん」
今日もそうだった。
学院を出た俺を、アリナが待っていた。
紙袋を抱えて。
『お兄ちゃん』
いつものように。
「坊ちゃん」
「何」
「考えるのはあと」
「分かってる」
広場へ入る。
「三日前も来た?」
「分からない」
「会ってない?」
「俺が会ってないだけかもしれない」
「なるほど」
アカポリスは周囲を見回した。
地面。
木。
建物。
「何してるの?」
「私なら、どこから見るか考えてる」
「誰を?」
「妹さん」
通りの向こうを指す。
古い建物の軒下。
広場全体が見える。
でも、学院側からは目につきにくい。
「行くよ」
通りを渡る。
軒下には誰もいなかった。
当然だ。
三日前なんだから。
「……これ」
アカポリスがしゃがむ。
「何?」
石壁に、小さな傷があった。
二本の線が交差している。
「新しいね」
「分かるの?」
「雨を食ってない」
「それ、何かの印?」
「さあ」
「さあって」
「分からないものを――」
「分かったことにするな、だろ」
アカポリスが笑った。
「学習したね、坊ちゃん」
「誰のせいだよ」
そのとき。
「あれ?」
声がした。
学院の門番だった。
「ライク様?」
「こんにちは」
「今日はどうされたんです?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
門番の視線がアカポリスへ移る。
「こちらは?」
「父さんの知り合い」
「美人の護衛でもいいよ」
「よくない」
門番が困った顔をする。
アカポリスは気にせず聞いた。
「三日前、この辺りに見慣れない男はいなかった?」
「見慣れない男?」
「黒い髪。細身。三十くらい」
門番が少し考える。
「……ああ」
「いた?」
「いましたよ」
「覚えてるの?」
「ええ。妙なことを聞く男だったので」
指した場所は。
さっきの軒下だった。
アカポリスと目が合う。
「何してた?」
「誰かを待っているのかと思いました」
「話した?」
「ええ」
「何を聞かれた?」
門番が俺を見る。
「ライク様のことを」
「……俺?」
「はい」
背中が冷えた。
「なんて?」
「講義が何時に終わるのか、と」
「俺の名前を?」
「いいえ」
「じゃあ、どうして俺だって」
「バレンティア様のご子息だと」
男は知っていた。
俺が誰なのか。
学院に通っていることも。
「他には?」
「いつも一人で帰るのか、と」
アカポリスが聞く。
「答えた?」
「知らない方に、貴族のご子息のことを話すわけにはいきませんので」
「助かるね」
門番が眉を寄せる。
「何かあったのですか?」
「その男」
俺は聞いた。
「女の子のことは?」
「女の子?」
「俺の妹」
門番が考える。
「直接は聞かれていません」
「直接は?」
「ライク様を迎えに来る者はいるか、と」
息が止まった。
「いつ?」
「三日前です」
三日前。
菓子屋。
学院。
同じ男。
アリナが来る場所。
俺がいる場所。
「坊ちゃん」
「分かってる」
あいつは。
市場で偶然アリナを見つけたんじゃない。
その前から。
俺たちを調べていた。
「俺も見られてた?」
「可能性はある」
「アリナに会うため?」
「それも可能性」
「……まだ決めつけるな、だよな」
アカポリスが少しだけ笑う。
「やっと覚えたね」
「何回言われたと思ってるんだよ」
「なら忘れないことだ」
アカポリスが壁の傷を見る。
「ただ、偶然とは考えにくくなった」
二本の線。
何の印なのかは分からない。
「これ、調べられる?」
「そのために私がいる」
アカポリスが懐から布を出した。
そのとき。
「ライク?」
聞き覚えのある声。
振り返る。
学院の門。
騎士団の制服を着たディントが立っていた。
目が合う。
昼までは、普通に話していた。
でも今は。
アリナの手首にはめられた拘束具が浮かんだ。
「……何してる」
ディントが言った。
俺は答えなかった。
アカポリスが立ち上がる。
「知り合い?」
「ああ」
ディントを見る。
「妹を連れていったやつ」
アカポリスの笑みが消えた。




