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採点いたしますわ——断罪された悪役令嬢は100点の皿を探し続ける  作者: 夜凪 蒼


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第29話「王都味見役、始めます」

王都味見役の朝は、橋の上から始まる。


 週に一度の王宮の日。許状を懐に、橋を渡って王膳所の厨房へ。型改定の検討の座は、今日も湯気と怒鳴り声で満ちていた。


「だから! 塩を引いた分は出汁で補うと、何度言えば」


「典礼の塩梅を素人が——む、来たな点付け」


「ごきげんよう、皆さま。本日の検討品はどちら?」


 差し出されたのは、改定第1号となる祝いの鍋の、王膳所版。ボリス氏とリュカさんの設計を、宮廷の料理人たちが型に起こし直したものである。


 ひと匙。……ふむ。


「89点ですわ。御前の92点より3点下——でも、嘆く点ではありませんのよ。あの92点はボリス様おひとりの腕の点。この89点は、厨房の20人が再現できる型の点ですわ。型というのは、天才の92点を、皆の89点に翻訳する技術ですのよ」


「……天才の92を、皆の89に」


 検討の座が、ざわりとした。ボリス氏が腕を組んだまま、満更でもない顔で「聞いたか。書き留めておけ」と若手に顎をしゃくった。あの方、最近わたくしの言葉をちょくちょく引用なさる。点数嫌いはどこへ行きましたのかしら。


 午後は、商人ギルド。


「点付け殿! 例の保管改善、数字が出ましたぞ」


 ドミニク番頭が、嬉しさを隠す気もない算盤の顔で帳簿を広げた。


「胡椒の廃棄が6割減。下町の店への卸値は2割下げて、それでも利は前より太い。『あそこの香辛料は外れない』の評判で、よその街の商人まで買い付けに来ております」


「信用の利息、つきましたわね」


「まったく。——して、本日の検分は」


「新しい入荷の干し茸と、それから例の、東方の赤い豆を」


 味見役の検分は、買い付けの場に同席して、品の点数と使い道を添えること。62点の胡椒は流通改善で74点になった。点数は責めるためではなく、伸ばすために打つ。この原則だけは、どの厨房でも変えない。


 夕方は、下町の巡回である。


「味見の嬢ちゃん! 新ダレだ、頼む!」


「ガストンさん……あら。あらあら。——80点! おめでとうございます、大台ですわ!」


「うおっしゃあ!! 聞いたか野郎ども、串焼きで80だ!!」


 広場が沸いた。木札の数字を彫り直すガストンさんの周りに、人だかりができる。ロランさんのパイは74点。仕立て屋の奥様の漬物は、なぜか着実に伸びて66点。食べ比べの市は王都味見役公認の月例行事になって、来月からは橋向こうの店も参加するらしい。


 ノートの台帳のページを、ふと見返す。


『シチュー23→75。白パン65→78。串焼き71→80。パイ53→74。胡椒42→74。定食62→79』


 数字の列が、そのまま町の地図になっている。点数が回って味が育ち、味が人を呼んで、人がまた味を育てる。前世の会議室で夢想していた循環が、石鹸の泡みたいに簡単に、この下町では回っている。


 ……ちなみに台帳には、もう1列、静かに伸びている数字がある。


『アガットの皿:58→65→68』


 3品目の根菜の重ね煮、68点。塩はもう迷わない。最近は盛り付けに色気が出てきた。本人は「兵站の延長です」と言い張っているけれど、賄いの日にあの人の小鉢が並ぶと、ニナさんが真っ先に席に着く。


「ニナさんも、正式採用しましたのよね」


「はいっ! 給仕長兼、検味係ですわ!」


 お給金の使い道は、聞けば全額「おばあさまへの仕送りと、おやつ」。比率は訊かないであげるのが優しさだと思う。


 そしてマルセルさんの定食は——79点まで来た。


「約束の80点まで、あと1点ですわよ、親方」


「……ふん。1点くらい、明日にでも」


「あら、最後の1点がいちばん重いんですのよ。23点から登ってきた人なら、ご存じでしょうに」


「うるせえ。……まあ、あれだ。あと1点は」


 マルセルさんは銅鍋を磨きながら、ぼそりと言った。


「ゆっくりでいい。80になったら、あんたの採点契約が終わっちまうからな」


「……あら」


「言っとくが、引き止めてるんじゃねえぞ。鍋の都合だ」


 鍋の都合。ええ、ええ、そういうことにしておきますわ。わたくしも2階の部屋の都合で、当分動けませんし。


 夜。閉店後の店で、明日の仕込みを終えたリュカさんが、手を拭きながら言った。


「……なあ、味見係。近いうちに、勝負の皿を出す」


「あら、更新ですの?」


「更新ともいう。だが、それだけじゃない」


 リュカさんは、棚の上の——わたくしのノートを、指差した。


「あんたの1ページ目に、俺の皿が載ってるだろう。87点の。……あれを、作り直す。3年前の俺の最高傑作を、今の俺で。材料の手配に少しかかるから——準備しといてくれ。舌の調子を、最高にしておいてくれってことだ」


 1ページ目。断罪の夜のテリーヌ。すべての始まりの皿。


 どん、と、また胸の奥で例の音がした。最近この音、味見の前にも鳴るようになって、観測機器としては由々しき事態である。


「……承りましたわ。王都味見役の舌、当日は最高の状態でお待ちしておりますわ」


『味見役の台帳、好調。改定第1号89点(型は天才の92を皆の89に翻訳する技術)。胡椒74点。ガストンさん80点の大台。アガット68点。定食79点——親方の最後の1点は「鍋の都合」で保留中。

 リュカ、宣戦布告:1ページ目のテリーヌ、作り直し。3年前の最高傑作と、今の腕の勝負。

 観測機器の不具合、再発傾向。原因調査は引き続き保留。……保留ですったら』


「お嬢様。また点をつけていますね」


「ええ。それとね、アガット。近々、とびきり大きな点をつける予感がしますの。——ノートの予備、ありましたかしら」


「12冊、常備しております」


次話:「フルコースの一皿目」

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