24.シェーゼ視点・認めない。
足音が近づいてくる。
軽くて、必死で、迷いのない足音。
聞き覚えしかない彼女――セレスティの足音。
(……俺は逃げない。)
そう思うのに、身体は彼女とは逆の方向へ動く。
逃げているというより――逃げさせられているような、曖昧な足取りなのだ。
彼女が名を呼ぶ声が耳に届く。
「シェーゼ……っ!」
呼ばれて、振り返りそうになる。
返事をしてはいけないのに、喉が勝手に動きかける。
大切な人に呼ばれて、言葉を返すのは当然だろう?
ないはずの心が訴えかけてくる。
俺に、そんな情はもうないはずだ。
だから俺は、逃げている。…認めたくないから。
けれど彼女は追ってくる。
走って、息を切らして、俺に追いつこうとする。
角を曲がった瞬間、彼女の指先が袖に触れた。
その一瞬の温もりが、俺の抑えてきた感情を刺激した。
(……やめてくれ。)
逃げる理由なんて、本当はわかっている。
触れられたら、気づかれてしまう。気付かれたら、ずっと一緒という約束が守れない。
人形ではないことも。
…そして――
主の声に、応えたいと思ってしまうことも。
そのすべてが露わになってしまう。
だから逃げた。
逃げるたび、胸が痛くなった。
彼女の声がまた響く。
「シェーゼ、逃げないでくださいよ……っ!」
足が止まりかけた。
止まりたくなる。
その声に呼び止められるたび、心臓が、まるで反発するように脈打つ。
だめだ。
止まれば、きっと終わる。
この幸せが、崩れてしまう。
だから扉を押し、部屋を抜け、また廊下へ。
動くたび、心が軋んだ。
心臓の音もやけにうるさい。耳障りだ。
開いた扉の向こうで、一瞬だけ振り返る。
彼女がこちらを見ている。
追い詰められた小動物のように――いや、違う。
まるで「逃げられるのが嫌」だと言っているようだ。
その瞳が、いつもは全く動じないはずの俺の心を揺さぶる。
(何故……そんな目で。)
足が止まりそうになる。
けれど、それ以上に、踏み出した。
逃げる。
まだ気付かれるわけにはいかない。
まだ近づいてはいけない。
彼女の言葉に応えてしまう前に。
(俺は……人形ではない。)
その事実だけは、まだ言えない。
2つの足音が再び響く。
終わってほしいのか、終わらせたくないのか、
自分でもわからないまま俺はまた、彼女から逃げるように、何処かに向かって駆け出す。
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