23.否定は肯定へ、虚無は存在へ。
床板が軋んだ瞬間、私は反射的に顔を上げた。
廊下の奥。
暗がりの先で、何かがすっと動いた。
その動きとともに影も揺れる。
まるで――
私の存在に気づき、逃げたかのように。
「シェーゼ……!」
呼ぶと同時に、影がふわりと遠ざかる気配がした。
風では説明できない、確かな動き。
私は深く考えるより先に、スカートを攫んで走り出していた。
足音が廊下に響く。
その音の先で、もうひとつ、足音が聞こえた。
自分以外の足音など聞こえるはずがない屋敷で。
「待ってください、シェーゼ!」
追いかけるたび、影は角へ、奥へ、扉の向こうへとすり抜けていく。
まるで私をからかうような、あるいは――導くような。
(そんな……どうして逃げるのですか?)
角を曲がる。
その瞬間、視界の端を白い袖が掠めた。
シェーゼの服の袖。金糸の細かい刺繍。
私は思わず手を伸ばす。
指先が、ほんの一瞬
人形ならざる体温に触れた気がした。
「……っ!」
もっと触れていたくなった。けれど私の思いなど気にもとめず、彼?はまた私から逃げているかのように走っていた。
だけど触れた――ほんの刹那、確かに触れた。
(温かかった……人形なのに……)
胸が跳ね、息が荒くなる。
…追いつかない。
奥の扉が、音を立ててかすかに揺れた。
閉まりきる前に、誰かが駆け抜けたように。
私は駆け寄り、すぐさま扉を開けた。
その瞬間、
部屋の奥へ駆けていく小さな音がした。
逃げている。
間違いなく、逃げている。
走った。
長い髪が乱れて頬にかかる。
呼吸が追いつかないのに、足は止まらない。
「シェーゼ、逃げないでくださいよ……っ!」
逃げる理由なんて知らない。
ただ追わなければ、またいなくなってしまいそうで。
部屋を抜け、別の廊下へ。
扉がひとりでに半分開いている。…ひとりで?きっとそうだ。いや、そうでなくては。
その向こうで、また影が見えた。
今度は――
こちらを振り返ったように見えた。
呼吸が止まる。
「……シェーゼ?」
ただの人形のはずなのに。―――いや、人形は動かない。
その動きには確かに感情があった。―――いや、人形に感情はない。
驚きのような。
迷いのような。
呼び止められた彼?が、ほんの一瞬足を止めたような。
私の足はもう走っていた。
逃げないで、と願いながら。
けれど彼?は、少しだけ後ずさりして――
また、奥へと駆け出した。
まだ終わらない、終わらせない。
―――私も、知りたいから。
ブクマ、評価等よろしくお願いしますねえ。




