第9話 — 循環を断ち切る
「そうだ。もしエレナがヴァレドーンに残ってくれるなら、俺が必ず犯人を見つけ出す。生きたまま連れてきて、そいつを絞首刑にする」
エレナは俺へ視線を戻し、黙ったままだった。
*かなり魅力的な提案ね……*
数秒考えたあと、彼女は口を開いた。
「お答えする前に、陛下に一つお尋ねしたいことがあります」
カグラはエレナへ目を向け、人差し指で自分を指した。
「ん? 俺に? いいぞ。喜んで答える」
エレナはその視線を逸らさなかった。
「陛下は、ご自身の治世のもとでヴァレドーンをどのような王国にしたいとお考えですか?」
カグラは軽く笑った。
「簡単だ!」
欄干に両腕を置き、王都の灯りを見つめた。
「貴族だろうが普通の民だろうが関係なく、誰もが尊厳を持って暮らせる王国にしたい」
その笑みが少し薄れる。
「それに、ヴァレドーンを繁栄させたい。まだ具体的にどうするかは分からないけど、何とかして全部実現してみせる」
エレナは目を見開いた。
その直後、表情を硬くした。
「不可能です」
カグラは彼女へ顔を向けた。
「ヴァレドーンを繁栄させようとした者は、皆ひどい失敗に終わりました。そして最後には、権力に飲み込まれ、腐敗していったのです」
彼女はわずかに手を握り締めた。
「ジェームズも、その一人にすぎませんでした」
カグラはすぐには答えなかった。
ただ王都へ視線を戻した。
やがて、その顔に小さな笑みが浮かんだ。
「みんなが腐敗したっていうなら……」
遠くの灯りを見つめたまま、続けた。
「そろそろ誰かが、その循環を断ち切る時なんじゃないか」
俺は彼を見た。
「カグラ……」
エレナもしばらく黙っていた。
そして最後に、俺へ目を向けた。
「それでも、考える時間が必要です。明日まで待ってください。その時に返事をします」
俺はあくびをした。
「そこから先はカグラ次第だな」
カグラは頷いた。
「俺は構わない。返事をしに来るのだけは忘れるなよ」
彼は笑った。
「できれば、いい返事を期待してる」
その後、俺たちは残りの宴を楽しんだ。
結局、すべてうまく終わったように見えた。
***
翌日……
王宮庭園。
カグラは小さなテーブルの前に座り、紅茶を飲んでいた。
ジャンは両手を背中に回し、その左側に立っている。
一方、俺はカグラのそばに立ち、近衛の一員として新しい役目を果たしていた。
カグラはカップをテーブルに置いた。
「それで、ジャン? 頼んでおいた各家の当主についての報告書は集まったか?」
「はい、陛下。お隣にございます」
カグラは積み重なった書類へ目を向けた。
「よし」
最初の報告書を手に取り、読み始めた。
数秒後、それを脇へ置く。
「こいつは違うな。整いすぎてる」
別の一枚を取った。
「次……」
数字を目で追う。
「こいつも違う。財政が停滞してる。悪化はしてないけど、良くもなってない」
また一枚の書類が脇へ置かれた。
「次……」
カグラはさらに一枚を手に取った。
今度は少し長く目を通した。
顎に手を当てる。
「男爵か……」
俺は黙って見ていた。
「面白い。名前はマテウス・ヴェラスコ」
カグラは読み続けた。
「最近、家の当主になったらしい。ここによると、ヴェラスコ家は五年以上も借金に沈んでいた」
その目が文章を追っていく。
「でも、こいつが当主になってから借金が減り始めてる」
ジャンは注意深く聞いていた。
「それに経験もある。年齢は三十三歳くらい……」
カグラは報告書をテーブルに置いた。
「よし」
ジャンへ目を向ける。
「何人か騎士を送って、こいつを呼び出してくれ。できれば評議会室に来るよう伝えてくれ」
ジャンは頷いた。
「かしこまりました、陛下。そのように手配いたします」
彼は庭園を後にした。
俺はしばらくジャンの背中を目で追ってから、カグラを見た。
「それで、カグラ……マイクをクビにするつもりじゃなかったのか?」
カグラは指を組み、笑みを浮かべた。
「ああ」
マテウスの報告書を見る。
「でもまず、マテウスがその役目を任せられるほど有能か確かめる必要がある。だからマイクを役職から外す前に、マテウスを呼んだんだ」
俺は黙ってカグラを見つめた。
*すげえな……*
*宮殿に来たばかりの頃、カグラはほとんど何をするにもジャンにかなり頼ってた。*
*でも少しずつ、その依存が減ってきてる。*
*王として、かなり早く成長してるな。*
俺の顔に笑みが浮かんだ。
「爵位で人の価値は決まらないって言ったの、本気だったんだな」
カグラは後頭部に手をやった。
「だって兄弟……俺たち、孤児院育ちだぞ」
庭園へ視線を逸らす。
「どれだけ大変でも、みんな笑って、幸せになろうとしてた」
俺は一瞬目を閉じた。
「ああ、兄弟……」
小さく笑った。
「お前の言う通りだ」
カグラが答えるより先に、聞き覚えのある声が庭園に響いた。
「陛下! こちらにいらしたのですね」
俺たちは二人とも声のしたほうへ目を向けた。
エレナだった。
カグラは彼女を見て少し驚いたようだった。
「よう、エレナ。もう決めたのか?」
エレナは俺たちの前で立ち止まり、深く息を吸った。
「は、はい。騎士ジュリアスからのご提案について……お受けいたします」
彼女はカグラを見つめたまま続けた。
「ヴァレドーンに残ります。これまで長年培ってきた経験を活かし、王国に貢献できればと思います」
俺の顔に笑みが浮かんだ。
「いい決断だ、エレナ」
彼女は俺へ目を向けた。
「それと、俺が約束したことについては……」
俺の表情が少し真剣になる。
「安心してくれ。約束は必ず守る」
エレナは数秒間俺を見つめたあと、頷いた。
「期待しています、ジュリアス」
カグラは笑顔を浮かべた。
「じゃあ決まりだ! ヴァレドーンの政務へようこそ、エレナ」
彼女は軽く一礼した。
「ご期待に添えられるよう、尽力いたします、陛下」
俺は二人を黙って見ていた。
こうして俺は、先王を殺した犯人を追う新たな味方を得ただけでなく、生まれながらの交渉人をヴァレドーンの政務に残すことにも成功した。




