第12話 — 白包囲作戦
王立訓練場。
俺が訓練していると、誰かが近づいてくる気配を感じた。
剣を振る手を止め、後ろを振り返る。
騎士だった。妙なことに、その鎧に刻まれた紋章は王国の騎士団のものではないように見えた。
俺の近くまで来ると、男は息を整えて名乗った。
「ノアと申します。フェルナンド子爵の近衛隊長です。あなたがジュリアスですね?」
フェルナンドの名を聞き、俺は数秒黙った。
フェルナンド子爵? まだ会ったことないな。
「ああ。俺だ」
ノアはすぐに踵を返した。
「では行きましょう、ジュリアス。時間がありません。カグラ陛下があなたを呼ぶよう仰せです。皆、作戦会議室で待っています」
「わかった。行こう」
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作戦会議室。
到着すると、ノアが扉を叩いた。
コン、コン。
向こう側からジェラルドが姿を現した。
「ああ、お前たちか。遅かったな。まあいい、入れ」
俺は扉をくぐり、何も言わずに椅子の一つへ座った。ひとまず、何が起きているのか把握することにした。
テーブルを囲んでいたのは、カグラの近衛隊長ジェラルド、戦争大臣ブラッド公爵、宰相ジャン、フェルナンド子爵、そして最後にノアだった。
カグラが口を開いた。
「注目! フェルナンド子爵の話をよく聞いてくれ。状況を説明してもらう」
フェルナンドが報告を始めた。
およそ二十分後、部屋にいた全員がハイエム子爵領で何が起きたのか把握していた。
カグラは指を組んだ。
「全員が問題を把握したところで、ブラッド大臣から奪還作戦を説明してもらう。よく聞いてくれ」
ブラッドは子爵領の地図をテーブルに広げた。
「ここからは私にお任せください、陛下。単刀直入に参りましょう」
ブラッドはまず東の入口、次に西の入口へ指を移した。
「私の作戦は、二つの主要門を突破することです。ご覧の通り、領地の構造は単純ですので、奇をてらう必要はありません。門を攻撃する間、東西両方の戦線の後方に兵を配置し、背後からの奇襲に備えます」
ブラッドはフェルナンドへ目を向けた。
「子爵、東か西に警戒すべき場所はありますか?」
フェルナンドは数秒考え込んだ。
「実はあります。東には鬱蒼としたラックスの森があります。商人たちが行き来する際によく利用する場所ですが、木々が密集しています」
ジェラルドが手を上げた。
カグラがそれに気づく。
「話してくれ、ジェラルド」
「それなら、後方部隊は東側だけに配置したほうがよいのでは? 西側には開けた街道があります。あちらの戦線の後方を守るために兵を置く必要性は、あまり感じません」
ブラッドは肩をすくめた。
「それでも構わん。結果は同じだ」
自信に満ちた笑みを浮かべる。
「ヴァレドーンの勝利だ」
ブラッドは席についた。
「まあ、今のところは以上だ」
カグラは彼を見た。
「そういえばブラッド、この規模の領地なら、どれくらいの兵を送る?」
ブラッドは顎に手を当てた。
「状況によります、陛下。領地の規模、敵の戦力、人口……すべてを考慮する必要があります」
それまで黙っていたジャンが口を開いた。
「私の記憶が正しければ、ハイエム子爵領の人口はおよそ一万八千人です」
フェルナンドへ目を向ける。
「間違いありませんね、子爵?」
フェルナンドは頷いた。
「相変わらず正確ですね、宰相殿」
ノアも続けた。
「敵戦力については、およそ二千人の蛮族がいると思われます。実際に奴らと戦いましたが、少なくともそれ以下ではありません」
カグラは姿勢を正した。
「よし。なら騎兵隊を二部隊送る。子爵領を平定するには、それで十分だと思う」
ブラッドが人差し指を立てた。
「一つだけ訂正させてください、陛下。この作戦では、両戦線に騎兵を使う必要はないでしょう。二部隊の歩兵があれば門への攻撃には十分です。東側では、蛮族が背後から攻撃してきた場合に備え、騎兵一部隊を後方に置けばよいかと」
カグラは頷いた。
「それでいこう。じゃあ東西の門に、それぞれ二千人の歩兵部隊を一つずつ送る。それから東側だけ、騎兵一部隊を後方の守りにつける」
軽く手でテーブルを叩いた。
「これで決まりだ」
カグラは再び地図を見た。
「あとは各部隊の指揮官を決めるだけだな」
西側を指さす。
「西の歩兵はノアに任せる」
そして指を反対側へ移した。
「東は少し厄介な地域だから、そっちの部隊はジェラルドが指揮してくれ」
カグラは指揮官へ目を向けた。
「東側の後方については、お前は騎士団長で俺の近衛隊長でもあるけど、今回は前線に出る。だから代わりを立てる必要がある。誰か心当たりがいるなら任せる」
ジェラルドは顎に手を当てた。
「可能であれば陛下、少し作戦を変更したいのですが」
「何だ?」
「騎兵を単純に後方へ置くのではなく、ラックスの森の中へ配置したいと思います」
カグラは眉をひそめた。
「理由は?」
ジェラルドの表情が真剣になる。
「蛮族どもは汚い手を使います。反撃を仕掛けてくるなら、森を使って我々の背後を奇襲する可能性が高い。念のため、先にこちらが森を押さえておきたいのです」
ジェラルドは胸に手を当てた。
「それと、騎兵の臨時指揮官についてはお任せください。すでに有望な者に心当たりがあります」
カグラは笑った。
「任せたぞ、ジェラルド」
そしてブラッドへ向き直る。
「それで、領地を完全に平定するまでの見込みは?」
ブラッドは天井へ目を向けた。
「八時間ほどかと、陛下。向こうにも多くの戦士がいますので……」
カグラとブラッドが話している間、俺は子爵領の図を改めて観察した。
領地の形と、地図に示された位置を目で追う。
この形……それに、この位置……
数秒間、図を見つめた。
そして笑った。
「一つ思いついた」
会話が止まった。
部屋にいる全員が俺へ目を向ける。
俺は片手をテーブルについた。
「俺を信じてくれ。これなら作戦時間をかなり短縮できる」
カグラは興味深そうに俺を見た。
「なら聞かせてくれ、兄弟」
俺は図を持ち上げた。
「説明する前に、子爵領のもっと詳しい地図が必要だ」
ジャンが書類の中を探し始めた。
「そうですね……確か、一枚持っていたはずです」
別の地図を俺へ渡した。
俺はそれをテーブルに広げた。
俺の顔に笑みが浮かんだ。
「よし。思った通りだ」
ジェラルドは腕を組んだ。
「どういうことだ、ジュリアス? 説明してくれ」
俺は地図を指さした。
「つまりだな……」
作戦の説明を始めた。
話し終えると、しばらく誰も何も言わなかった。
最初に反応したのはノアだった。
「見事だ……これなら、間違いなく子爵領をもっと短時間で平定できます」
ブラッドは腕を組んだ。
「国王直々に選ばれた者だけのことはある」
ジャンは小さく鼻を鳴らした。
「ふん。そこまで天才的な策でもありませんが……まあ、使えるでしょう」
俺は横目で彼を見た。
たまにジャンって、俺のことあんまり好きじゃないんじゃないかと思う。
再び地図へ目を向ける。
「そうだ、ジャン。カグラ……じゃなくて、カグラ陛下が許可してくれるなら、精鋭兵六百人もいれば十分だと思う」
カグラは片眉を上げた。
「六百?」
「ああ。兵を集めて、俺の作戦を伝えてくれ。その後は、俺がその部隊と直接戦場へ向かう」
カグラは拳を握った。
「任せろ、兄弟」
そして立ち上がった。
「よし。最後に、俺の兄弟ジュリアスを影の指揮官に任命する」
俺は彼へ目を向けた。
カグラはテーブルを囲む全員を見渡した。
「これで軍議を終了する」
地図の上に手を置いた。
「そして、この任務を……」
少し間を置く。
「『白包囲作戦』と名付ける」
部屋は静まり返った。
「明日の早朝、夜明けとともに出発する」




