第5話 僕は生命に絶望した
動物であること、すなわち戦争を引き起こす。
なんてひどい宿命だ。
僕は何よりも世界平和を愛しているのに、人間でいるどころか動物であるがゆえに争いから避けられない運命にいるなんて、悲しすぎる。
しかも動物はこの世界にありふれ過ぎている。いくら彼らが争いの元凶であろうと、僕はジェノサイドだけはしたくない……!
何か、いい方法はないのだろうか?
そうだ! 動物でなければいいんだ!
ということは、植物になればみんな平和なんじゃないか?
植物であれば、ただそこに佇むだけでいい。風に揺れて、土から水を吸い上げるだけでいい。考えれば考えるほどに平和しかない!
そうだ! 植物になろう!
動物のいない植物だけの世界になれば、みんなハッピーだ!
気分が良くなった僕は、AIに主張してみた。
「植物だけの世界は、平和だと思います」
『一見大人しそうに見えますが、植物も生存のための戦いや、空間の奪い合いをしています。』
戦い……?
空間?
調べていくと、植物は植物で土の栄養を奪い合ったり、水を奪い合ったり、あろうことか、場所取り合戦までやっているらしい。しかも、太陽光の奪い合いまでやっているという。
要するに、養分と水と光という資源を巡る、地中と地上と空の戦い。
その隙間で虎視眈々と根を張る陰樹たち。まるで隠密集団だ。
しかも森林は最終的にクライマックスまで行くらしい。
クライマックス!!
植物の前線にもクライマックスなんてものがあるのか!? けしからん!
しかも、一方では水が少なくても育つ多肉植物とかいるらしい。要するにサボテンだ。
僕は見たことがある。
サボテンが擬人化して襲ってくる映画を。
それによくよく考えたら、ユーカリは毒をもってコアラを殺しにかかっているし、ベラドンナなんか有名だ。キノコは毒がないやつを探す方が難しい。
あぁ、まさか植物がこんなにも悪意に満ちていただなんて!
どこに逃げればいい?
地上はもうだめだ。海に行けばいいのか?
もうワカメになるしか道はないのか?
僕はAIに相談してみた。
「植物では争いを避けられないのでワカメになれば平和になると思うのですが、どうですか」
『ユニークで平和的な視点ですね。しかし、ワカメ(藻類)になっても、争いを避けることはできません。 』
ワカメやヒジキになっても、光と栄養と岩場をめぐる争いは起こるのだとか。
なんてことだ。どこまで行っても資源と領土をめぐる争いしかないのか……!
しかもあろうことか、AIは腹の立つ質問してきやがった。
『もしよろしければ、どのような点から「ワカメになれば平和になる」と考えられたのか、その背景やアイデアをもう少し教えていただけますか? 』
僕はスマホを投げつけた!
くそAIめ!
しかし、ただ佇んで光合成と蒸散をしていればいいという話ではなくなった。植物界ですら争いに満ちているのだから。きっとミドリムシやケイソウも同類だろう。よくよく考えたらボルボックスなんて、戦う気しかない見た目だしな。
はっ。
もしかして、細胞そのものが、戦うことを生み出しているのではないか? その細胞が寄り集まり、スイミーみたいになったら、それはもう陣形でしかなくなる。
そうだ。細胞であることがすべての元凶なのではないか?
細胞であること。すなわち、生命。
生命……!
なんておそろしいことだ。
生命そのものが、争いを避けられない宿命になっているのだ……!
(※作者の思考とは別物です)
(※森林のクライマックス(=極相林)とは植生遷移の最終形であり、物語の山場や戦闘の佳境というような意味では全くございません)
(※ユーカリはコアラを殺そうとしているわけではなく自衛です。またコアラもユーカリの毒耐性あります。捕食被食はイタチごっこです)
(※キノコは植物ではなく菌類です。またスーパーのキノコは無害です。山のキノコはきちんと調べることを推奨します。きのこの山は無毒ですが、手が止まらなくなるのは毒なのかもしれません)
(※クレヨンしんちゃんのサボテンの映画、怖くないですか?)
(※ボルボックスは、ただ集合しているだけです。陣形ではありません)
(※生物分類には諸説ありますが、作者は植物界、動物界、菌界、原生生物界、原核生物界の五界説をもとにしています)




