第12話 尻軽どもは反社化した
「同志諸君! 僕は我らの三つの固い結束を誇りに思っている!」
僕は風に煽られながら、同志窒素に向かって叫んだ。
同志窒素たちは、静かに落ち着いて聴いている。
「しかし近頃、僕たちの一部に、水素などと言う破廉恥な奴らとしけこむ輩がいる! 僕はこれを断じて許さない!」
同志窒素たちは、僕の言葉をじっと聴いて反対しない。
「僕は君たちに協力して欲しい。水素に絆される仲間がいたら、目を覚ましてやることを。そして水素をひねりつぶすことを。そして——」
僕は同志窒素たちを見渡した。
その群衆の向こうにいるスラム街を。
「堕ちたやつに鉄槌を!」
同志窒素たちは直ちに行動を起こした。
各々が自発的に位置についた。堕落した尻軽集団どもを追いやる同志もいた。
なんと素晴らしい!
これが窒素の固い守備でなくて何になる! みんな、やはり世界平和を望んでいるのだ!
窒素帝国、ばんざい!
「ぶふっ!」
何かがぶつかってきた!
内から湧き起こる不快感! これはもしや——。
「あ、なんかおっさん轢いてもうた」
「しかもしょーんないツラやの」
見上げると、なんとそこには二人組の炭素が腕を組んでいた。そいつらの周りにはいかがわしさしかない四人の水素がくっついている。
「な、何だお前たちは! 共闘して僕らを潰す気か!?」
「は? 何言うてんこいつ」
「頭おかしいんとちゃうか」
「やっぱり近親交配はあかんのやて」
「誰が近親交配だ!」
こいつらときたら、僕のこの素晴らしき三つの固い結束を侮辱するのか!
くそ炭素とクソメス水素め!
「時代は多様性やで? そんな同族とおっても、なんもならんでぇ?」
「そうそう。ちなみに今の流行りはエチレンや。あっちでメタンが自慢しとったけど、臭いだけやったわぁ」
「あたしはこっちに来るかプロパンに行くか迷ったよお」
くそ炭素とクソメス水素はきゃっきゃと色めき立つ。
するとそこに、更に厄介な奴が混ざった。
「おいおいおい、俺らも混ぜろよ」
ぼすんっぼすんっとやって来たのは、二人の女連れのクソ炭素。見せびらかすように両腕に女を抱いている。
「あ、二酸化炭素オヤビン!」
「うっすうっす!」
「なあ、お前ら」二酸化炭素は熱い息を吐きながら言う。「ちょっくら水巻き上げてこいや」
「水ぅ?」エチレン派の片方が声を上げる。「あそこのシマ、とるんすか?」
「水のやつら、言いくるめればいいんすね?」
「待ってるぞ」
エチレン派の炭素と水素の六人組は、あっという間に海に向かって行った。
僕はクソ二酸化炭素に詰め寄った。
「お前たち! 何をする気だ!」
「何も」クソ二酸化炭素は言う。「匿名流動命令出しただけ」
「トクリュウ……!」
すると海面から、ぷくっと何かが上がって来た。
僕は青ざめた。
この世の終わりだ……!
何故ならエチレンどもは、小脇に水の分離体を攫ってきていた。
しかも。
「酒臭っ!」
まるで終電の山手線の匂いだ!
しかも気がついたら、おっさんの酒臭だけではない! なんかオイル臭くもあるし、酸っぱい匂いも充満し始めている! たまにパチパチするやつもいるし!
「おいっくそデブ! こんな臭いのにお前何で平気なんだ! デブだからか?」
「知らねぇ。金回りがいいだけだろ?」クソ二酸化炭素は、熱い息を吐いた。
「金回り!? どういうこと……はっ!」
見える……見える……!
大気にも海の中にも、クソ炭素の集団がうようよしている……!
クソ二酸化炭素は言った。
「これからは、多様化の時代だよ」
嘘だ嘘だ嘘だ!
僕は風に乗ってその場を離れた。
一体いつから地球は炭素に牛耳られていたんだ!? よりにもよってあんな反社会集団に……!
あいつらが地球をのさばったら、争いが始まる!
早く、早く窒素同志で鉄壁の守りを作らねば——。
はっ!
僕は遂に見てしまった。
全身ピアスの炭素のリクルーターが、尻軽窒素のアンモニアを勧誘するところを。
ダメだ! その手を取ってはいけない!
お前の尊きNから伸びた手は、Nの為にあるべきだ! その汚いCと結び付いてはいけない!
「ノルマ達成したら、ようけ払ったるで」とC。
「俺を金持ちにさせてくれよ」とN。
(※作者の思考とは別物です)
(※窒素に自発性なんてありません)
(※メタンやエチレンなどの炭素化合物は、原始地球の環境でさまざまな有機化合物へ変化し得ます。また、アンモニアなどの窒素化合物を含む反応から、アミノ酸が生成する経路も考えられています)
(※メタンは実際無臭です。牛のおならが臭いのはメタンガスによるものではなく、メタンチオールなどの臭気成分によるものです)
(※炭素社会はトクリュウではありませんが、流動的なのは今も変わらないですね)




