第11話 尻軽窒素集団がいた
僕はとても幸せだった。
穏やかだった。もちろん風は穏やかではないが、最近はジェットコースターほどの激しさもなくなってきた。
なによりとても晴れ晴れした気持ちだった。
僕の周りには、同志がたくさんいた。
みんな安定していた。
みんな、ただそこにいた。
それだけなのに、なんと平和なことだろう。
これこそが、僕が目指した世界平和だ。
「世界は平和になった!!」
そう。窒素であることこそが、世界平和に違いなかった。
なんてすばらしい!
なんてすばらしいんだ!
「なあ? お前もそう思うだろ?」
僕は風に飛ばされた先で尋ねた。
そこは――スラム街だった。
「お、お前ら……! 一体どうした!? 顔色がおかしいぞ」
「なんすかぁこのオッサン」
「なんか古くせえ」
「すごく重そう」
スラム街のそいつらは、悪臭放って浮かれて堕落していた。
しかもあろうことか、僕たちがそれぞれ三つの手で固く結び合っていた窒素の片割れがどこかに消え、その手を三人の幼児に伸ばしている!
「お前! いつも隣にいた双子の片割れはどうした!」
「片割れ? んなもん知らね」
「知らねえじゃないだろう! おい! その手は誘拐するためにあるんじゃない、僕たちの三重結合の――」
「やだこのおっさん、怖い」幼児の一人が言う。
「怖いねー」「怖いねー」
「このおっさんやべえから、あっち行こうぜ」
「行こ行こー!」
「ねぇ、あっちの青い光ってるところ行こうよ! あっちのが楽しめそう」
「おう、行こうぜ行こうぜ」
「お、おい! そっち行っても海しかないぞ?」僕は反射的に止めた。
「あん?」グレた窒素原子が振り返った。「最高じゃねえか」
そいつは三人の幼児を連れて海に飛び込んだ。
気が付くと、そこら中の不良窒素原子どもが、三人の幼児をそれぞれ連れて、次々海に飛び込んでいる!
なんだこれは。
こんな犯罪のような愚行が、ここでは当たり前になっているのか!?
しかもみんな海に飛び込んだ先で、きゃっきゃウフフしている!!
なんて破廉恥な!!
破廉恥すぎて見ていられない!!
ん? 破廉恥すぎて見ていられない?
僕はようやくそこで、あの幼児たちの正体を知った。
あのくそガキども。
水素だ……!
そしてあのくそガキどもにほだされた不良窒素原子どもはまさか、アンモニア!
なんてことだ。
せっかく窒素だけの世界になったかと思ったら、もうすでに尻軽窒素集団がいたとは!
止めてやる……!
窒素の固い三つの結合を侮るなよ。
僕が尻軽窒素集団を駆逐してやる!
(※作者の思考とは別物です)
(※原始地球の窒素固定(大気中の窒素が窒素化合物になる)は、衝突した隕石の成分を触媒にして起きたとされる説があります。つまり、大気中の水蒸気が海に変わっていく過程のどこかで窒素固定が起きていてもおかしくありません)
(※分子には質量があります。窒素分子N2=28、水素H2=2、アンモニアNH3=17です)
(※アンモニアは誘拐犯じゃないですし、幼児の誘拐を助長したいわけでもありません。ただ、窒素(N=14)に比べると水素(H=1)は幼児サイズなだけです)
(※窒素N2の構造式はN≡Nですが、アンモニアはこの三つの結合線が以下のように変わります)
H
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H―N―H
(※アンモニアは水によく溶け、水中では一部がアンモニウムイオンNH4+になります。ハーレム構造です(嘘))




