第5A話 - 追い詰められた果てに ―― 絶望的な戦い
「撃つな! 降参だ!!」
ヒソカは両手を高く掲げ、手にしていた剣を地面へと投げ捨てた。隣では肩を血に染めたジンジョウが、恐怖に体を震わせながら同じように手を挙げている。
(くそ……こいつら、一体誰と戦ってきたんだ!? ノルも椿もバカみたいに頑固だ……もしあいつらのどっちかと交戦していたら、引き際を知らずに手酷いやられ方をしてるんじゃないか……!?)
焦燥で冷や汗が頬をうたう。
『仮修復、完了。不可逆損傷――10%。戦闘機能に支障なし』
眼前のロボット④が不気味な電子音を吐き出した。さらに遠くの瓦礫の山を砕き、火炎放射アームを備えた別の機体と、高圧水路砲を構えた機体がゆっくりと接近してくる。囲まれた。完全に追い詰められた形だ。
「ヒソカ……今、どうすれば……?」
絶望に青ざめるジンジョウへ、ヒソカは唇をほとんど動かさずに囁いた。
「大丈夫だ。少し時間を引き延ばす。……俺の合図で地面に倒れ込め。その後は、わかるな?」
「時間を……稼ぐの……?」
「――今だ!!」
ヒソカの叫びと同時に、ジンジョウが糸が切れた人形のように地面へ突伏した。
次の瞬間、ヒソカは跳躍し、崩れかけた市街地の瓦礫の隙間へと滑り込んだ。
直後、絶叫のような破壊音が炸裂する。
ドババババッ! と石弾ロボットがマシンガンのごとき高射を浴びせ、火炎放射ロボットが真っ赤な劫火の渦を吹き散らし、水流砲ロボットが石の建造物を紙のように一瞬で両断していった。
(速い……! 追いつかれる!!)
ヒソカは必死の思いで足を進めた。背後で壁が裁断され、炎が肌を焼く。恐怖で顔を引きつらせながらも、視界に入った崩れかけの廃寺の二階へとなだれ込んだ。
柱を蹴り、床を砕かれながらも、窓枠を蹴って隣の民家の屋根へと飛び移る。窓ガラスを叩き割り、室内へ転がり込むと同時に、外から容赦ない石弾が壁を穿った。
立ち上がる猶予すら与えられない。正面の窓からは火炎放射の熱気が迫り、背後からは水圧砲の照準が家ごと自分たちを蒸発させようと狙いを定めている。完全な密室の罠。
その時――ヒソカは足元に転がっていた木こり用の手斧を掴むと、正面の窓へ向けて力任せに投げつけた!
空を裂いて飛び出した手斧に、火炎ロボと水力ロボのセンサーが瞬時に反応する。迫る刃を破壊すべく、二体の攻撃が空中で手斧を撃ち落とした。ほんの一瞬、敵の意識が逸れた。
「――今だッ!!」
ヒソカが窓枠を蹴って外へと躍り出た。
石弾ロボットの銃口が、空中へ飛び出したヒソカの胸元を捉える。
だが、その背後――瓦礫の影から、一本の剣が宙を舞うように飛来した。
ズシャァッ!!
「な……っ!?」
石弾ロボットの背中に、飛来した剣が深く突き刺さった。バランスを崩したロボットの隙を逃さず、着地したヒソカが地面を滑り込みながら、落ちていた自分の剣を一閃させる。
首が、飛んだ。
ガラガラと崩れ落ちる機体のパーツ。ヒソカはそのままの勢いでジンジョウを抱き抱え、横へと転がった。直一秒前まで二人がいた空間を、凄まじい水圧の刃が切り裂いていく。
「よくやった、ジンジョウ……! ここまでは予定通りだ。残り二体をどうするか、一旦隠れるぞ!」
「うん……!」
ヒソカはジンジョウを背負い直し、路地の奥へと走り込んだ。
しかし、曲がり角の先――二人の行き手を阻むように、火炎放射ロボットが立ち塞がっていた。
「ちっ……囲まれたか……!?」
絶体絶命。前には火炎、後ろからは水圧。
その時、ヒソカの目に壁に立てかけられていた分厚い大木の板が映った。迷う暇はない。板を掴み上げ、背中のジンジョウを庇うように火炎の濁流へ向かって掲げた。
轟ッ!!
凄まじい熱量と衝撃が押し寄せ、ヒソカとジンジョウは木板ごと吹き飛ばされた。
地面を転がり、背中を打つ。目を開けると、すぐ目の前に水圧砲ロボットの銃口が向けられていた。照準が合わさる。
「待てぇぇぇッ!!!!」
頭上から、爆音と共に何者かが落ちてきた。
ノルだ。ノル・タケダが、大声を張り上げながらロボットの背後から大剣を振り下ろしていた。
だが、音に反応したロボットは瞬時に背中の装甲を局所強化し、ノルの斬撃を軽々と受け止めた。刃が弾かれ、金属音が響く。
「バカ! もっと静かに近づくべきだったろ! 気づかれて装甲を強化されたら、防がれるに決まってるだろ!!」
吹き飛んだ先で、ヒソカが思わず苛立ちを爆発させる。
だが、ノルは白い歯を見せてニッと笑った。
「わざとだよ!」
シュッ、シュッ、シュッ!
直後、どこか高所から放たれた三本の矢が、寸分の狂いもなくロボットの頭部センサーを穿った。
視界を奪われ、ロボットの動きがわずかに乱れる。その一瞬の隙を逃さず、ノルは胸部左側の装甲の薄い目盛りへ向けて、渾身の力で剣を叩き込んだ!
ズガァンッ!!
「残りは一体! あいつの注意を引きつけて、椿が撃ち抜く隙を作るぞ!」
「了解だ!」
火炎放射ロボットが迫る。ノルが左から、ヒソカが右から同時に挟み込むように跳んだ。
ロボットは両アームを広げ、左右へ交互に炎を撒き散らす。上空のバルコニーから椿が次々と矢を放つが、ロボットはアームを盾のように強化し、すべての矢を弾き返した。
「私の攻撃にすごく警戒してるわ……このままじゃ隙なんてできそうにないわね!」
鮮やかな金髪とオレンジの前髪を揺らし、椿が屋根の上を軽やかに疾走しながら叫ぶ。
「ノル、同時に仕掛けるぞ!」
「おうっ!」
二人は粉砕された木板の破片を掲げ、猛スピードで火炎の渦へと突進した。
肉を焼く熱気が押し寄せるが、意地で踏みとどまる。攻撃が効かないと判断したロボットは、アームの強化を解除し、直接二人を押し潰そうと腕を振り上げた。
その瞬間――椿の放った一撃がアームの関節部に突き刺さり、黒いオイルが噴き出した。
「チッ、逃げる気か!?」
内部損傷を検知したロボットが、火炎を撒き散らしながら後退を始めた。反対のアームで椿の追撃を防ぎつつ、巧みに間合いを取ろうとする。完全に防戦一方の体勢に入られ、接近の手立てが遮断された。
(くそ……完全に封じられている! 回り込んで攻めるしか――)
ヒソカが歯を食いしばった、その時だった。
――――シュッ。
風を切り裂く、一筋の不快なほどの静寂。
次の瞬間、逃走しようとしていたロボットの胸部の中心に、一本の剣が根元まで深く突き刺さっていた。
バチバチッ……! と激しい火花が散り、ロボットの瞳の光が途絶える。巨躯がゆっくりと前傾姿勢になり、乾いた音を立てて砂の上に崩れ落ちた。
「……え?」
ヒソカは息を呑んだ。
倒れたロボットの遥か後方――およそ三十メートルは離れた瓦礫の上に、一人の少年が立っていた。
剣を投げ終えたばかりの姿勢で、肩を上下させて息を切らしている。テンセイ・ブシダだ。
「ギリギリ……間に合ったみたいだな……」
テンセイが疲れた顔で歩み寄ってくる。
「やったなテンセイ! 本当にすごいよお前!」
ノルが素直に歓声を上げてテンセイの肩を叩く。
「大したことないさ。みんなが上手く注意を引いてくれたおかげだよ」
椿が建物から飛び降り、ジンジョウも片足をかばいながらひょこひそこと近づいてきた。
全員が勝利を喜び合う中――ヒソカだけは、冷や汗を流しながらテンセイの背中を見つめていた。
(……あの距離から? いくら油断していたとはいえ、あの厚い装甲を貫いて、正確にコアだけを射抜くだと……? テンセイ……お前は一体、何者なんだ……?)
「さあ、ここをさっさと出よう」
テンセイは何事もなかったかのように微笑み、倒れたロボットの頭部を指さした。
「倒したロボットの『頭部』を探すんだ。中に、こういう鍵が入っている」
テンセイが掲げて見せたのは、複雑な形をした金属の鍵だった。
「鍵……? じゃあ、その鍵がないと……あの扉を開けられないの?」
ジンジョウが尋ねると、テンセイは頷いた。
「その通りだ、ジン。あの扉には鍵穴のような形の『4つの開口部』があった。全滅させることが前提なら、ロボットが鍵を持っているのも当然だろ?」
「……正直、全然当然には思えないけど」
近くのロボットの頭部を半信半疑で漁っていた椿が、中から同じ鍵を見つけ出し、信じられないという顔で呟いた。
「まあいいわ。鍵を全部回収して、ここから出ましょう」
四つの鍵を回収した五人は、照りつける砂漠を歩き始めた。
ヒソカは再びジンジョウを背中に担ぎ、少し遅れて一行の後方を進んでいた。
「ヒソカ……さっきは、私……何の役にも立てなくてごめんね……」
背中でジンジョウが申し訳なさそうに小さくなった。
「何言ってるんだ。お前がいなかったら、あの石弾ロボットは倒せなかったさ」
「でも……その後は何もできなかった……。足手まといにしか……」
「そんなこと思うな。怪我してるのに、十分すぎるほど助けてくれたよ」
ヒソカは歩みを止めず、優しい声で言葉を継いだ。
「そうだ、肩を撃たれていたんだろ。シーラントで傷を塞がないと」
ヒソカは歩きながら腕輪を操作し、薬剤チューブを取り出して背中のジンジョウへ手渡した。
「ほら、これを傷口に塗るんだ」
「……ありがとう」
ジンジョウが肩の傷に薬剤を塗り込むと、ジュウと白い煙が上がり、創傷が急速に塞がっていった。苦痛に顔を歪めるジンジョウ。その華奢な肌には、痛々しい一枚の傷痕が残された。
「よし。外に出たらすぐに医務室に行こう。骨や神経のダメージも診てもらわないとな。心配するなよ、ジンジョウ。すぐに良くなるさ」
ヒソカが振り向き、温かく微笑む。
「ねえ……」
ジンジョウが恥ずかしそうに視線を落とした。
「水力砲のロボットを攻撃した時……あなた、私を『ジン』って呼んだよね。テンセイみたいに」
「あっ……」
ヒソカは急に顔を赤くして動揺した。
「そ、その……まあ、合図を早く伝えたくて焦ってたから……! もし嫌だったなら、これからはちゃんと『ジンジョウ』って――」
「違うの」
ジンジョウはヒソカの背中にそっと顔を埋めた。
「……これからも、そう呼んでほしいの。もし……嫌じゃなければ」
「(照れまくりながら)い、いや……全然……問題ない……よ、ジン」
脱出扉の前に到着した五人は、それぞれの鍵を四つの開口部へと差し込み、同時に回した。
重厚なガコンッという駆動音が響き、扉がゆっくりとスライドしていく。
『第三レベル突破、おめでとうございます』
スピーカーからマッサルの感情を欠いた声が流れる。
『通路を進み、大型エレベーターに乗ってください。全員が搭乗すれば、最終試験場へと上昇します』
狭い石造りの通路を進み、右へと曲がると、そこに巨大な鉄格子のエレベーターが待ち構えていた。
五人が乗り込み、重い扉が閉まると、ガタガタと音を立てて箱が上方へと動き始めた。
――――
同じ頃、監視室。
青白いモニター群の前で、マッサルが通信機を手にとっていた。
「引き上げるぞ、シゲル」
「よし……」
壁に寄りかかっていた大型の男――シゲルが、両手に巨大なバトルアックスを握り締め、獰猛な笑みを浮かべた。
「ショーの始まりだ」
――――
上昇を続けるエレベーターの中。
ノルが手すりに寄りかかり、腕を組んで尋ねた。
「最後のレベルって、何だと思う?」
「追跡任務か、あるいは防衛戦かしら。新人ハンターの実力を測るには良い試験になりそうだし」
椿がオレンジの前髪を払いながら推測する。
「可能性は高いが……そんな生易しいものにはならないだろうな」
テンセイが静かに吐き捨てた。
「だよな! あいつら、最初から無茶ばっかりやらせてくるし。ま、心配するなよ。リーダーの俺がちゃんと引っ張っていってやるからさ!」
ノルが胸を張ると、椿が胡散臭そうな目を向けた。
「……リーダー?」
「忘れたのか? テンセイが言ってたろ。このレベルのリーダーは『俺』だって!」
「その通りだ」
テンセイがくすりと笑う。
「待て、天井が開いたぞ。もうすぐ到着する」
ヒソカの声に、全員が上を見上げた。
ゴゴゴゴ……と激しい音を立てて天井のハッチが開き、眩いばかりの自然光がエレベーター内へと差し込んだ。
上昇が停止し、鉄格子が開く。
そこは――高さ三メートルを超える、重厚な鋼鉄の壁でぐるりと全周を囲まれた、逃げ場のない「巨大な円形闘技場」だった。
そして、右側に設置された頑丈な木製の壇上。
二つのマイクの前に立ち、見下ろしている二人組の姿があった。
丸眼鏡の奥で冷たく光る目をした科学者、マッサル。
そして、身の丈ほどもある二振りのバトルアックスを両手に構え、不気味な笑みをたたえた巨漢――シゲル。
風が吹き抜け、新米ハンターたちの髪を揺らす。
真の「絶望」が、そこには待ち受けていた。




