第4B話 : 第三段階 ― 砂漠の戦い
翌朝、ノルが目を覚ますと、すぐ側でジンジョウがリンゴを高く積み上げる奇妙なゲームに没頭していた。
「ジンジョウ? おはよう。ずいぶん早く起きたんだな。俺が一番乗りかと思ってたよ」
ノルが目をこすりながら微笑むと、ジンジョウは跳ね上がるように肩を震わせた。
「お、おはようノル……あ、あの……ひとつ、どう……?」
おずおずと差し出されたリンゴを受け取り、ノルは豪快にかじりついた。果汁が口いっぱいに広がる。
「ありがとう。それで、いつから起きてたんだ? まさかずっとか?」
「わ、私は……夜中に目が覚めて……その、見張りを、してたの……」
「えっ? じゃあ一口も寝てないのか!? それは流石に無茶だろ! 他のやつを起こして交代すればよかったのに!」
「だ、大丈夫……っ。前のレベルでは……わ、私はあんまり役に立てなかったから……これくらいしか、貢献できることがなくて……」
俯く少女の肩を見て、ノルは彼女が抱えていた苛まれるような罪悪感を理解した。
「なるほどな、気にしてたんだな。でもありがとう、本当に助かったよ」
「べ、別に……。で、でも……みんなには言わないで……」
「安心しろ。男の約束だ」
ノルは立ち上がり、思い切り背伸びをして体をほぐした。
「さて、そろそろ行くか! みんなー! 起きろー! 続きだぞーー!」
「何よその大声……もう少し静かに起こせないの……?」
金髪を乱し、オレンジの前髪を払いながら、椿が不機嫌そうに目をこすった。
「もう十分寝ただろ。腹ごしらえをして、次のレベルへ進むぞ!」
「ノルの言う通りだ。早く始めれば、それだけ早くここを出られる」
ヒソカが同意し、全員で果物や、椿とヒソカが事前に中央の町で買い込んでいた缶詰の肉を口に運んだ。
腹を満たした五人は、不気味に沈黙する次のレベルの重厚な金属扉へと向き直った。
『レベル3、開放。――テーマは「追跡」だ』
マッサル(科学者)のアナウンスと共に、猛烈な熱気が室内へとなだれ込んできた。
重い音を立てて開いた扉の先に広がっていたのは――地底深くだとは信じ難い、果てしない「砂漠」だった。頭上には、本物と見紛うばかりの青空のホログラムが広がり、遠方には廃墟と化した幾つもの街並みが揺らためいている。
「すげぇ……! 地下にこんな世界を作ったのか!?」
ノルが目を丸くする。
「追跡……か」
ヒソカが顎に手を当てて呟いた。
「誰を追跡すればいいの?」
「いや、俺たちが『追跡される』側なのかもしれんぞ」
テンセイの言葉に、ノルは「そっちの方がしっくりくるな」と同意した。
「よし、それじゃあ進もう。ここは椿、お前が先頭だ」
テンセイがニッコリと笑って道を譲る。
「なんで彼女なんだ?」
「順番さ。前のレベルはお前、最初は俺だったろ? 次はノルの番だが、まずは椿からだ」
(……こいつ、本当に命がけの試練をゲーム感覚で楽しんでやがるな)
ヒソカは冷や汗を流しながら、内心でテンセイの異常な冷静さに戦慄していた。
五人は砂漠へと足を踏み入れた。ヒソカは足の傷が癒えていないジンジョウを再び背中に担ぎ、風が吹き荒れる砂丘の影に身を潜めながら慎重に前進する。
やがて、前方に風化した小さな廃墟の町が見えてきた。そのさらに奥には、規模の異なる三つの町が並んでいる。
五人は最初の町へ滑り込み、影から影へと移動を開始した。
「音を立てないで」
椿が崩れた日干し煉瓦の壁の隙間から覗き込む。
街の中央を徘徊していたのは――下半身が巨大なキャタピラ、上半身が重装甲で覆われた人型の異質な戦闘用ロボットだった。
「左側から行くわ。あっちは地面の岩盤が露出していて、足跡が残りにくい」
椿の合図で、一歩ずつ瓦礫の陰へと移動する。ロボットが時折怪しげな機械音を立ててこちらを向くが、警戒レベルは上がらず、そのまま通り過ぎていった。
同様の精密な連携により、二つ目の町も無音で突破する。
しかし、四つ目の町に入った瞬間、不運が襲った。
乾いた風が瓦礫を崩し、小さな音を立てたのだ。機敏に反応したロボットが、ノルたちが身を潜める瓦礫の陰へと一直線に向かってくる。
まだ渡り切っていなかった椿は、瞬時に判断した。拾い上げた石を真逆の方向へ力任せに投げつける。
硬い打撃音が響き、ロボットのセンサーがそちらへ逸れた。
椿は手で『行け』と合図し、仲間を先に行かせる。
四人が葛藤しながらも奥へと進む中、椿は一人で瓦礫を打ち鳴らし、ロボットを惹きつけ続けた。だが、学習能力を持つロボットは次第に椿の誘導パターンを読み始め、銃口を向けて牽制射撃まで開始する。
「(小声)なんで戻ってきたの!? 進めって言ったでしょ!」
瓦礫の隙間に滑り込んできたノルを見て、椿が青い瞳を怒らせた。
「進んだよ! でも、お前を置いていくわけないだろ! ヒソカが良い案を出したんだ。あいつを時計塔の方へ誘導してくれ!」
椿は意を決して瓦礫の間を脱出し、時計台へと走った。ロボットはまんまと誘い出され、時計台の足元に残されていた『靴の痕跡』をスキャンした。それは砂漠の外縁へと向かって深く刻まれている。
ロボットはターゲットを変更し、砂丘の彼方へと猛スピードで去っていった。
「あの足跡……どこへ続いてるの?」
「どこにも続いてないさ。テンセイが作った偽の足跡だ。あいつが騙されている隙に合流するぞ」
無事に全員が合流し、三つ目のエリアの出口扉へと辿り着いた。
しかし――扉の横にあるはずの『赤いボタン』が存在しない。
「おかしいな……起動スイッチがないぞ」
テンセイが扉の構造を確かめる。そこには小さな四つの『窪み』があるだけだった。
「おーい、誘拐犯さん。こっちは着いたぞ。早く開けろー」
テンセイがスピーカーに向かって呑気に呼びかけるが、マッサルからの返答はない。
「ということは……まだこのエリアの試験は終わっていないということだ」
ヒソカの鋭い言葉に、椿が刃に手をかけた。
「じゃあ……あのロボットたちを全滅させることが開門の条件?」
「その可能性が極めて高いな」
「いいね。そろそろ、まともに暴れたかったところだ!」
ノルが拳を打ち鳴らす。
「ノルと私は、最初に出会った二体を叩くわ。動ける速さに特化しているからね。テンセイは三体目を。ヒソカとジンジョウは最後の一体をお願い」
「了解した」
手分けをして、それぞれの目的地へ散っていく。
ヒソカはジンジョウを背中から下ろし、廃墟の陰から四体目のロボットを観察した。
「どうやらあのロボット、胴体を動かさなくても頭部だけで全方位三百六十度を視認できるらしい。その代わり、機動力と敏捷性はそこまで高くなさそうだ。十分に懐へ飛び込めば、一撃でコアを穿てる」
「ひ、一人で攻撃した方が……いいんじゃないでしょうか……? こ、こんな怪我人の状態じゃ……私、ただの足手まといに……」
ジンジョウが申し訳なさそうに視線を落とす。
「そんなことを言うな」
ヒソカは優しく微笑み、彼女の目線まで腰を落とした。
「お前は足手まといなんかじゃない。むしろ、俺の作戦の『一番重要な鍵』なんだ」
「え……?」
「少しの間だけ、一人で動けるか?」
「う、うん……まだ少し痛むけど……多分、大丈夫……」
「よし。合図したら、俺の動きに合わせて叩け」
作戦が開始された。
二人は壁の陰を滑るように移動し、無機質な機械の背後へと接近する。
ヒソカが意図的に足音を立てて先陣を切って飛び出した。
『照合完了。ヒソカ・アハネ、19歳。隠密及び待ち伏せ行動に特化』
合成音声が響く。
(今の一瞬で個人のデータを照合したのか……!?)
ロボットのアームが旋回し、先端の小型砲口がヒソカを捉えた。
ヒソカは直感的な危機感から緊急回避を敢行する。
直後――ドォン! という重低音と共に、超高圧の圧縮水流が放たれた。直撃を受けた分厚い石壁が一瞬で真っ二つに切断され、水しぶきが爆発する。
「なっ……水圧のウォーターカッターか!?」
直撃すれば身体ごと両断される。ヒソカは連続で跳躍し、地を這う水圧の刃を紙一重でかわし続けた。
(攻撃属性は『水』か……! 四大元素を基準にカスタマイズされているとしたら、火属性の相手と戦っているノルたちが危ない! 早くこいつを片付けて援護に向かわないと!)
「今だ、ジン!」
ヒソカの叫びと同時に、潜伏していたジンジョウが地面を蹴った。
痛む足を限界まで踏み込み、空中で剣を両手で構え直す。ロボットの頭部へ向けて、死角からの完璧な首斬りを行使した。
ガギィンッ!!
激しい金属音が空しく響いた。
全力を込めた一撃は、首の装甲に僅かな引っかき傷を作っただけで完全に弾かれたのだ。
「そ、そんな……! 全力で斬ったのに……!?」
驚愕するジンジョウの前で、ロボットがピタリと動きを止めた。
(今のは完璧な奇襲だった……首が飛んでいてもおかしくないはずだ!)
『脅威対処プロトコルA1、失敗。非致死性ダメージを確認。プロトコルA2に移行』
システム音が鳴り響く。
「ジンジョウ、離れろ!!」
ヒソカが飛び込み、水圧の砲口が向けられた瞬間にジンジョウの身体を抱えて横へ転がった。轟音と共に地面が抉り取られる。
ヒソカは刃を立て直して正面から突進し、渾身の斬撃を叩きつけた。しかし、鋼鉄のアームに軽く防がれ、逆に強烈な水圧の衝撃波で吹き飛ばされる。
表面を掠めるだけで、まともなダメージが通らない。
そこへ、体制を立て直したジンジョウが側面に回り込み、亀裂の入っていた関節部へ向けて二度目の斬撃を叩き込んだ。
スパァンッ!
今度は深い手応えがあった。装甲が引き裂かれ、内部の配線とオイルが撒き散らされる。
反撃のためにロボットのアームがジンジョウを潰さんと振り下ろされるが、ヒソカが滑り込んで彼女を抱き上げ、間一髪で範囲外へと脱出した。
だが、ロボットは追撃してこず、その場で静止すると、内部からナノ機械の怪しい光を放ち、傷口を自動修復し始めた。
「敏捷性が上がっている上に、対一対一の防衛本能が異常に高い……」
ヒソカが息を荒げる。
「ヒソカ……なんとなく、あのロボットの仕組みが分かってきた気がします……」
背中でジンジョウが呟いた。
「本当か!? 教えてくれ!」
「あの機体……状況に応じて『必要な箇所だけ』の装甲強度を瞬間的に集中・強化しています……。最初に私が首を斬った時は刃が通りませんでした……でも、二回目の関節への攻撃は簡単に斬れた……同じ腕力で斬ったのに、です」
「つまり……認識していない視角からの攻撃には、瞬間的な強化が追いつかないということか!?」
「はい……でも、一つおかしいんです。最初の私の奇襲の時、あのロボットはヒソカさんに集中していたはずなのに、何故か首の防衛が完璧に間に合っていた……」
ジンジョウの目が光る。
「たぶん……ヒソカさんの『個人データ』のせいです。『隠密と待ち伏せが得意』というデータがあるから、正面から堂々と突っ込んできたヒソカさんの動きを『囮』だと最初から機械的に計算して、首の警戒を解いていなかったんだと思います!」
「なるほど……そういうことか!」
ヒソカの脳裏でパズルのピースが繋がった。
「なら、倒し方は決まった。あいつの意識を意図的に俺たち二人へ『固定』させればいい」
ヒソカはストレージから太い縄を取り出した。
「ジンジョウ、俺の背中にしっかり捕まってくれ。縄で二人の身体を括り付ける」
「で、でも……それじゃあ動きが鈍くなって、もっと危険に……」
「それが狙いだ。こちらの機動力が落ちれば、あいつのアルゴリズムは俺たちの『脅威度』を下げる。隙を見て縄を解き、君が下段、俺が上段から同時に完璧な一撃を叩き込む。予測限界を超えた同時攻撃なら、絶対に防ぎきれない!」
「分かりました……!」
ジンジョウの瞳に強い決意が宿る。
ヒソカはジンジョウを胸から背中にかけて縄でがっちりと固定した。二人は同時に剣を構え、突撃の体勢を取る。
「準備はいいか? 3、2、1――」
ドスッ!!
「あがぁっ!?」
不意に、ジンジョウの背後から惨痛な悲鳴が上がった。
圧縮空気によって放たれた、硬質な石の弾丸。それがジンジョウの華奢な肩を深々と撃ち抜いたのだ。
「ジンジョウ!? なにが――」
振り返ったヒソカの視界に入ってきたのは、肩から赤黒い血を溢れさせて倒れ込む少女の姿と――その背後の瓦礫の上に立つ、全く同型の『二体目のロボット』の姿だった。
『投降しなさい。武器を下ろしなさい。不必要な負傷者の発生を禁止する』
(ロボットがもう一体……!? 4体しかいないはずだ……! ということは、他のエリアを担当していた誰かが負けて――!?)
血に染まるジンジョウの顔と、迫り来る機械の刃。ヒソカの表情が、極限の動揺と恐怖に引きつった。
同じ頃。
地下の凄惨な死闘とは無縁の、穏やかな陽光が差し込む森の奥深くだ。
質素な木造小屋の前に、漆黒の羽毛を纏った男――フォーカス(フォーカス・クロウ)が一人立っていた。
「一体いつまで待たせるつもりだ……? どこに行ったんだ」
フォーカスは腕を組み、不機嫌そうに周囲を見回した。
「ジンジョウが家にいないなんておかしい。テンセイの屋敷も訪ねたが、あいつも不在だった。この時間なら、二人とも休んでいるか部屋の片付けをしているはずなのに」
不気味な静寂が森を包み込んでいる。フォーカスは重い溜息をついた。
「今日はいつもと様子が違うな……。まあいい、これ以上ここで時間を無駄にするわけにはいかない」
フォーカスは踵を返し、森の奥へと歩き出した。
「ファクロウの新人の誰かを連れていくとするか。あいつの弟子なら、急な召集でも文句は言わんだろ」
影の中で動く悪意の存在に、地上にいる狩人たちはまだ誰も気づいていなかった。




