第5B話 - 狩人の資質
「ようこそ、最終レベルへ。レベル4――『オール・オア・ナッシング』だ」
マッサルの嘲笑を交えた声が、鋼鉄の壁に囲まれた広場に響き渡る。
「だがその前に……互いに顔を合わせておくといいだろう」
ゴーッと重い音を立てて正面の壁が沈下し、もう一つの通路から『第二の町』の狩人候補生たちが姿を現した。だが――その姿を見た瞬間、ジンジョウが息を呑んだ。
「ひ、一人足りない……?」
本来あるべき五人の影が、そこには四人しか存在しない。
「残念だが、第二の町のチームは仲間を一人失った」
シゲルが両手のバトルアックスを弄びながら、面白がりもせずに言い捨てた。
「罠にかかり、身動きが取れなくなったらしい。彼らは……そのまま先へ進む方を選んだのだ」
「……本気で言ってるのか?」
ノルの拳が、激しい怒りで震えていた。低く絞り出すような声が空気を射抜く。
「仲間を……置いてきたってのか!?」
「連れて行けば足手まatoi(足手まとい)になるだけだ」
重厚な黒鎧に身を包んだ男、フョードル・レベデフが冷徹な瞳でノルを見下ろした。
「無理に助ければ全員の命を危険に晒す。自分の身すら守れない奴が人に守られるなど、ただの甘えだ」
「守るのが、俺たちの役目だろ……! 力のない人を守るのが、狩人なんじゃないのか!」
「それは『市民』に対しての話だ」
フョードルは一歩も引かない。
「彼は狩人志望者だぞ。時には切り捨てる判断も必要だ。――俺は優先順位に従って任務を遂行したまでだ」
「いい加減にしろ」
シゲルの苛立ちを帯びた声が割り込んだ。
「説明の途中で口を挟むなと言ったはずだ。……では、最終試験の内容に入る。至ってシンプルだ。“一つの決断”をしてもらう」
両チームの背後の床が滑らかに開き、黒い布で覆われた五つの台座がせり上がってきた。
「箱を持ち上げてくれ」というマッサルの指示に従い、布が払われる。
第二チームの前に現れたのは――『鋼鉄の剣、ダイヤの袋、鋼鉄の剣、ダイヤの袋、鋼鉄の剣』。
対するノルたちの前には――『ダイヤの袋、鋼鉄の剣、ダイヤの袋、鋼鉄の剣、ダイヤの袋』。
「妙だな……まるで解くべきパズルだ」
ヒソカが細い目をさらに細めた。
「だが、これで狩人としての適正が測れるとは思えないが……」
周囲を囲む高圧的な壁が、ズズズと地中へ下がり始めた。
「壁が完全に下がり次第、決断してもらう」
マッサルが両腕を広げる。
「目の前の品はすべて君たちのものだ。――ただし、持ち帰れるのは『片方のチームだけ』だ。選択肢は三つ」
『一つ。このまま戦闘エリアに残り、互いの報酬を賭けて奪い合う』
『二つ。どちらが報酬を持ち帰るか合意し、戦わずに退出する。ただし両チームが退出を選んだ場合……相討ちとみなし、全員不合格とする』
『三つ。完全な“和平”。報酬は一切持ち帰れないが、戦闘も負傷もない。ただし双方の合意が必須。合意なしで片方が出ようとすれば、そのチームは失格だ』
「そして――」
マッサルの目が怪しく光る。
「敗者には『任務失敗』の記録が残る。狩人最終試験において決定的に不利となり、最悪は組織からの追放につながる。……壁が下がるまで三分。話し合うといい」
両チームは一定の間合いを取り、即座に円陣を組んだ。
「どうするのが最善だと思う?」
ノルの問いに、ヒソカが即座に首を振った。
「正直、極めて不利だ」
「……どういう意味?」
椿がオレンジの前髪を払いながら尋ねる。
「あっちには鋼鉄の剣が三本、こっちは二本しかない。その上で、価値のあるダイヤ袋は俺たちの方が多いんだ。……つまり、あいつらが手っ取り早く成果を得るために、奪いに来る可能性が極めて高い」
「で、リーダー。どうするつもりだ?」
テンセイがノルの肩にポンと手を置き、試すような笑みを浮かべた。
ノルは数秒間、固く目を閉じた。
やがて目を開いたその瞳には、迷いのない光が宿っていた。
「……戦うしかないと思う。人数なら、俺たちの方が上だ」
「本当にそれでいいのか、ノル?」
ヒソカが表情を曇らせる。
「退いて、向こうに報酬を譲るって手もあるぞ」
「それじゃあ組織入りに響く。マッサルの言ってたこと、聞ただろ?」
ノルは力強く仲間たちを見つめた。
「俺たちなら勝てる。みんなの実力なら、俺が一番よくわかってる!」
「……わかった。お前の判断を支持する」
ヒソカは深く息を吐き、覚悟を決めた。
「で、作戦は?」
ノルは地面に屈み込み、手近にあった小道具を並べ始めた。
「まず、剣は一本を椿、もう一本をヒソカが持つ。二人が正面の盾になって攻撃を受け止める。その後方からテンセイと俺が左右に分かれて援護と反撃だ。中央にはジンを置いて、どちらかの側面が崩れた時のフォローに回ってもらう」
ふたつのリンゴを椿とヒソカ、左右の小石をテンセイと自分、そして中央の水筒をジンジョウに見立て、きれいな台形の陣形を作り上げる。
「……弱い子を狙ってくる可能性が高いわね」
椿が静かにジンジョウへと視線を向けた。
「だから、隊形はできるだけ早くローテーションさせて、彼女に圧力が集中しないようにすること。それと一番大事なのは――誰も一度に複数と戦わないことよ」
「おう、もう準備はできてる」
ノルは不敵な笑みを浮かべたが、その額にはうっすらと緊張の汗が滲んでいた。
「時間切れだ」
シゲルのダミ声が響く。
「答えを聞こうか?」
「……戦います」
ノルの宣言に、シゲルは獰猛に口端を歪めた。
「よし。第二のチームはどうする?」
「俺たちも戦う」
ヴァダントが静かに剣を抜く。
「了解――では、戦闘を開始――」
「待てぇぇいッ!!!!」
静寂を破り、頭上から降臨したのは――黒い翼の外套をまとった男。フォーカスだった。
いつもの平静な眼差しだが、その奥には隠しきれない不機嫌さが煮煮え滾っている。
「フォーカスさん……!」
ジンジョウがパッと目を輝かせた。
「間に合った……これで止めてくれるはずだ」
ヒソカも安堵の息を漏らす。
フォーカスはゆっくりと二人の中年ハンターへと視線を向けた。
「……これは何のつもりだ? 今日、俺の訓練生が試験に使われるなんて聞いていない。それに――一人、負傷しているようだが。納得のいく説明はあるんだろうな?」
「長老会が『浄化試験』の実施を承認しただけさ」
マッサルが爪を噛みながら皮肉っぽく吐き捨てる。
「任務の一環だよ。別に問題はないはずだ」
「……雷電がこれを知っているとは思えないな。あいつが来たら、相当怒るぞ」
フォーカスの声から感情が消え、凍てつくような威圧感が周囲を支配する。
「だが、こいつらを俺に引き渡すなら――今回の件は見逃してやる」
「どうしたフォーカス?」
シゲルが苛立ちを隠そうともせず、斧の柄を固く握りしめた。
「“パパ”雷電がいないと何もできないのか……? ええ!?」
「シゲル、やめろ。そこまでやる必要はない」
マッサルが慌てて制止しようとするが、シゲルの暴走は止まらない。観覧席からドスンと飛び降り、フォーカスへ向けて歩み寄る。
「もう十分だ……6年だぞ。6年間、俺はこの時を待っていたんだッ!!」
ジャキンッ! と腰から二振りの巨大な戦斧が解き放たれる。
「6年間、雷電の影に隠れてのうのうとしやがって……今日こそ、あの時の屈辱を何倍にして返してやるッ!!」
シゲルが巨体を弾ませて突進する。
フォーカスは表情ひとつ変えず、腕時計型デバイスのホログラムを起動。光の粒子の中から、極太の湾曲したマチェーテを二振り引き抜いた。
「チッ……!」
マッサルが顔を覆い、血走った目で志願者たちを見回した。
「戦闘開始だ! 相手を殺しても構わん! 一切、処罰はなしだ!!」
「ま、待って! ハンター規約では、候補生同士の致死戦は厳禁のはずよ!?」
椿が叫ぶが、マッサルは狂気じみた笑みを浮かべて顔を歪めるだけだった。
「規約なんて……どうでもいい……さあ――楽しもうじゃないか!!」
マッサルの目の下に不気味なクマが濃く浮かび上がり、その下に紫色の矢じりのような紋様が蠢く。
次の瞬間、シゲルの戦斧とフォーカスの湾刀が正面から激突し、爆音と共に火花が散り散りに弾け飛んだ。
「土属性――〈岩華〉!!」
空中で巨大なメイスを振り下ろしたマッサルの叫びと共に、大地が波打つように爆発した。避けたフォーカスの足元から、巨大な蓮の花のように鋭利な岩柱が無数に突き上がる。
フォーカスは黒翼を大きく羽ばたかせ、紙一重で岩の槍衾をすり抜けていく。
その凄まじい衝撃波の背後で――候補生たちの死闘が火蓋を切っていた。
「フォーカスさん!」
「ノル、前だ!!」
第二チームが一斉に襲いかかってくる。アレックスが剣を振り下ろすが、寸前で椿が割り込み、その重撃を受け流して距離を取らせた。
「あなたの相手は私よ!」
金髪をなびかせ、椿とアレックスの激しい剣戟が始まる。
一方、ヒソカは敵のリーダー格・ヴァダントと対峙していた。
互いに鋼の剣を交えるが、相手の筋切り、体さばきは洗練されており、まるで百戦錬磨のハンターと打ち合っているかのような錯覚を覚える。
(くそっ……強い! 一瞬の油断も――!)
その時、側面からアキラが旋風のようにテンセイへと襲いかかった。
「テンセイ!」
ヒソカが進路を塞ごうと動いた瞬間、ヴァダントの刃がヒソカの脇腹を浅く切り裂いた。
鮮血が舞う。致命傷は免れたものの、ヒソカの顔から余裕が消え去る。
当のテンセイは、迫るアキラの刃を優雅に回避していた。余裕を崩さず、しかし相手を決して侮らず――どこか楽しそうにすら見える薄笑いを浮かべながら。
だが、敵の猛攻によってノルたちの陣形に歪みが生じた。
その隙を見逃さず、黒鎧のフョードルが一直線にジンジョウへと肉迫する。
「心配するな。苦しませたりはしない」
冷徹で、寸分の無駄もない殺人技。
恐怖で竦みながらも、ジンジョウは必死に構えをとろうとする。だが、殺戮の刃が振り下ろされる――その直前!
「うおおおおッ!!!!」
横合いから泥臭い体当たりがフョードルを吹き飛ばした。
地面を転がり、距離を取る二人。助けに入ったのはノルだった。
「……今のはなんだ?」
フョードルが鋭い視線を向ける。
「お前は剣を持っていたはずだ。なぜ使わない?」
「君を傷つけたくないんだ……!」
ノルは胸を上下させながら、固い拳を握りしめた。
「良くも悪くも、俺たちは同じハンターを目指す仲間だろ! それに――フォーカスさんたちを攻撃した時点で、もうこんなの試験なんてレベルじゃない!」
「奴らの問題が俺たちに関係あるか?」
フョードルは容赦なく踏み込み、横薙ぎ、振り下ろしと凄まじい連撃を繰り出す。ノルは身をひねり、間一髪でそれを回避し続ける。
「最後の試験は完遂されるべきだ」
「まだ分からないのか!? これはもう俺たちの手に負える状況じゃないんだ!」
「分かっていないのはお前だ」
フョードルは冷酷に告げた。
「任務は任務。何が起ころうと、何を犠牲にしようと遂行する。それが『正しい』判断だ。降参という道もあった――それを選ばなかった以上、どう決着をつけるかは俺たちが決める!」
「逃げ回るな、臆病者がッ!!」
シゲルが二振りの戦斧を嵐のように振り回し、地響きを立てて迫る。
フォーカスは軽やかな足運びで後退し、最小限の動きで斧の軌道を弾き落としていく。
「まだ……話し合いで済むはずだ」
「話だと……!? ガキみたいなことを言ってんじゃねえ!」
その瞬間、上空からマッサルが巨大な岩塊をハンマーで叩きつけて飛ばしてきた。
ドガァンッ!!
回避の体勢が崩れていたフォーカスの胸元に直撃し、彼は背後の大木へと吹き飛ばされた。衝撃で巨大な樹木がへし折れ、岩が粉々に砕け散る。
「さあ、フォーカス。そろそろ茶番はやめろ」
煙の中から歩み出るマッサルが、顔をくしゃくしゃにして笑う。
「このままだと……『事故』で死んじまうぞ……?」
……沈黙。
瓦礫の中から、フォーカスがゆっくりと立ち上がった。
外套のフードが切れ落ち、隠されていた片目が露わになる。
その眼光――。
ヒュッと空間が凍りつくような、凄絶な威圧波動が吹き荒れた。
息を呑むマッサル。シゲルの笑顔が消える。
「……本気で来い、ってわけか」
フォーカスは立ち上がり、肩の砂埃を静かに払った。
「雷電上官には後で大目玉を喰らうだろうが……仕方ないな」
一歩、踏み出す。
フォーカスの全身から、ドロリとした真紅のオーラが溢れ出し、大気を激しく揺らし始めた。
「……ガキの遊びは終わりだ」
シゲルの顔から完全に余裕が消えた。
「決着をつけるぞ……フォーカスッ!!」
シゲルの身体からも、噴出するような蒼いオーラが立ち昇り、その密度を増していく。
「こ、ここまで追い詰めるつもりは……!」
マッサルが引きつった声を漏らし、後退った。
「フォーカスが本気になるなんて……今まで一度も……!」
フォーカスの頭頂部から背中にかけて、真紅の羽根が逆立つように伸びていく。まるで巨大な一羽の鳳凰の冠羽のように。
同時に、シゲルの巨体が肉体改造のごとく隆起し、極太の血管が全身に浮かび上がる。古傷が蒼く発光し、白濁していた右目に、ギラリと光る青い瞳孔が蘇った。
二人の強者が、無言のまま真正面から対峙する。
空気が軋み、圧殺されそうなほどの重圧が支配する。
「こ、これは……!」
マッサルはガタガタと震える手で顔を覆った。
「今回は本気で使うつもりだ……『狩人の資質




