第6A話 - 巨人の激突 ― マッサル&シゲル vs フォーカス
言葉も、煽りも存在しない。
ただ交錯する無言の視線。大気が歪むほどの殺気が、フォーカスとシゲルの間をつなぐ緊張の糸を張り詰めていた。
「(なぜフォーカスはいつもと違う立ち回りを……? まさか、即効で片付けるつもりか? いや、それより――)」
観覧席から滑り降りたマッサルが、はっと目を見開く。
「(長引かせるのは、双方にとって不利だと悟ったか!)」
「準備はいいか?」
シゲルが両手の戦斧を低く構えた。
「かかってこい」
フォーカスの短い返答が合図となった。
――ドンッ!!
シゲルの右斧が振り下ろされ、フォーカスのマチェーテがそれを正面から受け止めた。
激突の瞬間、莫大な衝撃波が同心円状に放たれ、足元の石畳が一瞬で粉砕される。その余波だけで、周囲で戦っていた志願者たちが吹き飛ばされそうになった。
「すご……たった一撃でこの威力……っ! これが正規ハンター同士の戦い……!」
ノルが驚愕と恐怖の混じった表情で息をのむ。
「気を抜くな」
冷徹な声と共にフョードルの大剣が迫る。ノルは咄嗟に持っていた鋼鉄の剣でギリギリ刃を受け止めた。
「不意打ちで勝っても、つまらないだろう?」
ふたたび、重者たちの領域――。
シゲルが左の斧で首を刈りにかかる。フォーカスは体を折りたたむように低く沈んで回避し、即座に鋭い足払いを放った。それを跳躍して避けたシゲルは、一旦距離を取るべく後方へ跳ぶ。
着地したフォーカスは、両手のマチェーテを胸前で交差させた。
「炎式 ―― 残火法」
刃に淡い紅蓮の炎が宿る。
技名を呟くと同時に、フォーカスの姿が消失した。視界を置き去りにする超加速でシゲルの懐へ潜り込む。
右の刃が描く閃光の連続斬撃。斧に弾かれるたび、体を独楽のように回転させて左刃の追撃をたたき込む。まるで舞踏のような連続回転攻撃。隙のない極限の連撃に、シゲルは全開で斧を合わせるものの、着実に後退を余儀なくされていた。
軌道には紅い火の粉が舞い、空気を焼き焦がす香ばしい匂いが漂う。
「チッ……! 水式 ―― 断流斬!」
押し込まれたシゲルが焦りを露わにし、斧を振り抜く。
地表を割って立ち上がる中距離の水刃。短命ながらも力強い濁流の斬撃が、フォーカスを押し戻し、その体勢をわずかに崩させた。
だが、フォーカスは漂う火の粉の真ん中へ滑り込み、低く構え直す。
「炎式 ―― 交叉刃」
空間に漂っていた火の粉が一気に二振りの刃へと吸い込まれ、鋼が深紅に発光する。
フォーカスが空間を十字に切り裂いた瞬間、巨大な炎の十字架が高速でシゲルへ向かって飛翔した。
「水壁!」
シゲルが両斧を地面に突き立てる。
逆瀑布のごとき水の壁が競り上がり、炎の十字と激突。爆発的な水蒸気が巻き起こり、エリア全体が一瞬で視界ゼロの白濁に包まれた。
濃霧の中へ、迷いなくフォーカスが突入する。
シゲルには敵の姿がまったく見えない。突然、霧を切り裂いて迫る炎撃に、反射的に斧を振るう。水膜をまとわせた刃で必死に炎を弾き返すシゲル。
だが――そこに決定的な隙が生じた。
シゲルの大振りの空振りを、フォーカスは斧の柄の下を滑り込むように潜り抜け、宙へ跳ね上がる。
ドカッ! と後頭部へ強力な蹴りが炸裂し、シゲルが豪快によろめいた。
「炎式 ―― 烈鞭」
蹴りの勢いのまま刃を振り上げる。
マチェーテから放たれた二条の炎の鞭が、シゲルの背中を容赦なく叩きつけた。爆炎と共に足場が崩れ、シゲルが地面に叩きつけられる。
血を吐きながら立ち上がろうとするシゲル。しかし、フォーカスはすでにその背後に滑り込んでいた。
「終わらせる。……炎式 ―― 焔海衝」
高く跳躍し、両腕の刃を頭上へ掲げる。
刃の周りに濃密な熱量が集束し、巨大な炎の塊となってシゲルを押し潰さんと降り注ぐ!
「水式 ―― 海珠殻!」
シゲルが死に物狂いで斧を地面に突き刺した。
半球状の堅固な水の防壁がシゲルを包み込む。ドォンッ!! と轟音が響き、フォーカスの大技を完全に防ぎ切った。反動でフォーカスは大きく後方へ弾かれ、足で滑りながら何とか構えを立て直す。
「よし、そろそろ俺も動くか」
立ち尽くしていたマッサルが、気怠げに戦槌を持ち上げた。
「土属性・破砕」
戦槌の柄の末端を、杖のように地面へ打ち下ろす。
ドゴォン! 直径五メートルほどの足場が一瞬で砕け散り、無数の岩塊となった。
マッサルは砕けた岩の一つひとつへ戦槌をフルスイングし、ノックのように空へ打ち上げていく。加速し、速度を増してフォーカスへ襲いかかる岩石の雨。フォーカスは炎を纏わせた刃で、それらを的確に切り裂いていく。
「これで終わりだ!」
マッサルが死角から巨大な岩塊を丸ごと投げ飛ばした。
フォーカスは容易くそれを一刀両断する。――だが、割れた岩の影から現れたのは、水を纏った両手斧を構えたシゲルだった!
岩で視界を遮られた一瞬を利用し、間合いを詰めていたのだ。
シゲルの猛烈な連撃、それを捌くフォーカス。互いの属性が激しくぶつかり合い、一進一退の攻防が続く。
シゲルが右の斧で渾身の大振りを繰り出す。フォーカスは紙一重でかわし、露わになったシゲルの脇腹へ刃を走らせた――その瞬間。
ガンッ!!
横から割り込んだマッサルの戦槌が、フォーカスの斬撃を完璧に受け止めた。
「なっ……!?」
ここから二人の長年培われた連携が牙を剥く。フォーカスはマッサルの重厚な攻撃をかわしつつ、間髪入れずに叩き込まれるシゲルの斧を両手のマチェーテで受け止めるのに忙殺されていく。
そして、ついに破綻が訪れた。
ガゴォッ!!
マッサルの戦槌が、フォーカスの左脇腹を捉えた。
「ガハッ……!?」
フォーカスの顔が苦痛に歪み、口から鮮血と唾液が飛び散る。そのまま吹き飛ばされたフォーカスは、背後の大木を何本もなぎ倒しながら地面を転がった。起き上がろうとするものの、膝が激しく震えている。明らかに重傷だ。
「……ハッ、死にぞこないが」
シゲルの瞳に、ドロリとした憎悪が宿る。
「水属性・潮牙」
斧に高圧の水流を纏わせ、投擲の構えを取るシゲル。だが、マッサルがその前に割り込んだため、チッ、と動きを止めた。
「どうしたフォーカス? “雷電の愛弟子”ともあろう者が、もう限界か?」
「……落ち着けよ。まだまだ……やれるさ」
血を拭い、ふらつきながらも立ち上がるフォーカス。
「なら、証明してみろッ!」
マッサルが戦槌を振り回し、凶悪な連撃を開始する。重量武器とは思えない滑らかな舞い。縦回転させながら杖のように扱い、フォーカスを追い詰めていく。フォーカスがギリギリでかわし続けたその時、マッサルが戦槌を垂直に構えた。
「土属性 ―― 王断の裁き」
ズシャァァァンッ!!
凄まじい勢いで叩きつけられた戦槌。フォーカスは危機一髪で跳び退いたが、爆ぜた地面の衝撃波と弾け飛ぶ小岩を食らい、砂埃のなかを無様に転がるしかなかった。
「……な、んだ……今の威力は……!?」
起き上がったフォーカスの目に、初めて明らかな動揺が走る。驚愕と、わずかな恐怖。戦槌は地表へ深々と突き刺さっていた。
「ククク、俺の『狩人特性』のおかげでな」
マッサルが薄汚い歯を剥き出して笑う。
「この戦槌の密度を“百倍”まで高められるんだよ。そして面白いのが――この質量を解除できるのは、世界で俺一人だけってことだ」
狂気じみた笑みを浮かべながら、マッサルは羽毛でも持ち上げるように、百倍の密度となった戦槌を軽々と引き抜いた。
「怯えたな、フォーカス……」
シゲルが不気味な歪んだ笑みを浮かべる。
「その顔……たまんねえぜ」
一方――候補生たちの戦場。
ノルの腕や頬からは血が滲み、息は荒く乱れていた。
「(このままじゃ……! 早くこいつらを倒して、フォーカスさんを助けないと……!)」
隣で援護に回るジンジョウも、全身傷だらけで疲労の色が濃い。
「わ、私達じゃ……勝てるかどうか……」
「やっと理解したか」
二人の前に立つ黒鎧のフョードルが、淡々と剣を構え直す。
「“強い者だけが生き残る”。それがこの世界の現実だ」
フョードルが地面を蹴り、流れるような三段構えの連続攻撃を仕掛ける。
① ノルへ鋭い一撃。
② 助けに入ったジンジョウの剣を受け流し。
③ 距離を取って再び同じシークエンスへ。
完璧に計算されたアクロバティックな剣術。同じパターンを繰り返すことで相手の癖を完全に読み切り、絶望へと追い詰める戦術だ。
そしてパターンが完成した瞬間、フョードルはわずかにタイミングをずらし、ジンジョウの膝裏へ容赦ない蹴りを叩き込んだ。
「きゃあッ!?」
崩れ落ちるジンジョウ。そこへフョードルの止めの一撃が振り下ろされる!
「うおおおッ!」
ノルが泥臭く割り込み、剣を突き出してフョードルの追撃を強引に止めた。
「無駄だ。お前では俺を倒せない」
フョードルが冷酷に言い捨てる。
「……そうだろうな」
ノルは血混じりの笑みを浮かべた。
「でも――“俺たちなら”話は別だ!」
ノルの瞳が光る。瞬間、ノルは自らの剣を捨て、フョードルの右腕を両手で力任せに掴み抱え込んだ!
「なにッ!?」
「今だ、ジンジョウ!」
跳び起きたジンジョウが、全身の力を込めてフョードルへ斬りかかる。
フョードルは咄嗟に剣を左手へ持ち替え、ギリギリでその一撃を受け止めた。しかし――ジンジョウは突然、自分の剣から手を放した!
混乱するフョードルの隙を突くように、ジンジョウは素早くフョードルの左腕を抱え込む。
「「せーのッ!!」」
ノルとジンジョウが同時に足を滑らせ、フョードルの軸足を払った。
「ぐあッ!?」
両腕を拘束され、足を払われたフョードルは、無様な股割り(スプリット)の体勢で地面に倒れ込む。苦痛の息が漏れ、完全にがら空きになった股間――。
そこへ、ふたり同時に全力の蹴りが叩き込まれた。
ドカッッ!!
「ぐ……あっ……!!!?」
フョードルの目に一瞬で涙が浮かぶ。冷徹だった騎士の顔が苦悶に歪み、彼は股間を押さえたまま悶絶し、白目を剥いて倒れ伏した。
「や、やった……!」
ジンジョウがほっと胸を撫で下ろし、笑みをこぼす。
「完璧だったな……! まさか君まであんな攻撃をするとは思わなかったけど。あれを喰らうくらいなら、絶対に敵に回りたくないな」
ノルが引きつった笑いを浮かべると、ジンジョウは顔を真っ赤にして手を振った。
「し、静かにっ……! わ、私はノルの動きを真似しただけで……そんなこと言わないでくださいっ……!」
少し離れた場所では、テンセイが少女アキラと対峙していた。
迫るアキラの刃を、テンセイは羽毛でも払うように軽々と回避し、受け止めている。真剣勝負というより、まるで戯れているかのようだ。
「少しは……本気で相手してくれない!?」
苛立ちを隠せないアキラが叫ぶ。
「まあまあ、焦らなくていいよ」
テンセイは心底親身そうな、柔らかい笑みを浮かべた。悪意も嘲りも一切ない。
「君の弱点をもう少し克服してほしくてね。攻撃が硬すぎるよ。だから動作の終わりに大きな隙ができるんだ」
「……生意気!」
さらに別の場所では、ヒソカが褐色の肌に銀のメッシュ髪を揺らす少年――ヴァダントと激しい剣戟を繰り広げていた。互いに全身傷だらけになりながらも、刃が甲高い音を奏で続ける。
「君は強い」
ヴァダントが剣を交えたまま告げた。
「それに、戦いながら常に仲間を気にしている。誰が苦戦しているか、絶えず目で追っているな。……君は良いリーダーだ」
「残念だけど、俺はリーダーじゃない」
ヒソカは冷ややかに刃を押し返す。
「今回のリーダーはノルだ」
一瞬、剣が離れ、静寂が訪れる。
「ノル……? フョードルに食ってかかっていたあの男か」
ヴァダントが真剣な目を向けた。
「ひとつ聞きたい。最後の試験に挑むかどうか決めた時……最終判断をしたのは彼なのか?」
「答える義務はない」
「なるほど……」
ヴァダントは静かに息を吐いた。悪意のない、純粋な失望の混じった声で。
「君のような聡明なタイプが、これほど不利な条件で戦いを選ぶなんて変だと思ったんだ。てっきり、傷ついた仲間を守るための高度な作戦かと……。残念だよ」
「ノルは『勝つ』と言った」
ヒソカの瞳に、静かだが揺るぎない炎が宿る。
「だから俺は信じる。……あいつには、必ず俺たちを勝利に導く策があるんだ!」
ヒソカは再び踏み込み、鋭い斬撃を繰り出した。
フョードルを倒したノルが、ジンジョウに向き直る。
「ジンジョウ! 俺はフォーカスさんをできる限り支えに行く! テンセイの戦いを早く終わらせて、あとはみんなの援護を続けてくれ!」
「はい!」
二人は背中を合わせ、真逆の方向へと駆け出した。
その背中を、アレックスと刃を交えていた椿が横目で見とがめる。
ボロボロになりながら、格上のハンターたちが暴れまわる地獄絵図の渦中へと一 exclusive(一途)に突き進んでいくノルの姿――。
「ノルーーーーーーッ!!」
椿の叫びには、激しい怯えと、溢れんばかりの不安が混ざり合っていた。




