第3A話 : 正式ハンターたちとの出会い
背後を行く二人から少し離れて、ファクロウとノルが先頭を歩いていた。
そのすぐ後ろ、木漏れ日が落ちる小道を歩きながら、ヒソカがぽつりと呟いた。
「椿。あんまり言いたくはないんだけどさ……さっきのお前、いつもと違ったぞ。あんな簡単に取り乱すなんて珍しい」
歩調を緩めず、椿は視線を前方に向けたまま唇を噛みしめた。金髪から覗く鮮やかなオレンジの前髪が、落ち込むような動きに合わせて僅かに揺れる。
「……そうね。感情に流されて衝動的に動くなんて、ハンターとして失格だわ。あんな幼稚な挑発に乗るべきじゃなかったのよ」
「まあ……大変だよな。ずっと真面目に“規律を守る優秀なハンター”を演じ続けるのって」
「演じてなんかないわ」
椿は少しムッとしたように語気を強めたが、すぐに青い瞳を落ち着かせた。
「ハンターは常に規律を守らなきゃいけない。ただそれだけよ」
「『ハンターはこうあるべき』『ハンターはこうしちゃいけない』か……」
ヒソカは両手を頭の後ろで組み、やれやれと首を振った。
「お前、自分の“あるべき姿”ばかり気にして、本当の自分を押し込めてるんじゃないのか?」
「それのどこが悪いの? 私は私のやり方で強くなりたいだけ。何がいけないのよ」
「悪くないさ。ただ――他人の生き方やハンターになる理由にまで口出しするのは違うと思うぜ。まるで……あいつの存在そのものが、お前を苛立たせてるみたいに見えるんだよ」
「……どうしてそう思うの?」
椿の足がピタリと止まった。視線を地面へ落とし、眉を深く寄せる。
ぎゅっと、自分の右腕を抱きしめるように強く掴んだ。フード付きジャケットの布地がシワを刻む。
「まだ数回しか一緒にいないのに……まるで昔から私を知ってるような言い方ね」
「……椿」
ヒソカは足を止め、説得するように腕を組んで彼女を見つめた。
椿は深く、重い息を吐き出した。
「そうよ……あの時の言葉。あいつのあの言葉が……すごく嫌だったの」
「言葉?」
ヒソカは自分の記憶を遡る。
「ああ、あの『邪魔だから遠くで話せ』って追い出そうとしたことか? 確かにちょっと無礼だったけど……あいつ、たぶん嬉しすぎただけだぞ。ファクロウ以外の“正式なハンター”に会うの、きっと生まれて初めてなんだ。興奮もするさ」
「ええ……まるで夢でも見ているような顔だった」
椿の青い瞳から怒りの色がふっと消え、冷たく淡々とした光だけが残った。
「ここがどれほど厳しい場所なのか、何も分かっていないみたいに見えたわ。……まるで遊びみたい。自分の夢が正しいって、誰かに認めてほしいみたいで……誰かに『それでいい』って言われるのを待っているみたいで……」
胸元の服を、破らんばかりの力でぎゅっと握りしめる。
「……だめね。そんな風に考えるべきじゃないのに」
(――椿が、あいつに対してこんな感情を抱いてたなんてな)
ヒソカは内心で驚きながらも、どこか呆れたような優しい笑みを浮かべた。
「本当に気にしてるんだな。今日初めて会った相手なのに」
「だって……」
椿は顔を上げ、前方を無邪気に跳ねながら歩くノルの背中を見つめた。
「彼……昔の私に、すごく似ているから」
「着いたぞーー!! ついに正式なハンターたちに会える!!」
ノルの叫び声が森に響いた。
「なぁ! 二人もワクワクしてるよな!?」
テンションが抑えきれないノルは、ファクロウの両手を握りしめ、まるで子供のようにぴょんぴょん跳ねている。
「ええ、とても」
椿は先程の暗い表情を綺麗に消し去り、ほんのりと上品な笑みを浮かべてみせた。
「よし! じゃあ行くぞ!!」
ファクロウが腕を振り上げる。
「まず覚えておけ。これから会うのは、第一の村に所属するサファイア級とルビー級のハンターたちだ。彼らは最高位のダイヤモンド級に次ぐ、組織でもトップクラスの実力者たち。全部で32人いる」
ファクロウは指を立てて続けた。
「それぞれの家は、だいたい9から10キロくらい離れているぞ」
「はぁっ!? 遠すぎるだろ!! そんなの回りきれないって!!」
大げさに頭を抱えて騒ぐノルに、ファクロウは手刀を落とした。
「落ち着け。中央部には小さな列車が走っている。昔、移動用にハンターたちが作ったものだ。それに任務で不在の者もいるだろうから、思ったほど時間はかからん」
ファクロウは腕を組み、三人を見回した。
「質問がなければ、まず一軒目に向かうぞ」
「……一軒目?」
三人の声が重なる。
「“家”……?」
ノルが呆然と口を開けた。
彼らの目の前にそびえ立っていたのは――高さ100メートルはあろうかという巨大な石壁と、上質な木材で作られた重厚な両開きの門だった。家というよりは、ちょっとした城塞である。
「ここに住んでる奴……相当金持ちだな……」
ヒソカが引きつった笑いで見上げる。
「まあな! ここに住んでるのは俺の親友だ!」
ファクロウがドヤ顔で胸を張る。ヒソカとノルはさらに目を丸くし、椿だけが「このカラスの親友?」と極めて疑わしそうな目を向けた。
ファクロウが門へ近づき、木肌をドンドンと叩く。
「おーーい、フォーカス! 話があるんだ、開けてくれよー!」
しーん、と不気味な静寂が流れる。数分経過。
「うーん……今いないっぽいな。重要な任務にでも行ってるのかもしれん」
ファクロウが嬉しそうに振り返ったその時。
『いるよ。ただ、お前に会う気がないだけだ』
門の向こうから、一切の感情を排した低い声が響いた。
ファクロウの笑顔がぴしっと引きつる。
ギギギ……と音を立てて巨大な門が開いた。
「入れ。だが手短にしてくれ。今は忙しい」
無表情のまま立っていたのは――漆黒の羽毛に覆われた、人間ほどの体躯を持つカラスの姿をした者だった。
「よし! みんな、さあ行こう! フォーカスを待たせるな!」
ファクロウがハイテンションで先陣を切り、三人の新人がそれに続く。
だが、三人が敷地内に入った瞬間、フォーカスはファクロウの鼻先でバタンと門を閉めた。
「は? おい、フォーカス!!」
『悪い、癖だ』
再び門がミリ単位で開き、ファクロウが不機嫌そうに滑り込んできた。
敷地の中へ進むと、そこには広大なジャガイモ、米、小麦の畑が青々と広がっており、その奥にこんもりとした藁葺きの木造小屋がひっそりと佇んでいた。
「話を手早く済ませよう」
前を歩くフォーカスは振り返りもせずに淡々と告げる。
「俺の名前はフォーカス。サファイア級のハンターだ。まあ、人間で言えば25歳くらいだと思ってくれ。人付き合いは得意じゃない。中央にはよくいるが、話しかけなくていい。それからハンターとしての助言が欲しいなら、俺以外に聞いてくれ」
冷酷というわけではない。ただ徹底的に無駄を嫌う合理主義なのだとわかる。
「では、名前・年齢・得意分野を」
椿が一歩前へ出た。背筋をピンと伸ばし、堂々と名乗る。
「おはようございます、椿イカリです。18歳。近接戦闘が得意で、武器の扱いは中級、上級手前です」
「興味深いな。試験に来る候補者の多くは基本か初心者レベルだからな」
フォーカスは相変わらず無表情のまま青い瞳の少女を見つめた。
(……まさか訓練を頼んできたりしないよな。面倒はごめんだ)
内心で辟易しながら、次はノルへ視線を向ける。
「よっ! ノル・タケダです! 来月で18歳になります! 木登りとか岩登りが得意で……武器の扱いは初心者です!」
ニコッと笑い、親指を立てるノル。
「平均的だな。次」
「うぐっ……!?」
ズバッと切り捨てられ、ノルは目に見えてショックを受け、胸を押さえた。
「俺はヒソカ・アハネ、19歳。監視と隠密が得意だ。武器の扱いは……正直よく分からん」
苦笑いするヒソカに、フォーカスは頷いた。
「問題ない。お前たちの戦闘はこの数ヶ月で一度だけ見たが、それで十分判断できる」
すさみかける空気を察し、ファクロウが慌てて割って入った。
「おいおい! 武器の扱いには8つのカテゴリーがあるんだぞ! 評価は単に剣を振る技術だけじゃなく、動作、判断、呼吸、応用、そういった要素の総合点で決まるんだ。これはハンターの階級を決める重要なポイントだからな!」
ファクロウの背後に、まるで幻影のように巨大な図解が浮かび上がる。
【武器扱い・階級カテゴリー】
基本
初心者
中級
上級
特級
熟練
達人
ハンター長
「その通りだ」
フォーカスは淡々と解説を引き継ぐ。
「ヒソカは状況によって能力の幅があるが、基本は初心者から中級の間だ。特に隠密行動は群を抜いている。……そしてノルに関してだが」
フォーカスは落胆しているノルを冷酷に見下ろした。
「カテゴリー上は初心者だが、実際の技能は低い。追い詰めて試してみたが、判断が鈍り、考えずに動く悪癖がある。正直、基本レベルに近いな」
「うそだろ……」
ノルは完全にショックを受け、がっくりと肩を落とした。
「まあまあ! カテゴリーだけがハンターとしての強さを決まるわけじゃないぞ!」
ファクロウが慰めるようにノルの背中を叩く。
「さて、本来ならここで『質問はあるか』と聞くべきだが――」
ノルとヒソカが勢いよく手を挙げた。
「……だが、もう十分説明した。というわけで省略する」
「「ええーっ!?」」
あからさまに不満そうな声をあげる二人を無視して、フォーカスは踵を返した。
「よーし、行くぞ。フォーカスにお礼を言ってな」
「えっ、もう!? 俺たち、まだほとんど話してないけど……」
引き下がるノルに、ファクロウが小声で耳打ちする。
「信じろ、ノル。今日はかなり話してくれた方だぞ。俺が初めて紹介された時なんて、『名前と、ジャガイモが好き』しか言わなかったんだからな……」
ファクロウは振り返り、手を振った。
「じゃあまたな、フォーカス。夕方また来る!」
「……わーい、楽しみだ」
棒読みの極みのような声を背に受けながら、四人は開いた門から外へと押し出された。
門が重々しく閉まる音を聞きながら、四人は再び歩き出した。
「次はキョン・ランの家だ。彼はハンターではないが、ロッテンロウの三つの村で重要な役割を持っている人物だ」
「ファクロウ、ひとつ聞きたいんだが」
ヒソカが思い出したように尋ねた。
「フォーカスって……カラスなんだよな? なんでなんだ?」
「ああ……」
ファクロウの軽快な足取りがふっと止まった。振り返った彼の顔から道化のような笑みが消え、少しだけ真剣な色が宿る。
「フォーカスは、俺たちとは生まれも生い立ちも違うんだ。本人はその話が嫌いでな。だから、俺の口から軽々しく話すわけにはいかん」
それから、彼らは幾つもの家を巡った。
滝の轟音が響く寺院、格式高い古風な和風建築、現代的なコンクリートの邸宅――さまざまな強者たちの拠点を通り過ぎ、すっかり夕闇が辺りを包み込んだ頃。
彼らは森の奥深くにひっそりと佇む、最後の家へと辿り着いた。
「思ったより小さい家だな」
ヒソカがつぶやくと、ファクロウは胸を張った。
「大きさは関係ないさ。ほら、行こう。きっと家にいるはずだ」
「そのセリフ、ここ三軒続けて聞かされたんだけど」
椿がジト目で突っ込む。
「いや、でも今回は本当に――」
ファクロウがノックしようと手を伸ばした瞬間、扉がスッと内に開いた。
「初めまして。俺は雷電 柴田。ロッテンロウハンター組織の一員だ」
重厚で、地響きのように落ち着いた威圧感のある声。
そこに立っていたのは、堂々たる体躯を誇る男――雷電だった。
「今年の新入りたちと会えるのを、楽しみにしていたよ」
「雷電様!」
「ところでファクロウ、案内はうまくできたか?」
「もちろんです、雷電様!!」
ファクロウが興奮気味に親指を立てると、雷電は重々しく息を吐き出した。
「ふぅ……よかった。この出迎えの挨拶、朝からずっと一人で練習していたんだ」
「えっ」
少しだけ耳を赤くして照れる巨漢の姿に、ノルの口がぽかんと開く。
「分かります! 扉が開いた瞬間のお姿、鳥肌が立ちましたよ!」
ファクロウは一人で大はしゃぎしているが、後ろの三人(ノル、椿、ヒソカ)はあまりのギャップに固まっていた。
「さあみんな、雷電様にご挨拶を!」
「「「よろしくお願いします、雷電様!」」」
三人が揃ってお辞儀をする。
「俺はノル・タケダです!」
「椿イカリです」
「ヒソカ・アハネです」
頭を上げた椿が、ふと疑問を口にした。
「あの……ひとつ伺ってもいいでしょうか。ファクロウさんは何人ものハンターを紹介してくれましたが、雷電様のことだけを『上の方』と呼んでいました。どうしてですか?」
「それは、あいつが俺に対して深い敬意と信頼を持ってくれているからだ」
雷電は穏やかな目元でファクロウを見下ろした。
「ファクロウがここへ来てから、一番近くで支えてきたのが俺なんだ」
「その通りです! 雷電様は強くて優しくて頼れる方なんです。誰かが助けを求めれば、必ず一番に手を差し伸べてくださいます!」
「すごいですね。そういうハンターに会えるのは嬉しいです」
ヒソカが微笑む。
「俺たちが最初に会ったハンターは……ちょっと話し方がキツかったので」
「ああ……フォーカスのことだな」
雷電は苦笑いを浮かべた。
「あいつは社交的じゃないが、どうか責めないでやってくれ。本当は仲間との関係を良くしようと、内心ずっと努力しているんだ」
「雷電様は、あの人と長い付き合いなんですね」
ノルが目を輝かせて踏み出した。
「ところで、雷電様はどれくらいこの組織にいるんですか?」
質問を受けた瞬間。
雷電の視線がノルに注がれた。その重厚な瞳がノルの顔をじっと見つめ、数秒間の不自然な静寂が落ちる。
「雷電様……?」
「……ああ、長いよ。もう十五年近くになる」
雷電の表情が、徐々に、硬く刻み込まれるように厳しくなっていった。
「それに……十三年前に……」
「(ハッとして)やべっ!! もうこんな時間だ!!」
ファクロウが大声で割り込んだ。
「そろそろ戻さないと! 雷電様、本当にすみません! 明日は外で大事な任務があるので、今日はもう休ませないと!!」
ファクロウは瞬時にインベントリを展開すると、太い縄を引っ張り出した。
「えっ、ちょっと――何すんの!?」
抵抗する間もなく、ノルと椿の腕が背中に回され、一筋の縄でがっちりと縛り上げられた。ファクロウは二人をまとめて丸太のように片肩に担ぎ上げる。
「うわっ、逃げろ――」
悟ったヒソカが反転して走り出したが、ファクロウの影のようなスピードに一瞬で捕まり、同じく縄でぐるぐる巻きにされた。
「それじゃ、また! 雷電様!」
担がれたノルが足をバタバタさせる。
「さよならー!」
「お会いできて光栄でした……ッ!」(椿)
「また会えると嬉しいですー……」(ヒソカ)
「ああ、また会おう」
遠ざかっていくシュールな光景を、雷電は穏やかな、どこか哀愁を帯びた瞳で見送っていた。
夜の森。月明かりが樹々を照らす中、ファクロウは背中にノルと椿を二弾重ねで担ぎ、片手にヒソカをぶら下げて森を爆走していた。
「なあ、ファクロウ」
担がれているノルが顔を上げた。
「ん? なんだ」
「三つの家って、どれも中央の村から同じ距離だったよな? なんでヒソカを先に降ろしたんだ?」
「そうです。この運び方はさすがに屈辱的ですし、不便です」
椿も顔を赤くして抗議する。
「それにな……お前の背中、骨っぽくてゴツゴツして痛いんだよ……」
「黙りなさい愚か者!」
ゴツン! と椿がノルに決死の頭突きを食らわせた。
「痛ぇっ! 何すんだよ椿!」
「二人とも暴れるな、速度が落ちる」
ファクロウは呆れたように疾走を続ける。
「ヒソカは一人だけ別に縛っていたから先に降ろしたんだ。お前ら二人はセットで縛っているだろうが。片方だけ解いたら、もう片方が絶対に逃げるからな」
「逃げませんよ! 失礼ですね!」
「俺の任務は『全員を無事に家まで戻すこと』だ。一人でも逃げてみろ、一晩中森を探し回る羽目になる。この三ヶ月、お前たちを観察してきた俺を舐めるなよ?」
ファクロウはニヤリと笑った。
「椿は下流の湿地か、小さな洞窟に身を隠す。ノルは木から木へ飛び移って、一番高い枝の上で息をひそめる。……違うか?」
「「……」」
図星を突かれ、二人は気まずそうに目を逸らした。
「……まあ……可能性はある……かも……」
ノルがぼそりと呟く。
「もうすぐ家だ。来週まで絶対に死ぬなよ。無事に戻ったら、試験の『第三段階』を教えてやる」
「「わかった」」
翌朝。
静寂に包まれた森の奥深く、誰も足を踏み入れない巨大な湖のほとり。
「で、どう思う?」
腕を組んだシゲルが、湖畔の平地を見渡しながら尋ねた。
「十分だな。敷地も広いし、水場もある」
マッサルは丸い眼鏡のフチを指で押し上げ、冷たい視線で広大な土地を採寸するように見つめた。
「よし、まずは地ならしだ。時間がない、急ぐぞ」
マッサルが腕のブレスレットを操作すると、青い光のホログラムと共に、複雑に描き込まれた複数の『設計図』が空間に展開された。
悪意の準備は、静かに、そして確実に整いつつあった。




