十一
「まあ、この港はもう捨てるからさ」
足田光一は机に肘をついて笑顔で言った。
「ヤマトの連中も、ここの兵器に感づいているようだし……えっ? 実験途中のみんなには、もう本社の方へ移動してもらってるよ」
秘書がその側で手帳を手にしながら顔をしかめている。その時、二人がいる部屋の外でガタンと音がした。
「誰だい?」
足田が鋭く扉を睨みつける。秘書は振り返って扉に近寄り、取っ手を引いた。——すると、そこに一人の青年が、倒れこんできた。大理石の床に、血が染みる。
「ああ、プリズムちゃんか。……やられたみたいだね」
足田は手元にあるスイッチを横にスライドさせると、マイクを自分の方に向けた。
「あー、誰かいないかい……ああ、青山くんか。すぐに救急班をこっちによこしてくれるかな? ちょっとけが人が出てね」
足田は無線を切ると、秘書の方を見据えた。
「僕らも行こうか。プリズムちゃんを傷つけた相手に、仕返ししに行こう」
足田はゆっくり立ち上がると、倒れたプリズムの脇をすり抜けて部屋を出て行った。ポケットに片手をつっこみ、歩くスピードを速める。
別の棟を繋ぐ渡り廊下を過ぎ、階段を降りて脇目もふらずに一直線に進む。それに秘書も付いて行った。
「足田さん!」
不意に呼ばれて振り向くと、革ジャンのオヤジとブレザーの青年が、建物の入口から駆け寄ってきた。全く変わらぬ出で立ちのこのコンビは、紛れもなく、あの青木と小川であった。
青木たちは足田から一定の距離をとって立ち止まった。
「やあ、探偵さんたちじゃないか。よく僕がここにいるって分かったね。……まさか、尾行してたのかな?」
「いえ、私が伝えました」
秘書が目を瞑りながら、すまして答えた。
「……あのさあ、リンちゃん。君のお遊びには、もう付き合ってる暇はないんだよね、だいたい……」
「彼らがここに来たということは、犯人が分かったということです」
足田の恨み言を遮って、リンは口を挟んだ。
「犯人? ……ああ! 小手川社長殺害事件の! ついさっきまで捜査中だって聞いたけどな。ワインを飲んで閃いちゃったかな?」
足田は愉快そうに笑ったが、青木は強く睨みつけている。そして小川は、威勢のいい青木を心配そうに見つめた。
「まず、秘書さん。あなた、私たちに嘘をつきましたね?」
「嘘、ですか?」
小川がキョトンとして聞いた。
「嘘って一体……」
「お前は黙って聞いておけ。……あなたは小手川社長がパラダイスコーヒーによって毒殺されたと言ったが、あれは嘘だ」
「えぇぇぇ!!」
「静かにしろ!」
小川はびっくりして青木の袖を掴んだ。そして、ブルブルと首を横に振った。もうやめておけ、と言わんばかりだ。
「小手川社長は二ヶ月前に既に死んでいました。死因は……詳しくは分かりませんが、おそらく病死とか、なんか……そういうことでしょう! そう、そもそも小手川社長は暗殺などされていない。すなわち犯人はいない、これが真相ですよ!」
青木はビシッと人差し指を二人に突きつけた。小川が慌ただしくあっちとこっちの様子を確認する。
足田は余裕の笑みを浮かべて言った。
「へえ、リンちゃん、そんなことまで教えちゃってたんだ? よくないなあ」
リンは黙ったまま、じっと青木を見つめている。
「それで、続きをお聞かせ願えますか? 青木探偵」
「は、はあ……」
青木はあまり場が盛り上がらなかったことに困惑しながら、続けた。
「えーと、あっ、つまり、その……」
「……青木さん?」
小川が不安そうに青木を見上げる。
「ええぃ! とにかく、あんた達は何らかの計画で何らかの陰謀を抱き、何かの弾みで我々を利用するに至ったわけです! ……ひとつ言えるのは、それは『幸せをつくる何とやら』に関連している!」
もうダメだ、と小川は頭を抱えた、が、意外にもこの時青木の発言で、足田の表情が初めて歪んだ。
「……まさかそこまで掴んでいるとは、マルチくんを叱っておかなきゃね」
足田はそう言うと、青木たちに背を向け歩き出した。
「お、おい」
「青木探偵!」
唐突に、秘書が叫んだ。
「それで、あなたはどう思われたのですか! 人を幸せにするエネルギーをつくりだすという儀式、それについてどう思われたのですか!」
青木と小川はあっけにとられて、秘書を見た。
「答えて、早く!」
いつのまにか足田も足を止めている。
「えっ……まあ、」
青木は小川の方をチラとうかがうと、「くだらねぇ、とは思いました」と言い放った。廊下をひんやりとした風が通り過ぎる。
「人を幸せにするっちゅうのが、どれだけ信憑性のあるものかは知りませんが……どちらにせよ『幸せ』なんてのは人工的につくるもんじゃねぇ、と私は思ってますから」
秘書はその言葉を聞いて、足田の方を振り返った。足田はどんどん離れて行く。
秘書は名残惜しそうに青木の方を振り返りながら、走って足田を追いかけていった。
「何だ? あれ」
「青木さん……これって、事件解決ってことでいいんですかね」
「なんか、あんまりスッキリしねぇなぁ」
青木は両手を頭の後ろに組んで、足を交差させた。
「そもそも青木さんの推理はめちゃくちゃですよ! 『犯人がいない』だなんて」
「だって、そう思ったから。その方がなんか劇的だろ? 推理も合ってるみたいだったし」
小川ははあとため息をついた。
「そんなの推理でもなんでもないですよ。……帰りますか」
「ん、いや、ちょっと待てよ? 事件を解決したのにまだ秘書の奴に報酬をもらってないぞ!」
青木は思いつくと二人が消えていった方向に勢いよく走り出した。小川はやれやれと両手を広げながらも、少し誇らしげな表情で、青木の後ろ姿を追いかけるのだった。




