九の②
二人は夕時の日本支部を訪れた。一階ロビーにも、人はまばらだ。
青木は一心に、エレベーターの方へと向かっていった。小川は、よくぞあの粗い推理でここまでの行動力を発揮できるものだと、ある意味感心しながら青木を見つめた。
「そういえば、リンさんって出かけたんですよね」
「もう戻って来てるだろ」
青木は素っ気なく返事をする。
二人は前回に依頼を受けたフロアまですんなりやってくると、よく知った道を歩くようにやすやすと一つ、異質な重々しい扉の前に立った。どうやら簡単に開きそうにはない。施錠も固い。
青木は試しに、こんこんと扉を叩いてみた。小川はその積極的な行動に少々驚いたが、それに対する返事はない。すると青木はさらに続けて、もっと荒々しくノックをおこなった。
「ちょっと! 青木さん! 落ち着いてください」
「落ち着いてられるかー! あともう少しで犯人が分かりそうなんだー!」
小川は暴れる青木を必死で押さえた。すると、「あー」と聞き覚えのある声が、二人の耳に届いた。
「あなた方……」
そこにいたのは、インテリ系メガネの男ーー
「小川!」
「はい!」
小川は素早くメモ帳をめくると、「青山幸太郎さんです!」と教えた。
「ああ、やっぱりあの時の。ちょうどよかった。青山さん。今秘書さんはどこに……」
「ハクさんですか。ハクさんなら……いませんよ」
青山はメガネを不気味に押し上げた。
「ハクさんは、もう厳密には、秘書ではないんですけどね」
「えっ、それって……」
「久米にバレるんじゃないかって、ヒヤヒヤしましたよ。……『小手川社長の事件』のこと」
「青山さん、知っていたんですか……」
「それで、その秘書……ハクさんは今どこに」
「それは教えられません」
青木は一つ小さな舌打ちをすると、「小手川社長のことについて、聞きたかったんですがねえ……」と漏らした。
「なるほど、小手川社長ですか……」
青山は呟くと、「資料を見せて差し上げましょう」と二人を制しながら扉を開けた。
中に入って来ないよう言い置くと、しばらく部屋で何かしているようだった。大方、資料とやらを探しているのだろう。
出て来た青山は、やはりなにかのファイルを抱えていた。
「これは、ハクさんがまとめた、小手川社長に関する資料です」
「ハクさんが?」
青木はそれを受け取り、中を開いてみた。分厚い青色のファイルであったが、綴じ込まれていたのは、たった十枚ほどのプリントであった。そしてその内容は一貫して、小手川社長の死の様子を克明に記録してあり、本当に役立つ情報はほんの一握りだ。しかし、それを見つけるのは難しくなかった。なぜなら、そこに書かれていたのは事件を根本から覆すような、いや、それ以前に、事件を成立させ得ないようなものであったからだ。
青木はそれを見て顔を強張らせたが、自身を納得させるように、なんども頷きながらページをめくった。
「これって……小手川社長の死亡日時ですか? でも、これ、おかしいですよ」
ファイルを覗き込む小川が、青山の方を向いて言った。
「これだと小手川社長はもう二ヶ月も前に亡くなったことになっちゃいますよね。僕たちが依頼を受けたのは、ほんの一週間前なんですよ?」
小川は、青山がすましているのを見かねて、青木を窺った。しかし、青木は、プリントを熱心に読み込むばかりである。仕方なく小川は、もう一度覗き込んだ。
青木は小川が顔を近づけてくるのにも構わず、目まぐるしくページをめくった。そして、最終項に目を止めた。
「『ラルー局長暗殺事件』? 聞かない名前ですね」
「『ラルー局長』ならアメリカ本部の重鎮であられた方ですよ。けれども一ヶ月前に亡くなられて……」
「これではっきりしたな、犯人が」
「え?」
小川は驚きの目で、青木を見た。
青山は、青木の返却したファイルを受け取る代わりに、今度は紙切れを手渡した。
「犯人が分かったならこの場所に来て欲しい、と、ハクさんが」
紙切れの中身は、ちょっとした地図と、住所の記載であった。
「これは……港ですか」
青山は、「ではこれで」
と挨拶すると、ファイルと共に部屋の中へ戻っていった。
「行くんですか? 青木さん」
「ああ、もちろんだ」
青木は自身に満ちた表情をしているが、小川にはどうも心配でならなかった。ダメ探偵の勇み足かも分からない推理劇場へと、小川は何はともあれ引っ張り出されていくのであった。




