第七話
父親のボヌス・ベルモントに呼び出されたのは、トレーニングを始めてから一週間が経った頃だった。
「お前は、金貨五十枚を稼ぐのに、一体どれくらいの苦労が必要なのか、知っているのか」
父親の書斎に入ると、開口一番尋ねられた。
黒色の髪を、オールバックにしている。眉毛がなく、目が細くて厳つい。金貸し屋という商売にふさわしい容姿をしている。
この人を見るたびに、俺とアーニャさんはアリーシャさんに似て良かったなあという感想が出てくる。
「一応は」
金貨五十枚というのは、庶民が一年間何もせずに暮らせる金額だ。
そして、この世界の野球道具をそろえるために必要な金額でもある。
どうやっても、この先、野球選手になるためにはグラブやボール、バットが必要になってくる。それがなくて練習なんてできっこない。
ボヌスさんは眉間に皺を寄せて、ため息を吐き出した。
「私は、無駄な事が嫌いなのだ。分かるか?」
「無駄な事かどうかは、やってみないと……」
「分かる」
食い気味にボヌスさんは答える。
「えっと、聞いてください。あの、こんな俺でもこの世界で野球選手になる方法が」
「明日、この街の職業野球チーム、パーシモンズ傘下の少年野球チームの入団テストを受けてもらう」
パーシモンズとは、この街のプロ野球チームである。
その少年野球チームというのは、要するにサッカーで言うユースチームだ。この世界にはドラフト制度はないので、自前で選手を育てなければいけなかった。
とにかく、ボヌスさんは完全に、話を聞く気はないようだった。
この少年野球チームに受かるということは、すなわちパーシモンズに入団する第一関門。
いつかはその門をたたかねばならないのだけれども。
「しかし、お父様。受けても無駄ですよ。今の俺なら、絶対に落とされます」
「落とされた場合、プロ野球選手になるのは諦めろ」
冷徹にボヌスさんは告げた。
「悪いが、時間の無駄には付き合ってられんのだ。分かったな?」
それだけ告げて、帰るように言われた。
「だけど」
「だけども何もない」
俺は食って掛かった。今の俺には、あそこを合格する力がない。
だから、僅かの可能性を残さなきゃいけなかった。
「明日、テストを受けるのを、見に来てくれませんか?」
盛大にボヌスさんはため息を吐き出した。
「駄目だ」
むー……やっぱ、そうか。仕方ない。第二のプランを実行する。
「そうですか……お母様に頼みます」
「待て。何故そこでアリーシャが出てくる?」
「何故落とされるのかを説明するのには、実際に見てもらわないといけないですから」
「お前の下手くそなプレーを見せられないと、分からないのか?」
「今はとにかく、駄目なんです。それを、実際に見てもらわないといけないんです。お母様から、お父様
に伝えてもらいます」
「待て」
しばらく、俺はボヌスさんと見つめ合った。はあ、と何度目かのため息を吐き出す。
「分かった……見に行ってやるから、アリーシャには黙ってろ」
「分かりました……?」
何でアリーシャさんに黙ってろなんて言ったんだろう?
疑問に思いつつも、俺は書斎を出る。
「わっ!」
「うわ」
びっくりして、柱に抱き着いてしまった。
振り向いて見れば、くっくっくと忍び笑いをしているアーニャさんがいる。
「びびりねえ、カズヤってば」
「……」
俺が無言で抗議の目をしていると、それに構わず彼女は尋ねてくる。
「で、お父様は何て? 野球道具、買ってもらえそう?」
「それが」
と、俺は書斎であった出来事を話す。
「ふーん。じゃあ、あたしも行っていいかな?」
「別にいいと思うよ」
アリーシャさんには黙ってろと言われただけだし。




