第六話
アリーシャさんは昨晩のことを全く覚えていないようだった。
「……奥様、あの時、お酒を相当お飲みになられたようで」
と、使用人が倉にあった酒瓶の殆どがなくなっていたことを話してくれた。
どうやら、アーニャさんが俺の事を話し、『折角ベースボールプレイヤーになるという夢を持ったのに、魔法が使えないために諦めてしまった』という事実を知ってしまったのだ。
彼女はそれで大いに悲しみ、蔵へと向かい、幾十数本かの酒瓶を空け、俺の部屋へとやってきた。
あの夜は、そういう順序をたどり、ああいったことに結びついてしまったらしかった。
じゃあ、あの約束を覚えていないから、ノーカン、という事にはならない。
「俺、野球選手になりますよ」
ベッドで横になっているアリーシャさんを訪れ、俺は改めて約束した。
「……そう」
穏やかに微笑むアリーシャさん。
多分――何も覚えていないというのは、嘘なんじゃないかな。
昨日の夜、彼女が吐露した感情はまさしく本音であったはずだ。おそらくは、今までため込んでいたものが、お酒の力を借りて一気に吐き出されてしまったのだ。
けれども、それは、俺が不幸であると言っているようなもので。
母親である彼女は、そんなことを言ってしまったことを後悔しているのではないか――
と、その表情を見て、俺はそんなことを考えてしまう。
……やっぱり、俺はこの世界にいちゃいけない存在なのだ。
俺が野球選手になって、入るチームを優勝させて、元の世界に帰る手がかりを得られれば、彼女の苦悩はなくなるはず。
ただそれが、死ぬほど成功率が低いだけの話なのだけれども。
俺は魔法が使えない。
ホームランボールを飛翔して捕ったり、ヒットになるボールをアウトにできはしない。
となると、内野手はキャッチャーだけだということになる。しかし、バッティングが残念なため、どんなにキャッチングが上手かろうと戦力外になるだろう。
自然、俺が野球選手になるには、投手を志すのが一番確率が高いことになる。
前世でも投手だったので、それは問題ないが、正直、魔法の使えない俺ではこの世界の打者は打ち取れる気が全くしなかった。
あの都市対抗戦で見せた打者のバッティングは凄まじいものがあった。……例を言えば、
・完全なボール球を流し打ちでスタンドイン。しかも弾丸ライナー。
・プッシュバントでライト前ヒット。
・ランナーが盗塁をしたかと思った瞬間には三塁に滑り込んでいる。
・ファーストゴロの打ち取った当たりがヒットになる。
・弾丸ライナーで外野のグラブを弾き飛ばしてヒットにする。
などなど。
この世界の野球のルールに置いて、打者および走者は身体強化の魔法しか使えないことになっているのだが、それでもスーパープレイの数々に俺の自信は粉々に砕け散った。
しかもこの試合のスコアは3-2なのだ。
今更思い返してみても、魔法が使えないことが、とんでもないハンデになっているのである。
だが、この世界の野球を調べるにつれ、俺は一つの光明を見出した。
あの投法ならば――
「ただ、博打なんだよなあ」
まあ、アリーシャさんに言われた通り、やるだけやってみるというのは重要かもしれない。
俺だって、悔しいのだ。役立たずだと思われるのは。
やるだけやって、それからだ。後悔するのは。……当たり前じゃないか。
ただ、その前に――高い壁が備わっている。父親である、ボヌス・ベルモントの説得だ。




