第五話
その日の夜。
俺は、何度となくため息を零してしまった。
試合観戦後は自分の部屋に閉じこもり、それからずっとベットで横になっていた。
完全なる八方塞がりに、さすがにへこんでいる。
「大丈夫よ、カズヤは、あたしが面倒見てあげるから」
と、その様子を見たアーニャさんはそんなことを言ってくれた。ますます落ち込んでくる。
アーニャさんは俺と違って、とても魔力が強いらしく、この町一番なのだとか。
将来は宮廷魔術師になるべく勉強中で、一年後にはセントサイモンにある学校へと入るらしい。
それに比べて俺は……と、へこむ。
特技であった野球でさえ、この有様なのだ。
自分には何もない。
ニートまっしぐらだ。
「こりゃ、自殺もありかなあ……」
そんな風に思えてきたその時。
こん、こん。
扉からノック音。
こんな時間に誰だろう? もう外はすっかり真っ暗で、深夜である。「どうぞ?」と声をかけると、ゆっくりとドアがきしんだ音を立てて開けられる。
「おふく……お母様? どうしたんです?」
アリーシャさんはベッドに横たわる俺に向かって静かに歩いてきて、そばにある椅子に座った。
「野球観戦に、行ってきたんですって?」
部屋の中の燭台に、炎がともされる。彼女の魔法だ。
「はい、そうですけど」
「それは、何で?」
アリーシャさんの顔は、怒っているわけでもなく、悲しんでいるような感じでもない。いつも通り、微笑んでいる。いや、ちょっと顔が赤いか。
何故スタジアムに行ったのか。
それを一から説明するのは、今となっては恥ずかしい。
「えっと、まあ、その。別に、もういいっていうか……」
「答えなさい。カズヤ」
珍しく強い口調で問われたので、俺は「はい」とべらべらとそこに至る経緯を話していた。
「あなたが野球選手になろうと思ったのは、確かな事なの?」
俺が話し終えると、彼女は再び俺に尋ねてきた。
うん、と俺は頷く。
「まあ、魔法が使えるとは、知らなかったんで……まあ、今となっては、笑い話ですよ」
「……それで諦めてしまうの? カズヤは?」
「いやいや、お母様」
無茶言うな、と俺はアリーシャさんが冗談を言っているのかと思ったけど、彼女はじっと俺の目を見ていた。
「あなたが初めて、『やりたい』と言ったことだわ。なのに、どうして諦めてしまうのかしら」
「だから、俺は魔法を使えないんですよ?」
「でも、野球選手にはなりたいのでしょう?」
「……そう、ですけど」
「あなたがそれでいいのなら、私は何も言わないわ。でも、本当にそれでカズヤは後悔しないのかしら? 確かに、あなたは魔法を使えないわ。私は、野球のことはよくわからないけれども……でも、だからって最初から諦めるのは、勿体ないと思わない?」
「……」
俺が黙っている。簡単にできるなんて、口にはできない。
「そう……ね、やっぱり、無謀かもしれないわ」
暫くの間があり、彼女は諦めたかのような口調でそんな言葉をぽつりとつぶやいた。
諦めてくれたのだ、と俺は安堵したのだが――右手がほんのりと暖かくなって、ぎょっとして顔をそちらに向ける。
彼女が両手で俺の右手を抱いていたのだ。
真に困惑したのは、ぼろぼろ涙を流している。ぽつり、ぽつりと、暖かな水滴が、右手に落ちてきていた。
「ごめ……なさ…い。私が……そういう風に生んでしまったために……」
「あわわわわわ」
ぐずっと鼻水をすするアリーシャさん。
「あなたの夢を……やりたいことすら……満足にできない体に産んでしまって……」
「ちょっとー! 誰かー! 誰かいませんかー!」
俺が叫ぶと、どうなさいました、と使用人たちが慌ててやってきた。
「奥様! 坊ちゃま? これは一体!」
「ごめ……なさい……」
「ち、違う! 俺が魔法を使えないのは、アリーシャさんのせいじゃない!」
しかしアリーシャさんの嗚咽は止まらない。
いつも微笑みを絶やさないアリーシャさん。
彼女は、俺が魔法を使ないのは、自分のせいだと思い込んでいるようだった。
金に糸目をつけず、俺に魔力を与えようとしていたのは、そのためだったのだ。
これはきつい。
胸に突き刺さる。
俺が魔力が無いのは、絶対彼女のせいではないのだ。
しかし、俺が輪廻転生した存在だと言っても、信じはしないだろう。
それを証明する唯一の方法、しかし、それは、あまりにも遠いし、無謀だ。
俺は、たまらず、「分かった!」と叫んでしまっていた。
「分かった、分かったよ! アリーシャさん! 俺は、野球選手になる! 絶対に! 約束する!」
俺は握っている彼女の手を、強く握り返した。
「だから、その、俺を生んだことを、謝らないで、ほしい」
俺だって悲しくなるんだ――そんなこと言われたら。
「奥様! さあ、こちらへ――」
それを聞いてなのか、彼女は俺の手を離した。使用人たちがアリーシャさんを連れ、部屋に静寂が訪れる。




