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とある異世界転生者のアンダースロー  作者: 村山良朝
アンダースローと異世界転生者
6/30

第五話

 その日の夜。

 俺は、何度となくため息を零してしまった。

 試合観戦後は自分の部屋に閉じこもり、それからずっとベットで横になっていた。

 完全なる八方塞がりに、さすがにへこんでいる。


「大丈夫よ、カズヤは、あたしが面倒見てあげるから」


 と、その様子を見たアーニャさんはそんなことを言ってくれた。ますます落ち込んでくる。

 アーニャさんは俺と違って、とても魔力が強いらしく、この町一番なのだとか。

 将来は宮廷魔術師になるべく勉強中で、一年後にはセントサイモンにある学校へと入るらしい。

 それに比べて俺は……と、へこむ。

 特技であった野球でさえ、この有様なのだ。

 自分には何もない。

 ニートまっしぐらだ。


「こりゃ、自殺もありかなあ……」


 そんな風に思えてきたその時。

 こん、こん。

 扉からノック音。


 こんな時間に誰だろう? もう外はすっかり真っ暗で、深夜である。「どうぞ?」と声をかけると、ゆっくりとドアがきしんだ音を立てて開けられる。


「おふく……お母様? どうしたんです?」


 アリーシャさんはベッドに横たわる俺に向かって静かに歩いてきて、そばにある椅子に座った。


「野球観戦に、行ってきたんですって?」


 部屋の中の燭台に、炎がともされる。彼女の魔法だ。


「はい、そうですけど」


「それは、何で?」


 アリーシャさんの顔は、怒っているわけでもなく、悲しんでいるような感じでもない。いつも通り、微笑んでいる。いや、ちょっと顔が赤いか。


 何故スタジアムに行ったのか。


 それを一から説明するのは、今となっては恥ずかしい。


「えっと、まあ、その。別に、もういいっていうか……」


「答えなさい。カズヤ」


 珍しく強い口調で問われたので、俺は「はい」とべらべらとそこに至る経緯を話していた。


「あなたが野球選手になろうと思ったのは、確かな事なの?」


 俺が話し終えると、彼女は再び俺に尋ねてきた。

 うん、と俺は頷く。


「まあ、魔法が使えるとは、知らなかったんで……まあ、今となっては、笑い話ですよ」

「……それで諦めてしまうの? カズヤは?」

「いやいや、お母様」


 無茶言うな、と俺はアリーシャさんが冗談を言っているのかと思ったけど、彼女はじっと俺の目を見ていた。


「あなたが初めて、『やりたい』と言ったことだわ。なのに、どうして諦めてしまうのかしら」

「だから、俺は魔法を使えないんですよ?」

「でも、野球選手にはなりたいのでしょう?」

「……そう、ですけど」

「あなたがそれでいいのなら、私は何も言わないわ。でも、本当にそれでカズヤは後悔しないのかしら? 確かに、あなたは魔法を使えないわ。私は、野球のことはよくわからないけれども……でも、だからって最初から諦めるのは、勿体ないと思わない?」

「……」


 俺が黙っている。簡単にできるなんて、口にはできない。


「そう……ね、やっぱり、無謀かもしれないわ」


 暫くの間があり、彼女は諦めたかのような口調でそんな言葉をぽつりとつぶやいた。

 諦めてくれたのだ、と俺は安堵したのだが――右手がほんのりと暖かくなって、ぎょっとして顔をそちらに向ける。

 彼女が両手で俺の右手を抱いていたのだ。

 真に困惑したのは、ぼろぼろ涙を流している。ぽつり、ぽつりと、暖かな水滴が、右手に落ちてきていた。


「ごめ……なさ…い。私が……そういう風に生んでしまったために……」


「あわわわわわ」


 ぐずっと鼻水をすするアリーシャさん。


「あなたの夢を……やりたいことすら……満足にできない体に産んでしまって……」

「ちょっとー! 誰かー! 誰かいませんかー!」

 俺が叫ぶと、どうなさいました、と使用人たちが慌ててやってきた。


「奥様! 坊ちゃま? これは一体!」


「ごめ……なさい……」


「ち、違う! 俺が魔法を使えないのは、アリーシャさんのせいじゃない!」


 しかしアリーシャさんの嗚咽は止まらない。

 いつも微笑みを絶やさないアリーシャさん。

 彼女は、俺が魔法を使ないのは、自分のせいだと思い込んでいるようだった。

 金に糸目をつけず、俺に魔力を与えようとしていたのは、そのためだったのだ。

 これはきつい。

 胸に突き刺さる。

 俺が魔力が無いのは、絶対彼女のせいではないのだ。

 しかし、俺が輪廻転生した存在だと言っても、信じはしないだろう。

 それを証明する唯一の方法、しかし、それは、あまりにも遠いし、無謀だ。

 俺は、たまらず、「分かった!」と叫んでしまっていた。


「分かった、分かったよ! アリーシャさん! 俺は、野球選手になる! 絶対に! 約束する!」


 俺は握っている彼女の手を、強く握り返した。


「だから、その、俺を生んだことを、謝らないで、ほしい」


 俺だって悲しくなるんだ――そんなこと言われたら。


「奥様! さあ、こちらへ――」


 それを聞いてなのか、彼女は俺の手を離した。使用人たちがアリーシャさんを連れ、部屋に静寂が訪れる。


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