第四話
「野球?」
俺は、まず姉であるアーニャさんに相談した。
いきなりプロ野球選手になりたいと親父に言えば、きっと怒られる……ような気がする。
野球道具は高いのだ。
そこで、まずアーニャさんを味方につける必要があった。親父は、基本アーニャさんに弱い。
「野球選手になりたいってこと? カズヤ?」
膝を折って、利発そうな瞳が、俺の目線に合わせられる。彼女は俺と五歳違いの十四歳で、真っ赤な燃えるような髪をツインテールにしている。
「まあ、そういうことです」
「……本気?」
訝しげな顔で俺を見ている。
「まあ、将来的に……」
さすがに今すぐとはいかない。
「うーん……」
何だか、言葉を選んでいるアーニャさん。
普段、情けない姿ばかりを見せているから、弟がこんなことを言い出すのは信じられないのだろう。
「まさか、そんなことを思っていたなんてね」
と、彼女は感心したような顔を見せてから、「でも、ね……」と言葉を濁した。
「まー、実際に見てもらった方が早いか……」
そういうわけで、俺は翌日、アーニャさんに連れられて、プロ野球が行われているスタジアムへと向かった。
経年変化が著しいが、それは、確かに野球のスタジアムだった。本塁、一塁、二塁、三塁がぐるりと白線で巡らされていて、外野は緑豊かな天然芝。その周りを、ぐるりと観客席。
まだ始まる前だというのに、観客席は殆ど埋まっている。
「そりゃ、そうよ。都市対抗戦だもの」
「プレアリーグとか言う奴ですか」
「そうね。まー、色々な因縁があるからねー、そりゃ、盛り上がるわよ」
大歓声が起こる。いよいよプレイボール。選手がグラウンドに散っていき、打者が素振りを行い、ぺこりと審判に一礼してバッターボックスへと入っていく。
ただそれだけのことなのに、俺は何だか胸の奥が熱くなった。
過去、甲子園を目指していた高校球児の俺の記憶が、フラッシュバックしていく。
「どうしたの?」
「あ、いや。まあ、その。ちょっと立ちくらみが」
涙が出そうになるのをごしごしと目をこすって止めた。
心配そうにアーニャさんが顔を覗き込んできた。
「大丈夫? お菓子食べる? 喉乾いた? お水あるわよ?」
なんというか彼女は、俺のことを出来の悪い弟みたいに接してくる。それが、何ともむず痒い……
今更気が付いた! 現状、俺は出来の悪い弟そのものじゃないか! 言葉通りの意味だ! なんてこった!
そんな今更の事実を俺が思い知らされている中、既に始められていた。
ピッチャー第一球。振りかぶって、投げる。
びゅん、スバーーン!
「ッッットラーーーーイク!」
なじみ深い単語が聞こえてきたが、そんなの、問題にならない位に、今の球に見入っていた。
速い。内野席で俺は観戦しているわけだけれども、体感で見て、160km/h以上は絶対出ている。
ピッチャー第二球、同じく、投げる。
びゅん、くくっ、カッキーンン!
ジャストミートした打球が、センターに大きく上がった。ホームラン……いや……
「ええ……」
センターが、大きくジャンプ。彼は、空中にぐんぐん上がっていく打球を掴む。
「アウトー!」
拍手がスタジアムに起こる。ファインプレーなんだろうけど! いや、いや、ええ……
しかもあのピッチャーが投げた球は、凄まじい角度で曲がっていた。右バッターボックス外側から、ストライクゾーンに入るようにだ。スライダー……いや、超スライダーとでもいおうか。
「……分かった?」
俺は言葉もなく、頷いた。
この世界の野球は、勿論……というか、何で考えもしなかったんだ……魔法を使っても良いことになっていたのだ。




