第八話
翌日は晴天に恵まれ、ここ、パーシモンズ二軍が練習に使うグラウンドにて、少年野球チームの入団テストが行われた。
そのグラウンドの金網で仕切った外側。そこに、ひときわ目立つ一団があった。
ずらりと並んだ使用人。ベルモント家の紋章が入ったパラソルを日よけに、白色の机と椅子が設置されている。
その机を囲んでいるのは、無論、アーニャ・ベルモント、そして、アリーシャ・ベルモント、ボヌス・ベルモントだ。
「なんでこんな大事になっているんだ?」
この場所には、我が子の雄姿を見ようとしている家族がいる。その中で、使用人までいるこのグループはかなり目立った。
「あら? カズヤが試合に出るんでしょう?」
アリーシャは使用人からティーカップを受け取りつつ、明るい声で言った。
「そうですよ、お父様! 応援しないと」
と、アーニャもはしゃいでいる。
「……」
ボヌスは仏頂面だ。――もともと、たいして変わらないけれども。
どうやら、今日カズヤが少年野球チームの入団テストを受けるのを、アーニャがどこかで知ってしまったらしい。
アーニャに知れたということは、当然のようにアリーシャも知ることになる。
はあ、と人知れずため息を吐き出すボヌス。
我が子に魔力がない。それによるボヌスへの誹謗中傷は、実際、酷いことになっている。
元々ボヌスは成り上がりで、名門ベルモント家は婿入りで入った。
それだけで嫉妬をされる材料が十分なところに、息子が魔力を持たずに生まれたのだ。
「呪いだ」
「行いが悪い故に、その子供に跳ね返ったのだ」
「アリーシャ様もおかわいそうに」
別に自分がいろいろ言われるのは慣れている。言われるくらいには、あくどいこともしてきた。
だが、元々アリーシャに一目ぼれして、この地位まで上り詰めたボヌスなのである。
絶対に幸せにしようと心に誓ったのに、現実は不幸だ。
自分のせいでも、アリーシャのせいでもないし、ましてやカズヤのせいでもない。
だが、アリーシャは自分のせいだと思っているのだ。そこに、ボヌスの苦悩があった。
その息子が、『野球選手になりたい』だなんていうのだ。
できるわけがない。
だから、早々に諦めてもらって、傷を浅くしなければならなかった。
実現しない夢は、絶望と同義だからだ。
「あ! カズヤ、出てきましたよ! お母様!」
「あれは何をしているのかしら?」
「えっと、まずは野球に必要な基礎体力を見るんです。走力と肩力。今は、あそこまで走るのを競っている、走力のテストですね」
「一番速く走れた人が合格なのかしら?」
「カズヤ様~がんばれ~」
「ぶっちぎれー!」
カズヤが走り切り、ベルモント家と愉快な使用人一行はパチパチパチ盛大な拍手。
「……」
恥ずかしい。
何だこの空気。周りの保護者達は、くすくすと微笑ましく見ている。ボヌスが視線を向けると、慌てて目を反らしたけど。
「おやおや、ベルモント様ではございませぬか」
いけ好かない声がして振り向く。
太陽に照らされて輝く金髪。白色の透き通るような肌をした、すっきりとした美形が現れる。
大都市パーシモンの名門、ベルモント家と双璧をなすウェインリッチ家の現当主だ。
「次は肩の力を見るテストですよ、お母様」
「肩の力って?」
「遠くに投げる能力のことです」
「カズヤ様~頑張って~」
ちらりとウェインリッチはアリーシャとアーニャを見て、ボヌスに向き直り、微笑みを浮かべた。
「奇遇ですね。ご子息もここのテストを受けに?」
「も、とは?」
「私共の息子もパーシモンズへ入団させようと」
と、隣にいたウェインリッチご婦人が頭を下げた。
「それはそれは……ウェインリッチのご子息を、パーシモンズに?」
「元々、野球は貴族のたしなみです。最近は、ラフレッチェに習ってここパーシモンズも庶民から選手を募っていますが……その愚かな考えを、改めさせようとね」
「……そうですか」
「ええ、やはり魔力が高いものが、世の中の中心にいるのが、天の理かと思われます。彼は、プロと同じ速度のストレートを放てますから……まあ、まず間違いなく合格でしょう」
相変わらず嫌味な奴だ。
つまり庶民の出であるボヌスが立ち向かっても、最後に勝つのは魔力が強い者であることを彼は言っているのだ。
今日は最悪の日だとボヌスは心の中で思った。
嫌な奴が勝ち誇るのもそうだし、アリーシャがまた悲しみに包まれるのだ。
――私は、アリーシャを幸せにできないのかもしれない。
そんなはずはない、と思ってはいるのだけれども、この状況では、その信念もぐらつかざるを得なかった。
「今度は何をしているのかしら?」
「いよいよ、実戦形式の紅白戦ですね。先の二つのテストと、このテストを合わせて合格者を選ぶみたいです」
「そう……カズヤはどうなのかしら?」
「割と良い線言ってると思います。ここまでは、魔法を使わない、体力勝負ですもの」
こほん、とウェインリッチが咳払いをする。
先ほどからアリーシャとアーニャが自分を無視しているのを、気にしているのだ。
「カズヤはどうなったら良いの?」
「それは、ヒットを打つことですね。ほら、あそこの小高くなっているところから投げる子から、打てばいいんです」
「上手くいくかしら……心配だわ。今日、あの子、食が細かったから」
「大丈夫です、お母様。カズヤ、自信があるって言ってましたもの」
「……アリーシャ様」
我慢の限界と言った感じで、ウェインリッチが話しかけてきた。
「あ、出てきましたよ」
パチパチパチ!
ウェインリッチの言葉は、使用人たちの盛大な拍手にかき消された。
「カズヤ様~がんば……」
カッーーーーーーーン
快音が、グラウンドに木霊した。
ぽーんと空中に飛んだボールは放物線を描き、フェンスを越える。ベルモント家の紋章の入ったパラソルを直撃した。
塁審がゆっくりと腕を回す。




