第二十八話
「ハイペリオンは宝石と鉱石の産出国だけれども、近年、その鉱脈が尽きかけていて、廃坑になっていく坑道が増えているの」
俺は、怒っていた。
スィエラ王女のやっていたことは、詐欺同然である。信じていたのに……彼女を見つけると、俺は、今までのことを問いただし、そして、セントサイモンに帰らせてもらうことを述べた。
「当然、国が衰えていくわ。ハイペリオンには、新たな産業が必要だったのよ」
しかし、彼女は、目に涙を浮かべて、俺に訴えたのだ。
「それが、野球なの。あなたは、あのラフレッチェをゼロ点に抑えたヒーローだわ……そのヒーローを、何としても手に入れたい……あなたにはわかるかしら? この気持ち」
「いや、でも……それとこれとは」
「あなたなら、きっと、新生ハイペリオンの大エースになることができるわ! あたしが保証する!」
「でも、その、メンバーすら、集まっていないし、何より、今は――」
それどころじゃないのだ。
スィエラ王女派は現在、犯罪者として追われている。
虎の子のニーズヘッグの召喚を使われて、国王夫妻は卒倒し、大臣は嘆き悲しみ、国民は大パニック。
皆が皆、スィエラ王女を探し出せ! と、躍起になって探しているのだ。
「ええ。恐ろしいわ……捕まったら何をされるのか……あたしは……この国のことを思ってしただけなのに……」
涙をぽろぽろ零すスィエラ王女。
それは、真実なのだろう。
彼女は本気で、野球が新たな産業になると思って、ニーズヘッグを使ってまで、自前の球場を建てた。
「その気持ちは分かりますけど……」
「分かってくれる? そう? なら、後は、この状況をどうにかするだけだわ」
「え? いや――」
そういう話じゃない。
「えっと、だから、俺は、セントサイモンに帰らせていただきます」
「あら? それは何で?」
「俺はプレアリーグで優勝するチームに入りたいですから」
「優勝するチームにするつもりだけど?」
「でも、今は――」
「球場は作ったわ。後は?」
「その、チームメンバーが集まっていないし……」
「だから、優勝できるチームにするって言ってるじゃない?」
「えっと」
いや、違う。そう。もっと、何か、根本的な。
「あ、い、いや! ほら、それに、この女装だって!」
俺は、負けじと不満に思っているこの女装について彼女に問いただした。
「それは、仕方がないのよ。だって、あなた、魔力がゼロだから……魅了の魔法なんてかけられたら、大変なことになるわよ? 新生ハイペリオンは、女性だけのチームなんだから」
「え?」
それは全くの初耳だ。
「残念ながら、男の人は来てくれなかったのよ、何故か。魅了の魔法、知ってるでしょ? あなたが女性だと思われれば、絶対に手を出してこないわ」
魅了の魔法は、女性限定で使える魔法だ。
文字通り、男を言いなりにする魔法である。
ただし、それには条件がある。
まあ……その……男と女がすることをしながらでなければ、使用することが出来ない。
「あなたは、ベルモント家の御曹司だし、あたしたちも気を付けるけど、悪いこと考える人もいるかもしれない。それなら、女性に見せていた方がいいでしょ?」
「……なるほど」
そういうことだったのか。
「問題はなかったわけだわ」
「えっと……」
いやいや違う。そう、もっと根本的なのは――
「その、何ていうか……俺は、あなたを、信用できないんです」
そう。そうなのだ。
結局、スィエラ王女を信用できない。それに尽きる。
スィエラ王女は、金色の瞳を見開いて、その目じりから、じわりと涙が浮かんできた。
「酷い……」
あ。
「い、いや。でも、そうでしょう……?」
「……カズヤは、ハイペリオンを見捨てるというのね?」
ぽろぽろ、金色の瞳から涙をこぼすスィエラ王女は、そのままうずくまって、おいおいと泣き始めた。
「酷いわ……ハイペリオンの救世主が、そんなことを……!」
「救世主だなんて」
「あたしは……あなたこそが、ハイペリオンを立て直す人間だと思って、皆の反対を振り切ってまで、球場まで建てたのに……」
「えぇ……」
「勿論、あなたの責任ではないけど……あたしが信じたのが、いけないのだけど……あんまりではありませんか……」
すすり泣きながら、スィエラ王女は俺を責めたてる。
「せめて、春まで……結果が出るまで、お待ちになってくれても、宜しいじゃないですか。酷い、酷いわ」
「わ、わかりましたよ」
俺は、承諾した。
まあ、確かに、彼女の言う通り、まだ結果は出ていない状態だ。
新生ハイペリオンを、優勝できるチームにする。
それは、確かに開幕まで分からないことではあった。
「ええ、結構よ。どうぞ、お好きになさって? セントサイモンに、帰ればいいんだわ」
「いや、います。いますよ。春まで……姫様を信用します」
「嘘だわ。そう言いながら、帰るに決まってるわ」
「いや、そこは、信用していただかないと……」
「じゃあ、謝って?」
「え?」
「謝ったら許してあげるわ」
「ご、ごめんなさい……?」
ぐすっと鼻をすすりながら、彼女は微笑みながら立ち上がった。
「いいのよ、悪いのはお互い様だから」
「う、うん……?」
あ、あれ?
な、何かおかしい気がする。
「姫様! そろそろこちらを手伝っていただきたいのですが!」
レイさんの呼ぶ声がした。
俺たちは、王宮の地下、飛空艇が眠るとされている迷宮の中にいた。
ハイペリオンの王都が大混乱の最中をつき、侵入したのだ、ということをミーシャさんより聞いた。
彼女らは、この時に乗じて、飛空艇まで奪取しようというのだ。
「でなければ、まあ、あたしは縛り首ね」
しれっとそんなことを言うスィエラ王女。
「……というより、何だって、俺まで連れてこられているんですか?」
俺は結局あの後、気を失ってしまっていて、その間にここへ連れてこられていた。
「あら? カズヤ様は拷問がお好み?」
「え?」
「あなた、がっつりあたしの派閥に組み込まれているんだから、当たり前のように捕まって拷問されるわよ?」
ええ……
「そんな顔しないでよ。大丈夫よ。ほら、『飛空艇の鍵』もまんまと強奪してきたんだから」
ふふん、と得意げな顔で、懐から一冊の本を取りだす王女様。
しかし、何だって山賊の頭みたいな台詞が似合うんだろう?
「どう? 解けそう?」
スィエラ王女、テディさん、ミーシャさん、レイさんが、『飛空艇の鍵』を囲んでいる。
ハイペリオンの国宝であり、いかにも荘厳な装丁をしているが、結構薄い。学習ノート位の薄さだ。
だが、その薄い本の中に、この迷宮を突破するために必要な事が書かれているらしい。
飛空艇の迷宮は、王宮の宝物庫の地下へ続く階段から行ける。
階段を下りると、天井の高い大理石が敷き詰められた廊下が続いている。のだが、これはずっと歩いていても、いつの間にか入り口に戻ってしまう無限回廊だった。
この無限回廊を解く鍵が、この『飛空艇の鍵』に収められているというのだが。
その回廊の床に座り、彼女らは目を閉じ、手を本にかざして、魔力光を放出していた。
「……駄目ですね。これほどに強固な魔法をかけているとは……」」
レイさんが首を振った。
「この魔法を作った者は、とんでもない魔力の持ち主ですな」
ミーシャさんも諦めて、首を振った。
「……駄目です。申し訳ありません」
テディさんが頭を振る。
「……」
最後に、スィエラ王女の魔力光が止まる。
彼女らが唱えていたのは、魔法を解除する魔法だ。
あまりにもこの本にかかった魔法が強すぎて、彼女ら数人でも解くことは出来なかったようだった。
「伝えられている言葉に意味があるのかもしれません」
レイさんが進言する。
「あの、『この本を読める者は、この世界に存在しない』ってやつ?」
「なぞなぞでしょうか? 上は大水、下は大火事みたいな……」
テディさんが顎を押さえて、考えている。
なぞなぞかあ……この世界に存在しない……うーん。幽霊とか、何かかな。
「……ちっ、本当は、ニーズヘッグにこの魔法を解いてもらおうと思ったのに……あのバカ達!」
スィエラ王女が舌打ちする。
「あの、どういうことなんです?」
「ニーズヘッグの力を、戦争に使うつもりだったのよ。まあ、一番、最大限活用する使い方だけど」
「あれを、戦争に?」
ぞっとする。
現れるだけで、災害のような存在であるニーズヘッグが戦争に加わるというのなら、どれだけの惨禍がでていたことだろう。
いやいや、聞きたいことは、そうじゃない。
「えっと、そういうことじゃなくて、確か、『飛空艇の鍵』は解けたんじゃなかったでしたっけ?」
あのデスモントでの歓待の時に、確かに聞いたことだった。
「言ったっけ?」
とスィエラ王女が他の三人に聞く。
「さあ……」
「……」
「いいえ! 全然! そのようなことは!」
あれ? おかしいな。確か、そういう風に聞いたから、俺は、ハイペリオン行きを決めたはずなんだけど。
うーん……いや、でも、あの夜のことは、ほとんど曖昧なんだよなあ。
「……また、あたしの言葉を信用していただけないんですか?」
じわり、とスィエラ王女の瞳から、涙粒。
「あ、いや」
「それならば、宜しいんですけど……」
と、スィエラ王女が本に向き直る。
「カズヤ殿は、魔法が魔力光なしでも行使できることは知っているな?」
何故だか、ミーシャさんが呆れた声を出す。
「知っていますけど?」
と返すと、ミーシャさんはこめかみを押さえる。
「……それならば、良い」
何だってんだ。
……いや、そんなことより、もっと気になることがある。
「あの、持ってくる本、間違ってませんか?」
「何でそう思うの?」
「この本、『飛空艇への鍵』って書いてますよ?」
四人が顔を見合わせた。
『飛空艇の鍵』ではなく、『飛空艇への鍵』とこの世界の文字で書かれている。何だかミミズがのたくった、下手くそな字である。子どもが書いたようだ。
とても、一千年前から大事にされてきた、国宝のようには見えない。だから、スィエラ王女が間違って持って来たのではないかと思ったのだ。
「――見えるの、この字が?」
「見えますけど」
スィエラ王女の金色の目が見開いた。
彼女は、床に置いてあった本を手に取り、俺に近づけた。
「見えるの?」
「見えますけど……」
ばっと、彼女は、本をめくる。やっぱり、覚えたてみたいな書き方になっている。
「見えるのね!?」
スィエラ王女が迫る。
「見えますけど……」
それが、何なんだ?
「……私たちには、この本のタイトルすら見えないのよ」
「え!?」
「全部、白紙にしか見えないの」
他の三人も、同様に驚いている。
「どういうことかしら?」
「いや――そうか、この本の魔法は、『魔力のある者には、白紙に見せる』というものなのではないか……!」
レイさんが珍しく興奮している。
「凄い。幸運ですね、姫様」
はしゃいでいるテディさん。ミーシャさんは、「まあ、縛り首は、免れたようだ」と安堵している。
しかし、スィエラ王女は、浮かぬ顔で、俺と、その『飛空艇への鍵』を見比べている。
「……何だか」
とスィエラ王女は言いかけて、「まあ、いいわ」と辞めた。何なんだ?
「ともかく、飛空艇の鍵、もとい飛空艇への鍵は解いたわ! このまま、迷宮を踏破して、飛空艇を頂くのよ!」
だから何だってこの人は山賊の頭みたいな台詞が似合うんだろうか。




