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とある異世界転生者のアンダースロー  作者: 村山良朝
アンダースローと『飛空艇の鍵』
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第二十九話

 この飛空艇への鍵によれば、無限回廊の脱出方法は、入口より『魔法を持たないものしか見えない燭台』を押すと、地下へ続く階段が現れる。

 飛空艇への鍵によれば、この書かれている地図に従い、トラップを回避した先に飛空艇があるのだという。


「レイが先頭、その次がミーシャ、真ん中にカズヤ、次があたし、最後がテディで進むわ」


 てきぱきと進軍する順番を決めるスィエラ王女様。


「ふむ。ダンジョンか……」

「ゴブリン族の血が騒ぎますかな?」

「ご先祖様は、ダンジョンで生活をしていたからな」


 レイさんは、やや意気揚々としているようだ。


「カズヤ、分かれ道だが?」


「えっと、右ですね」


 と、本に書かれた地図が示す通りに、俺は言った。

 ……この本、マップはいいのだが、文字が壊滅的に読みにくい。

 俺は、間違えないように集中する。


 迷宮は、実際、ダンジョンだった。

 さすがはファンタジー世界ということか? ダンジョンなんてもんがあるなんて。


「昔は、冒険者なんてものがあったらしい」

「冒険者、ですか」

「そうだ。その者らを狙って、我々ゴブリン族はダンジョンに罠を設置し、宝箱を置いたのだとか……」

「それは、何でなんです?」


 純粋な疑問をぶつけてみると、レイさんは歯切れ悪く答えた。


「亜人……その昔は、モンスターと呼ばれていた種族は、人と敵対していたのだ」

「あ……、そうなんですか」


 察しが悪すぎるだろ、俺。


 よくよく考えれば、この世界はファンタジーな世界であり、ゴブリンと言えば、そういう立場の人たちと言ってもいいのだ。


「今では考えられないのだがな」

「あ、そこは直進です」

「そうか」


 と、パーティ一行は、俺の指示に従い、ダンジョンを歩く。

 とは言っても、モンスターなんて出ないし、ダンジョン内は明るいし、単純に歩いているだけなんだけど。


「これは、私たちだけで、楽勝ですね」


 と、びくつきながら歩いていた後ろのテディさんが言って来た。


「でも、油断は禁物というか……」


「どうした?」


 俺の足が止まって、全員が一瞬遅れて止まる。


「えっと、この、何ていうか、分からないというか」


 最後のページ。そこには、三つのボタンが書かれてある。

 そのボタンの押し方によって、飛空艇への道が開かれる。

 なのだが、汚い文字で描かれているため、分からないのだ。


 道を進んでいくと、行き止まりで、壁に三つのボタンがある。

 赤、青、黄と並んでいた。


「どれが、正解か、分からないのか?」


「えっと、押す順番が、書いてあるんですけど……」


 青、黄色、赤か、青、赤、黄色か……おそらく、そのどちらかなんだけど。


「二択ってわけ? なら簡単だわ」


「いや……この、『信号機』……?」


 信号機の絵。これは、現代日本にある信号機だ。何でこんなところで……?

 いや、これが、本当に信号機だとすると……


「あ」

「えっ……」

「姫様!?」


 スィエラ王女が、さっさとボタンを押していた。その順番は、青、赤、黄色。


「大丈夫よ。あたし、二択には強いんだから」


 まるで根拠のない自信に、腰に手を当てて、胸を張るスィエラ王女。


 俺は、走っていた。その押し順は間違っているという確信。手を伸ばす。


 驚いているスィエラ王女の腕を掴む――遅かった。


 突如として、スィエラ王女の立っていた場所が開く。


「うわああああああ!」


 落下。


 落 下 し て い る !


 スィエラ王女が口を動かしているのが見えた。呪文。飛翔の魔法。空が飛べる。


 たすか――


 

 どぼーーーん



 突如として訪れる、体への衝撃。死んだ? 浮遊感? 魂が抜けていくと言う奴?


「ぶはあ! はあ、はあ、はあ」


 息を荒げる。息が出来る。


 助かった……?


 周りは、水。海……? 湖だろうか。

 ダンジョン内は明るかったが、ここも明るく、見通しがきいた。

 地底湖のようなものだろうか。いや、これは、命まで取る気はないという製作者側の心遣いか……?

 とにかく、助かった……心臓がバクバクいってる。


「スィエラ王女……?」


 ハッとなって呼びかけてみるが、声がしない。


 辺りは、水面だけで、静か。


 背すじに何か、冷たいものが走った。


 スィエラ王女は、あの豪奢な赤色のドレスを着ていた。

 服は、水を吸うととても重くなる。

 まだ、彼女は沈んでいるのではないか……!


 慌てて、俺は息を思い切り吸い込んで、潜った。

 地底湖はわりと深い――魚などはおらず、透明だ。

 おかけで、スィエラ王女を見つけるのも容易かった。


 いた。


 底の方に、沈んでいる。赤色のドレスが、ゆらゆらと浮かんでいたので、目印となった。

 俺は護身用に持たされていたナイフで、ドレスを切り、彼女を下着姿にした。

 そうでなければ、とても水の底から引き上げることはできそうになかった。


「はあ、はあ、はあっ、スィエラ王女!?」


 呼びかけても、返事がない。呼吸が……止まっている!?


「ミーシャさん! レイさん! テディさん! 誰か――!」


 上に向かって、叫んでみるも、返事がない。俺の声だけが、辺りに木霊するだけ。


 まずい。

 非常にまずい!


 俺は、岸へ向かって泳ぐ。 


 急がなければいけない。


 呼吸が止まって、どれくらいだと蘇生が出来るんだ!? かなり昔に学校で習ったはずだけど、全然思い出せない!

 それが、余計に焦らせる。

 何とか岸へとたどり着き、スィエラ王女を岩肌に寝かせた。


 ……やっぱり、息していない……心臓も、動いていない!?


 顔は真っ青。唇は紫色。まずい。まずいよ。


「落ち着け、カズヤ、思い出すんだ」


 彼女がおぼれてから、まだ時間はそう経っていない。落ち着いて、あの時――保健の授業を思い出すのだ。

 あの、応急手当の実習の時、俺は、クラスを代表してやらされたのだ。


『えー、それでは、これより、応急手当の実習を行う』

 そうそう。俺は、クラスを代表して――というかみんなが面倒がって、俺にやるように言って来たのだ。

 俺は人形を前に、先生の指示を聞く……

『おいおいカズヤー、お熱いね~』

 クラスメートの吉田が言って来た。

 しかも、この時クラスがふざけて、俺に向かって口笛とか吹いて、やんややんやしてくる。

『ふざけるな! 授業の一環だぞ!』

 若ハゲ……いや、若槻先生!

 頼りになる若槻先生は、真面目に応急手当をレクチャーしてくれた。だんだん、思い出してきたぞ。

『まず、呼吸をしているかどうか、確認する』

 していない。次。

『気道を確保する。仰向けに寝かせたまま、顎を上げ、額を下げさせる』

 できた。次。

『心肺蘇生は、心臓マッサージからだ。胸骨の下半分、ええと胸の真ん中あたりが目安だ。そこに手を置いて……』

『いやーんカズヤのえっちい!』

 吉田あああああ!

 やばい、やばい、やばい。

 余計なことまで思い出してしまう。

 とにかく、若槻先生の言ったことだけが真実だ。ええと、何だったか……

『もう片方の手を重ねて、垂直に、体重が加わるように真っすぐ腕を伸ばして、圧迫する』

 たしか、そう。三十回。

 一、二、三……

 次、人工呼吸! 心臓マッサージを行いながら、思い出す。

『人工呼吸は、傷病者の鼻をつまみ、口を大きく開いて、口から空気を漏れないように、覆わせるようにして、吹き込む』

 他に、何かあったか……何でもいい。若槻先生の思い出は……


『先生の奥さんな……飯マズなんだ……ふふ、見てくれよ。これ。白飯におかずが小豆餡だぜ……?』

『ラーメンの中に、生煮えのハンバーグが入っていたのは度肝を抜かれたよ。しかも、旗付きだぜ……?』

『カレーがあんなにまずくなるなんて、もう才能だな……』


 駄目だ。これ以上思い出せない!

 思い切り息を吸い込み、ええと、口を覆うようにして……空気が漏れないように、密着させて……

 息を吹く。

 スィエラ王女の胸が少しだけ上に上がる。これで、成功……なはず。

 もう一度……

『一旦、口を離して、自然に息が吐き出されるのを待って、二回目だ』

 おお、若ハゲ……いや、若槻先生! 

 その通りに、俺は思い切り息を吸い込み、再び、スィエラ王女の唇を覆い、吹き込む。

 これで、心臓マッサージ三十回を交互に行うのが、心肺蘇生……完全に思い出した!


 紫色だったスィエラ王女の唇が、薄いピンク色になっていき、青くなっていた顔色に、赤みがさしてきている。

 それを、何度目だろうか、ついに――


「げほっ、げほっ……はあ、はあ、はあ」


 スィエラ王女の口から、水が吐き出された。


 金色の瞳が開かれ、俺を射抜く。


 あ。

 まずい。

 別の意味でまずい。


 彼女は、上下おそろいの赤色の下着に、コルセット姿。


 ドレスはどうしたの? 


 何であなたと二人なの?


 ……何で、あたしは下着姿なの?


 しかも、ブラが乱れているんだけど……もしかして、触った?


 それらの疑問に明確に答える自信はあったが、彼女を納得させる自信はみじんもなかった。


 彼女は自分の唇を撫でる。


 そこには、俺の体温が残っているはずで……やばい。


 俺は、後ずさる。


「その、これには、訳が、ありまして」


 声が震える。

 それは、水にぬれた寒さだけではない。

 スィエラ王女が立ち上がる。ぽたり、ぽたり、と桃色の髪の先端から、滴が垂れた。


「ふか、不可抗力だったんです! 端的に言えば!」


 殺される。


 スィエラ王女の目が座っているのを見て、そう思った。


 目を瞑る。ああ、思えば、短い一生だった……


「ねえ、あなた。何者なの?」


「……?」


 こわごわと目を開くと、彼女の顔が近くにある。


「魔法を使わずに、心肺蘇生する方法なんて、この世界では存在しないわ」






「異世界からの転生者?」

 俺の説明を聞いたスィエラ王女は、目の端を吊り上げて、素っ頓狂な声を上げた。

「信じられないわ」

 顎に手を当てて、考え込むスィエラ王女。


 上を、俺は見る。救助はまだ来ない。


 地底湖の岸で、俺とスィエラ王女は向かい合って話をしていた。


「……でも、そう考えていくと、そうだわ。色々納得できる。恐らく、あなただけではなく、昔にも、そういった人がいたのだわ」

「え?」

「飛空艇への鍵。あれは、『魔力が無い者しか』見ることが出来なかったじゃない? しかも、『この世界に存在しない者しか、読むことは出来ない』って」


 ……?


 あ、あああ!


 そういうことか!


 この世界に存在しない者……つまり、異世界からの転生者だ。


「ていうことは、ハイペリオンの創始者は、魔法が使えなかったんですか?」


「そう考えるのは、早計だわ。そんな話、聞いたことないし。でも、あの飛空艇への鍵が、あなたのような『魔力がない者』を対象としていたのは間違いないわ。つまり、ご先祖様は、あなたのような人がこの世界に来ることを、想定していた、ってことなんだけど」


 と、虚空を睨み、スィエラ王女は考え込む。

 それに対し、俺は、何だか奇妙な安堵感があった。

 転生者は、俺だけではなかった。なんとなく、それが、嬉しい。

 俺は、あることを思いついた。

 いや――そうか。そうだ、きっとそうだ。


「野球も、その昔の転生者が、教えたんじゃないんですか? この世界の人たちに!」


 スィエラ王女が目をぱちぱちさせて、驚いた。


「……あなたの世界にも、野球があるの?」


「あります]


 でも、この世界で、何でそのことが知られていないんだろ?

 野球における歴史や成立過程は、セントサイモン国王しか知らないのだという。

 不思議だ。

 何だか、謎が解けたと思ったら、まだ新たな謎が生まれてきたな。


「それにしても、何で、あなたは自分でそのことを告げないの? 今まで誰かに言ったことないの?」


「いや、まあ、こんなの、誰も信じませんしね……それを証明するために、まあ、こうして野球選手になるのを、目指しているわけですけど」


「……?? え? 何それ? 意味わかんないんだけど」


 まだ、救助は来ない。

 何やってるんだろ。

 そんなことを思いながら、俺は野球選手を志したきっかけを話した。

 話すと、スィエラ王女は呆れた。こめかみを押さえて、「馬鹿じゃないの?」と。


「この世界から、脱出するために、野球選手になったですって!?」


 ……言葉にしてみると、すさまじく異常な文面だな。

 でも、確かにその通りなのだ。


「あのねえ、あんた、ベルモント家に生まれてよ? 立派な父母もいるし、あの姉もいるじゃない。野球選手だって、栄光を掴めるかもしれない。なのに、帰るって? バカじゃないの?」


「まあ、俺は、魔法が使えませんし……さっきの、ニーズヘッグでも」


 死にかけた。

 魔力抵抗のない俺は、この世界では危険が多いのだ。


「あー……まあ、確かに、そうだけどさ……」

「アリーシャさんの、名誉を取り戻すためでもありますし。まあ、帰った方が良いと思います」

「……あんた、超がつくほどのお人よしだわ」


 ふう、とため息をついてから、彼女は面白くなさそうな顔をする。


「そんなに、嫌わなくてもいいじゃない」

「……何がです?」

「ボヌス様から、聞いたのでしょう? そりゃ、あたしは、性格が悪いかもしれないけどさ……」


 何でボヌスさんが出てきたんだ?


「確かに、強烈な性格をしていると思いますけど……俺は、なんだかんだ言って、スィエラ王女のこと、好きですよ」


「――!? ば、な、何言ってるのよ」


 短気でガサツで向こう見ずの嘘つきだけれども、それは、結局自分を度外視して、他人のためを思ってやっていることだということに、俺は気が付いていた。

 勿論、巻き込めれて、大変な目にあったりするけど……ニーズヘッグのこととか。それは、彼女からしたら、”そうしないといけないから”だ。

「自分が、死ぬかもしれないと分かっているのに、こんなことをしているのも、皆のためでしょう?」

 失敗すれば、死ぬかもしれないのに。

 それが、あまりにも率直で、反発を招いてはいるけれど。


「まあ、ちょっと、事前に、色々相談してほしいですけど」


 いや本当に。

 今だって、この状況を招いているのは、彼女のせいだし。


「だ、だったら、何で元居た世界に帰ろうとするのよ! おかしいでしょ!?」


「――何でです?」


 スィエラ王女に好意を示していることと、元居た世界に帰ることは全くつながらない。


「だって、あ――もしかして、聞いてない?」

「だから、何を?」

「あ、ああ。そ、そう? そうなの。まあ、いいわ」


 だから、何をさ。

 勝手に納得するスィエラ王女。

 そうして、こほん、と咳をして、彼女は言った。


「いいわ。カズヤ、帰らせてあげる」

「え!? 出来るんですか?」

「出来るわ。転移魔法を応用すれば。その世界の座標が分かればだけど」

「そう、ですか」


 この世界から、脱出できる。

 ちょっと寂しいけど……ううん。駄目だ。やっぱり。俺は、帰るべきだ。


「けれども、結局、プレアリーグに優勝しないと駄目だわ。ハイペリオンの魔法使いだけじゃ、そんな大魔法無理だし。セントサイモン国王に応援を求めないと」

「そうですか……」


 でも、目標が明確になったのは、良いことだ。

 これで、練習にも身が入るというものだ。


「ただ、本当に、それでいいのかどうか、考えて? カズヤ?」


 スィエラ王女は、聞き分けのない子を諭すような口調で、俺に言った。


「あなたは、本当に、この世界を去っていいのかどうか。あなたを失って、悲しむ人がいるかもしれないわ。それで、本当に良いのかどうか」

「……」


 アーニャさんとか、アリーシャさんとか……

 まあ、勝手に帰る気はないけど。

 ちょっと、やっぱり、寂しい。


「ま、あたしは、別にどうだっていいけどね。去る者は追わないのが、あたしの主義だし」

「そうでしょうね」

「……」


 痛い。

 俺に近寄ってきたスィエラ王女は、頬っぺたをぎゅっと抓んできた。


「はにふるんでふか!」

「何でもないわよ」


 そう言いつつ、彼女は離そうとはしなかった。

  



 

 

 




 

 

 

 


 




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