第二十六話
そんなこんなで、一か月が過ぎようとしている。
「カズヤ殿は、新年は帰らなくていいのか?」
早朝、ハイペリオンの街並みを歩きながら、ミーシャさんが聞いてきた。
もう少しで、年が明ける。この世界では新年を大事な行事としていて、家族で祝うことが多い。
「帰るつもりはありませんね」
またあの船旅をする勇気は、俺にはない。手紙を書いて寄越すくらいはしようとは思ってるけど。
まだまだ、やるべきことはたくさんある。変化球の精度や、コントロールの仕方、フォームを固める、スタミナをつける……
でも、やはり、目標に向かって進んでいるこの感覚が楽しくもある。
なんだかんだで、俺は体育系の人間だった。
――服飾店のガラスに映る、マーガレット結びの自分を見てしまい、俺は微妙な気持ちになる。
「というか、メンバー、集まるんですか?」
俺が思っていた疑問を尋ねると、ミーシャさんは苦笑する。
新生ハイペリオンは、さまざまな問題を抱えていた。
思ったようにチームメンバーが集まらないのもその一つだ。
現在、チームメンバーは七人。全部、スィエラ王女の息のかかった人たちだ。
他の派閥グループの人間は、全員そっぽを向いているらしい。まあ、あそこまで反目していたのだから、そりゃ、そうなんだろうけど。
というか、何故だか、女の子ばっかだし。
この世界の野球は魔法を使うので、女性選手は珍しいものではない。魔法を使うということに関しては、女性の方が有利だ。
だけれども、男性選手が俺以外一人もいないというのは、かなり問題なのではないか。
スィエラ王女は、『これから続々と大物が入ってくるわ!』と胸を張って答えていたけれども。……そろそろ俺は、彼女が平然と見切り発車をする性格だということに、気が付いていた。しかも、積荷も乗客も載っていないにも拘わらずだ。
『後悔することになるわ』
アルバ王女様の声が浮かんでくる。
ふわり……とまた光の玉が視界の端にうつる。
今度は、かなりの数。また俺に見られると、ピクシーたちはどこかへと飛び去って行った。
「何なんですかね、あれ……」
「ピクシーは、ああやって、この街のゴシップを集めているのだ」
「ゴシップを?」
「彼らは噂好きの貴族の奥様方や庶民たちに、集めたゴシップを話し、その代わりに甘い蜜や、甘味を貰っているのだ」
「はあ……でも、何だって、俺の周りに」
あ、もしかして、と俺は気が付いた。
――俺が、男だということを探っているんじゃあないのか。
「いや、正確には、私たちの周りに、だな」
ミーシャさんが訂正した。
「今、我々はハイペリオン中の噂だよ。あの『暴君の我儘王女が作り上げた、税金の無駄遣い集団』だとな」
なんて酷い言われ方だ。
「税金だなんて、酷い誤解だ。姫様のポケットマネーから出ている」
「え!? そうなんです?」
野球道具を一式揃えるだけでも、かなりの金貨が必要になる。
「でなければ、ハイペリオンの中で新しいチームを作ることなど出来ぬ……何だ、聞いていないのか?」
意外そうな顔をするミーシャさん。……いや、何で意外そうな顔をするんだ。
「俺が聞いた方が良い話なんですか?」
「知らなくていいことだ」
微妙な違和感を覚えたまま、俺達はハイペリオンの球場へとたどり着いた。
ロッカールームへと移動しようと関係者入り口へと向かったのだが、そこで、鎧を着込んだ男が二人がその前で左右を固めている。
「……何だ、貴様らは」
ミーシャさんが尋ねると、彼らは立ち塞がるように前に出てきて、言った。
「こちらの球場は、アマティスタ様のものとなった」
「誰も、ここを通すなと伝えられている」
「――アマティスタ様が?」
眉を潜めるミーシャさん。
アマティスタ様とは、スィエラ王女の異母姉であり、第一王女である。
そしてアマティスタ王女は、スィエラ王女と仲が悪い。あの、ラフレッチェの試合で、平然と試合をボイコットした人である。
「どういうことなんです?」
「……やられた。まさか、ここまでやってくるとはな」
くるりと背中を向けて、来た道を戻り始めるミーシャさん。慌ててついていく。
「王宮内にも、急進的なスィエラ王女のお考えを理解できぬ者がいる。その者らが、アマティスタ様を焚きつけて、このようなことをしたのだろう」
「えっと、つまり、あの、球場を使えないってことですか?」
その態度を見て、俺は分かり切った質問をしてみた。
「……そうなる」
沈痛な表情で、ミーシャさんが頷いた。
それならば、練習はおろか、試合すらできない。
いや、いや、いや、おかしいだろ。
「スィエラ王女が、球団トップではないんですか?」
「ない。というか、そもそも、スィエラ王女はこの国の野球に関して何の権限も持っていない」
えぇ……
「だ、だって、あの、デスモントで歓待してもらったときには、まるで自分が球団トップのように言ってましたが」
そう。ハイペリオンを一つにして、プレアリーグに参戦するとこの耳で確かに聞いた。
「元々、今年でハイペリオンのリーグ戦は、止めることに決まっていたのだ。どこも、あまりに赤字を垂れ流していたからな。プレアリーグに参戦云々は、姫様の独断で決めたことだ」
「自分が何の権限も持っていないのに!?」
「持っていないのにだ」
「うわあ……それは……」
『後悔することになるわ』
頭の中で、再びアルバ様の声がリフレイン。
彼女の言っていることは、こういうことだったのだ。




