第二十五話
ハイペリオンでの俺の住むところは、ミーシャさんのご実家へ厄介になることになった。
彼女が、俺の浪費癖を見て、スィエラ王女に進言したのだ。
「カズヤ殿は、魔法を使えないと言うが、その実、甘やかされたお坊ちゃんで、世間知らずなところがある」
彼女は俺の金貨袋を預かり、二週間に一枚渡すことを述べた。
どんなことがあろうとも、その一枚だけで生活しなければならないと、言い含めてだ。
「掃除も、洗濯も、自分で出来ることはやってもらう」
これにより、忘れて久しい庶民感覚を得ることになった。少し気を抜いて無駄遣いしてしまえば、お金が足らなくなり、飯抜きになってしまう。
「別に、カズヤ殿が、ベルモント家にいるのならば、その生活態度は宜しいかもしれん。しかし、ハイペリオンの新しい野球チームに所属するというのなら、全く話は別だ!」
そうして彼女は、食事時のマナーや、話し遣い、立ち居振る舞い、ついでに護身術など、など、など。様々なことをたたき込んでくれたのだった。
野球のトレーニング後でのことだから、俺はへとへとになりながらも、それを学ぶ。
「上体を捻じらずに投げろ」
レイさんに投球フォームのチェックをしてもらっていると、そのような感想をくれた。
「上体を?」
「うん。お前の投げ方をだ――ここまで、体の向きを、真横のまま移動させて」
と、俺の投げ方を真似してくれるレイさん。
まず、左足を上げて、体を沈みこませながら、右腕を持っていく。体は真横、つまり三塁側を向いている。
「この時に、素早く体を打者へと向かせて」
腕を振る。
「ええと、何が違うんです?」
「お前の投げ方は、最初から上体を捻りながら投げているのだ」
それはそうだ。
体を捻らなければ、強い球が行かない。
「そうではなく、投げる時、瞬間的に打者の方へ向く、という感覚だ。こうすれば、リリースポイントが遅くなるし、タイミングもつかめずに打ちづらくなると思う」
「うーん……」
やってみる。
が、なんというか、締まりがないというか……
“タメ”が無い分、やはり力感のない球が行く気がする。
「これでは、速い球はいかないですよ」
レイさんが呆れた。
「お前の投げ方は、緩い速度で打ち取る方法だろう」
うーん……それにしても限度がある気がする。
と俺が何だか納得しないでいると、ちょっと頭を下げろ、と言われた。
言うとおりにすると、ぽかり。拳骨で叩かれた。
「アンダースローは、魔法を使わずに、幻覚を見せる球だと私は思う。速い球を追い求めるよりも、打者のタイミングを打ち崩す方法を取った方が良い」
「理屈は、分かるんですけど」
せっかく、強い球が行くようになったのに、かなり勿体ない。
「個人的には、もっと低く投げれないのか? そうすると、浮き上がり方も違って見えるだろう」
「低くですって? 出来ませんよ。ほら、これ以上沈みこませると、バランスが悪くなるし」
「……それは、下半身の強化が足りないんじゃないのか?」
「え?」
「少し、走り込みが足らんようだな」
否応なしに、俺の練習メニューの中にある走り込みは、倍増させられた。
「よしっ」
ハイペリオンに来てから、習慣化したものがあった。
それが、早朝、テディさんが俺の髪を弄ることだった。
肩まで伸びた髪を、丁寧に編み込んで、後ろで結ぶ。マーガレット結びと呼ばれるものだ。
「……」
俺は、前世では、いがぐり頭のニキビ跡のある、高校球児だった。
ところが、この世界では、アリーシャさん似の顔と、小柄な体形なために、女に見えることがしばしばあった。
そのギャップに、戸惑うことがあるのだが……それは、ハイペリオンに来て激増していた。
「別にあなたの髪なんて、弄りたくないけど……姫様の命令だしっ」
などと言いながら、毎朝、うきうきと俺の髪を櫛で梳いて、可愛い髪型にしてくれる。
何でこんなことをするのか、スィエラ王女に尋ねてみると、
『こっちには深い考えがあるの。あなたは、今は黙っていうことを聞いて頂戴?』
と取り合わなかった。
うーん……深い考えか。
これは、俺が女に見えるだけだと思うんだけど……
鏡に映っているのは、どうみても物静かそうなお嬢様である。
俺はこの姿のまま、野球のトレーニングをし、自炊するために買い物をしに行ってるのだ……周りは、完全に俺のことを女性だと思っている。
「うん。完璧だわ」
テディさんはあらゆる方向から俺を見て、今日の出来栄えをチェックする。いつも仏頂面なくせに、この時だけはニコニコだ。
ここに来て分かったのが、テディさんは可愛いものが大好きだということだ。手先が器用な彼女は、いくつものぬいぐるみを自作し、部屋に飾っているらしい。
「もう満足しましたか……?」
ややうんざりした感じで言ってみると、鏡の中のテディさんが目を吊り上げた。
「なによ、その態度!? あ、あなた! わたしが、嫌々ここまで来てやってあげてるっていうのに!」
「じゃあ、やらなくていいです」と言うと、この人、涙目になるんだよなあ。
テディさんは、かなり面倒くさい人だと思う。
ふと、視界の端に光の玉が映った。
「ピクシー……?」
窓の外に、ふわふわと浮かんでいる光の玉。ピクシーだ。ここ最近、良く見る。
ピクシーは俺の姿を見ると、一目散に逃げていった。
「……何だってんだ」




