第二十四話
翌日、ラフレッチェの王女アルバ様に会い、俺は彼女らの申し出を断ることとなった。
「何故、ハイペリオンに? 理由を聞かせてもらって宜しいかしら?」
その時、アルバ様はちょっと驚いた顔をして、直接尋ねてきた。
まあ、確かに、普通、ラフレッチェじゃなくて、ハイペリオンに行こうとするだなんて、正気の沙汰とは思えないだろう。
俺は、正直、聞き返されて逆に困ってしまう。
アルバ様は、俺がラフレッチェに行かなくても、困らないだろうと思ったからだ。簡単に、それじゃあ、と別れるはずだと決めつけていたのだ。
「まあ、その……」
アーニャさんのこともあり、俺は慎重に言葉を選ぶ。
「弱小であるハイペリオンの方が、俺を使ってもらえますから……」
「……あなたは、そういう人だったのね」
「そういう人だったんです」
「……」
何故だか、しばらくの間。やがて、ため息をつかれる。
「いいわ。やがて、後悔しても、アルバは知らないから」
そうして、俺は、パーシモンの実家へと帰り、色々な準備を終えて、ハイペリオンへ船で渡ったのは、それから約一か月後となってしまった。
「寒……」
船が着いたのは、ハイペリオン最北端の街、ハイペリカム。
船から桟橋を渡り、埠頭へと降り立つ。
ああ、ようやくの大地! と、俺は感慨深げに、雪だらけの大地を踏みしめる。
およそ二週間ほどの船旅は、慣れることはなかった。ほぼほぼ船室で横になっていて、前世から久しぶりに見る海への感動など、開始一時間ほどで消え失せていた。
ハイペリカムの埠頭は、一面の真っ白。停泊している船も、倉庫の屋根も、雪化粧に染まっている。
デスモントよりもやや北よりに位置するこの街は、もう真冬の季節になりつつあった。
「言った通りだろう?」
ミーシャさんが桟橋から飛び、埠頭へと華麗に降り立つ。
彼女は一か月前から俺の護衛をしてくれて、付き従ってくれていた。
その彼女が、今の季節はすこぶる寒いので、防寒対策はしっかりしておけと言っておいてくれたのだ。
「さて、ここからは、少し歩いて翼竜の発着場から、ハイペリオンへと飛んでもらう。先に帰っている姫様たちも、首を長くして待ってくれているだろう」
「その前に、ちょっと腹ごしらえをしませんか?」
「そうだな……温かい物を腹に収めておこう」
毛皮のマントを抱きしめるようにしながら、俺たちは歩き出す。
ミーシャさんに連れられてやってきたのは、いかにも、大衆的な食堂というような店構えの所だ。
何かしらの湯気が、窓の隙間から溢れていて、鼻に突く美味しそうな匂いがお腹に響く。
「何か名物があるんですか?」
「ハイペリカムは港町だから、魚介系ではないか? 私も、ここいらは良く知らない」
因みにハイペリオン自体は畜産業が盛んで、肉を頼んでおけば間違いないと聞いた。
とりあえず、体が暖かくなる物だ。店員におすすめを聞いたって良い。とにかくお腹が空いた……
「そこの人……」
突然、足首を掴まれた。
「うわあ!」
びっくりして、その場を飛びのいてしまう。
即座に、ミーシャさんが俺の前に立つ。
「何者か!?」
真っ白な服を着ていて、雪の中で倒れている物だから、今までわからなかったのだ。
彼女は掠れた声で、哀れっぽく、すすり泣きつつ、俺に訴えたのだ。
「もう二日も食べていないんです……どうか恵んでください……」
「本当、教会ってのは、シブチンなんですよ!」
一つ目牛のステーキをナイフで切り分けながら、シスター・ナシュエラは酷く怒っていた。
彼女はこのハイペリカムより少し西の教会で働いている、女神ラプンツェムに仕える女性であり、今は大事な用を仰せつかり、セントサイモンへと向かう途中なのだとか。
「銀貨数枚の路銀で、どうやってセントサイモンまで行けばいいっていうんですか!? あの糞ババア! なーにが、女神さまのお導きあらば、お金などどうということはありません、ですか!? めちゃくちゃひもじーっつうの!」
何だか問題発言をしながら、彼女は二足蟹の足をボキン。ちゅるちゅる音を立てながら、子どもの二の腕くらいあるその足の中身を吸う。
「……あの、おかわり、頼んでも良いですか?」
申し訳なさそうに尋ねてくるナシュエラさん。
「いいですよ」
と俺が承諾すると、彼女は片手で空中に五芒星を描いて、祈るように両手を合わせた。
「おお! カズヤ・ベルモントにラプンツェムのご加護のあらんことを!」
先ほどの発言と矛盾しているのだけど、気にしないことにした。まあ、神様というのは、そういうものなのだろう。この世界でも。
「えと、セントサイモンまでの路銀は、大丈夫なのですか?」
俺が尋ねると、彼女ははっとなって、「それが……」と言葉を濁す。まあ、路銀が十分であるのなら、物乞いはしていないだろう。
「じゃあ、えっと、金貨十枚くらいで足りるかな?」
俺は懐から金貨袋を取りだし、彼女の目の前に十枚ほど置いた。
「!?」
「あ、いや、セントサイモンへ行く船はさっき出たから、十日間くらいこの街にいなきゃいけないのか」
更に五枚ほど付け足す。
「ええええと、あの、このような大金を私にくれやがりますのは、いったいどういうことなのでありましょうや!?」
「あ、えっと、いいんですよ。困った時は、お互いさまというか……」
「カズヤさん、結婚、しましょう!」
突然、ナシュエラさんは俺の両手を握って、そんなことを言って来た。
「嗚呼! いつかこんな私を連れ出してくれる王子様が現れやしないかと思っていましたが……それが、こんな辺鄙な街で現れるだなんて!」
「いや、ちょっと」
「式はいつにします? 新婚旅行は? 子どもは何人? あ、その前に婚前交渉ですか? 私、想像の上では凄い上手ですよ!」
「そこまでだ、シスター」
迫ってくるナシュエラさんに、抜き身の剣が突き付けられる。
「こちらの方は、我がハイペリオンの客人でな……それ以上、近づくと命が無いと思え」
「あ、あははは、そんな、姉御、じょ、冗談にきまってますぜ」
ぎらり、とその様子を見ていた店主や店員にも視線を向けるミーシャさん。
慌てて彼らは視線を外す。
「……カズヤ殿。あなたは隙があり過ぎる。こんな所で、そんな大金を出すものではない」
「あ――」
「護衛をする身にもなってもらいたい」
かなり迂闊な行動であったと、ようやく俺にも理解できた。
「姫様は、カズヤ殿が歩く宝石箱だと言っていたが……まさにその通りだな」
俺は何も言い返すことは出来ず、頭を掻くしかなかった。
「先ほどの日程でセントサイモンまで往復するのならば、これくらいで十分なくらいだ」
と、机の上に置かれた金貨を十三枚取り上げて、俺の金貨袋へとしまった。
「……」
それを、恨めしそうに見ているナシュエラさん。と、俺の視線に気づいた彼女は、こほん、と咳払いする。
「まあ、いいです。カズヤ様、本当に、感謝していますからね!」
そうして彼女は五芒星をまた切って、俺のために祈りをささげてくれた。
「ところで、カズヤ様はどちらへお住まいなのですか?」
という質問は、ミーシャさんの鋭い視線により、遮られることとなった。




