表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある異世界転生者のアンダースロー  作者: 村山良朝
アンダースローと99点分の重み
24/30

第二十三話

 ふらふらとぐらついていたカズヤの頭が、ついに糸が切れたように横に倒れた。


「あ」


「え!?」


「嘘……」


 そのカズヤの頭が、横に座るテディの胸で止まった。


「凄い」


「大きいのは、知ってたけど……引くわー、逆に」


 ぷるぷると肩を震わせるテディ。その震えのせいで、胸からずり落ちたカズヤ。頭が、ふとももに着地する。


「起きろ、貴様! 殺されたいのか!」


 寝息を立てているカズヤの頭をどかそうとしたテディを、主であるスィエラが止めた。


「寝かしときなさい」


「し、しかし――」


「……罰がもう終わっていると思ったの?」


「ひっ……」


 ヒット四球ボークヒットホームラン四球四球ボークヒットボークホームラン四球ヒットツーベースホームランの恨みは深かった。


「どう思う?」


 スィエラが皆を見渡して尋ねる。無論、カズヤの反応のことだ。


「感触は、悪くなかったと思いますが」


 スィエラの質問に、ミーシャが答えた。


「あのー姫様、寝ている間に既成事実を作って、否応なく断らなくさせるのは、駄目なんですか?」


「駄目よ」


 一人の近衛兵の質問に、スィエラが即答する。


「自分に非がある人間は、決して実力以上の力を発揮することはなくなるわ。だから駄目よ」


「いや、こんな恰好までして、お預けをくらわすのはいいんですかい」


「彼は重度のシスコンだから、興味を持ってくれれば御の字だわ。まあ――不思議な事に、一番興味を持ったのは、レイだということだけれども」


 それには、レイ以外の女性陣全員が納得いかないことだった。


「当然でしょう。私が、この中で最年長ですから。大人の魅力と言う奴です」


 やや得意げな表情をするレイ。

 女性たちが納得いかないのは、そういうことではなかったのだが。


「まあ、ともかく、明日ね。彼に聞いてみましょう。やれるだけのことは、やれたと思うし……それで、駄目だったら、すっぱり諦めるわ」


「けど、姫様……飛空艇の鍵のことは、何も聞いてませんよ……」


「……それに関しては、私からも言いたいことがある」


「うるっさいわね。いいじゃない。出来なきゃどのみち駄目なんだから――」




 どん!



 突然、玄関から大きな音がした。


「何?」


「今日は貸し切りなはずだけど?」


 どん!


「大方、酔っ払いが家でも間違えてんでしょ。放っとけばいいわ」


 どん! がしゃーーーん! 


 そばにあった内装とともに、玄関が破壊された。

 その破壊されたドアを蹴飛ばし、赤毛のツインテールが肩を怒らせながら歩いてくる。


「カズヤは、どこ!」


「あらあら、これは……アーニャ・ベルモント様。セントサイモンから、どうしてここに?」


 現れたのは、カズヤの姉であるアーニャ・ベルモント。彼女は息せき切らして来たようで、息が荒い。

 じろり……と店内の様子を見たアーニャは、スィエラに視線を合わせて、睨み返した。どうしてここに? は答えず、逆に質問する。


「一体、何をしているの?」


「歓待ですわ。見て分かりませんか?」


「そんな姿をして、どうやって歓待するのかしら!?」


「あなたには分からない歓待かと思われますわ」


 余裕たっぷりに、微笑むスィエラに、アーニャは怒りの声を上げる。


「破廉恥だわ! 破廉恥で、不潔だわ!」


 これにはハイペリオンの近衛兵達もたまらず、言い返そうと思ったが、よくよく自身の姿と先ほどまでの行いを考えればその通りであり、押し黙ることとなった。


「カズヤを、返しなさい」


「どうしてかしら? 彼はハイペリオンに行くことを決めたわ」


 え? とスィエラ側の人間は困惑する。

 カズヤはそんなことは一言も言ってなかったし、先ほどスィエラも「明日聞く」と言っていたではないか。

 というか、もう自分たちのやることは終わっているのだし、この姉に返すべきなのではないか。


 また始まった……とげんなりしているのは、昔からスィエラをよく知るテディ、ミーシャ、レイの三人だ。


 スィエラは、普段は頭の回転が速く、案外聡明なのだが、戦闘モードに入ると絶対に後退しない性格なのだ。ギャンブルと戦争をさせてはいけない人間だった。


「嘘だわ!」


 アーニャが叫ぶ。


「嘘ではありませんわ。賭けても宜しくてよ?」


「……カズヤ! 起きなさい!」


 しかし、泥酔しているカズヤはテディの膝の上で、寝息を立てているだけだった。


「……ちょっと、あなた、さっきから何なの?」


 カズヤの元へ向かおうとするアーニャに、スィエラは右に左に、器用に立ち塞がっていた。


「ハイペリオンに行くのですから、貴女が連れ帰ることはないのではなくて?」


「あなたの言うことが本当なのかどうか、カズヤに確かめなくちゃいけないじゃない」


「寂しいのは分かりますわ。でも、そろそろブラコンから卒業しないといけないのではないかしら? 弟相手だなんて、非生産すぎませんこと?」


「色情魔のあなたに言われる筋合いはないわ」


「……っ」


 色情魔。今の姿から見れば、全く言い返せないはずなのだが、スィエラは言い返す女だった。


「あなたは、そのような貧相な体つきですので、羨ましいのは分かりますけれど?」


「――い、今そんなこと関係ないでしょ。どきなさいよ」


「カズヤ様に相手されないでしょうねえ、そんな体では……」


「関係ないって言ってるでしょ! どきなさい!」


「嫌だわ」


「ど・き・な・さ・い!」


「お断りします」


「……」


 しばらくの間。言うなれば嵐の前の静けさであることを、この場の誰もが予感していた。


「……やろうっ、っていうのかしら? 宮廷魔術師見習いのあなたが、このあたしに?」


「化けの皮がはがれたわね、恥知らず女!」


 魔力光。


 スィエラとアーニャとが、勢いよく両手を組合い、力比べを始める。


「……ふ、さすがは田舎者の貧相な体の持ち主ね。あたしは、まだ、四割の力も出していないわ」


「また嘘!? どう見ても全力じゃない! ……あたしはまだ二割も出していないし」


 アーニャが左手を外し、鞭のようなしなりでスィエラの頬へと向かう。


 それを、、恐るべき反応速度でスィエラが捌いた。


「魔法格闘術か……あの女、なかなかやるぞ」


 ミーシャが感心し、レイが同意した。


「ふむ。姫様と互角とはな」


「ちょっと! ちょっと! そこのお二人! 感心していないで、止めてくださいよ!」


「馬鹿言うな。巻き込まれれば、下手したら死ぬぞ」


 魔法格闘の使い手同士の戦いは、恐るべき速度で行われる。止めに入った者が、大怪我をしたというのは有り触れた話だった。


「それに、二人とも、相手を怪我をさせぬように戦っている」


 それはそのはずで、アーニャとしても一国の王女に対して怪我などさせることは出来ない。

 スィエラもアーニャはカズヤの姉であるので、傷一つつけることは出来なかった。

 先ほどの力比べは、お互いの力量を確かめ合うためのものだ。


 これくらいの速度の突きならば、躱してくれる。


 これくらいの打撃ならば、受け止めてくれる。


 ……という大体の感覚を、その時、彼女らは理解したのだ。


 そして、彼女らが目指しているのは、何とか怪我をさせずに、相手を屈服させることだった。とても面倒くさいことを、やってのけようとしているのだ。


 しかし、力は互角――そのため、スィエラが取った行動は。


 びりびりびり


 アーニャの服を破くというものだった。


「何するの!? し、信じられないわ!」


「まあ! 貧相な体だこと!」


「最悪だわ……! この女……!」


 アーニャも負けてはいない。


 スィエラの手をかいくぐって、胸元に手を伸ばした。

 

 びりびりびり


 メイド服に似た何かが、音を立てて破かれた。


 しかし、スィエラは腰に手を当てて、胸を張るのみである。


「あたしには、恥ずべき場所は一つたりとてないわ! 貴方と違って!」


 隙だらけだ!


 その隙をアーニャが見逃すはずがない。


 瞬速でスィエラの頬っぺたに手が伸び、頬を抓る。


「……どう? これでどっちが上か、分かったかしら?」


 そのまま上に捻りあげれば、哀れスィエラの右頬は引きちぎれてしまう。


 だが、そこまではアーニャはしない。せいぜい、普段の力で捻りあげるだけだ。


「っっ~~!!!!!!!???」


 声にならない悲鳴を上げて、スィエラは頬っぺたを押さえてうずくまってしまった。


 これにはアーニャが驚いた。

 そんなに強くひねったつもりはなかったのだ。


「ちょっと……大丈夫?」


 うずくまるスィエラに、膝をついて背中をなでるアーニャ。

 瞬間、スィエラの両手がアーニャの両頬を掴んだ。


「!?」


 気付いた時にはもう遅い。


 なんという演技力だろう。勝利のためには、一度頭を下げることも厭わない。スィエラはそういう女だった。


「いたた! 痛い!」


 今度はアーニャが悲鳴を上げる番だった。最も、スィエラは身体強化の魔法を使っていないので、相応の握力でだが。

 だが、アーニャも負けてはいない。スィエラの両頬を掴む。


「~~っっ!!(なあに? その程度なの? あたしの力は、半分も出しちゃいないわよ)」


「っっ!!!(笑わせてくれるわ。実は、あたしは、一割も出しちゃいないんだから)」


 テレパスで会話する二人。

 恐るべき低レベルの喧嘩ではあった。呆れて、他のメンバーは残った料理と酒を片付けながら、それを観戦していた。


 これを止めれるものは誰一人――いや、いた。


 テディはこの争いがカズヤを巡るものだと思い出した。


「ああああああアーニャとか言ったかしら! 返すわ! この男!」


 カズヤを引きずって、テディはアーニャに押し付けるようにカズヤを渡した。

 ヒット四球ボークヒットホームラン四球四球ボークヒットボークホームラン四球ヒットツーベースホームランを覆す、見事なファインプレーだった。

 ところが――


「は・な・し・な・さ・い・よ!」


「お・こ・と・わ・り・だ・わ!」


 スィエラとアーニャの二人の間にカズヤが割って入ったものだから、スィエラが右腕を、アーニャが左腕を掴んでの引っ張り合いとなっていた。


「――何やってるのよ! 手伝いなさい、あんたたち!」


 スィエラが怒鳴り、ハッとなった他の人間は、協力をすることになった。アーニャに。


「何やってんのよ、あんたら!」


「姫様。ここは、引くべきです! というか帰りましょうよ! いい加減!」


 いい加減、このような騒ぎは終わらせるべきだ。そのためには、一旦、カズヤをアーニャに渡した方が良い。


「後でどうなるのか、分かっているんでしょうね、あんたたち!」


 と、その恐怖に負けた者がスィエラ側につく。


「どうします? レイ殿?」


「知らぬ」


 傍観者を決め込んだ年長者二人。こんな争いに、関わりたくはないのだ。


 悪口雑言が響き、阿鼻叫喚のカオスになっていく中、そこに、救いの手が入口より現れる。


「……一体、これは何の騒ぎです? アーニャ?」


 オッドアイの優しげな瞳が、その惨状に眉を潜めた。



「……カズヤさん? 起きなさい」


 恐るべき悪夢の中――優しげにゆすられて、俺は目を見開いた。


「おふくろ……ああ、いや? お母様?」


 夢の中にまだいるのか!?


 辺りを見回す。何故だか服が破れているアーニャさんとスィエラ王女。何故だか睨み合っている。そして、スィエラ王女の家臣の人たちもいる。

 それら全員が、壁を背に一列に整列しているのだ。何とも奇妙な光景だった。

 ……何が起こったんだ、一体。


 というか、なんだって体の節々がこんなに痛いんだ


「あなたは、まだ未成年者なのだから、お酒を飲んだら駄目よ」


「いえ、お酒など、飲んだつもりは……」


「言い訳はもっと駄目だわ」


 おでこにこつん、と人差し指を当ててくる。


「……お母様は、どうしてここに?」


「スィエラ王女に、あなたの説得をして欲しいと頼まれてやってきたの」


「説得――?」


 アリーシャさんは、俺に尋ねる。 


「カズヤ。あなたは、ハイペリオンとラフレッチェ。どちらに行くのかしら?」


 目的を達するために、己を捨てるか。


 それとも、目的を達せられるかわからないが、自己満足を求めるか。


 答えは、出ている。


「俺は、お母様には悪いけど、ハイペリオンに行くよ」


「何で!?」


 満面の笑みを浮かべるスィエラ王女の横で、アーニャさんが尋ねる。


「それは……その、俺は、男だから」


 パーン!


 頬っぺたを平手で叩かれた。


 え? え? 何で?


 と尋ねようとするも、アーニャさんは涙を浮かべていて、全く、聞けなかった。


「大っ嫌い! ばか! ばか! スケベ!」


 彼女は背中を向けて、目をこすりながら早足で出て行く。


「……何て言おうとしたの?」


 アリーシャさんが尋ねる。


「俺は、男だから、自分の力を試してみたい、って言おうと思いました」


 アンダースローは、面白い。


 その面白さを、もっともっと感じたいと思う俺がいたのだ。


 それに、必要とされているというのは、やはり気分が良いものだ。


 スィエラ王女の断言が、俺の中の迷いを断ち切ったのだ。


「あの子ったら……いいわ。カズヤさんは気にしなくて。後は私が取り成しておきます」

「はあ」


 正直、あの優しいアーニャさんに叩かれたのは、ショックであった。


 何かよっぽどのことを、俺は仕出かしてしまったらしい。


 そんな俺の元に、スィエラ王女が近寄ってきて、手を握った。


「このあたしについてきたら、絶対、良い目をみさせてあげるわ!」


 何だか山賊のお頭みたいな物言いに不安を感じたけれども……まあ、とにかく、頑張るしかない。


 アーニャさんのことは、きっとアリーシャさんが何とかしてくれるだろう。



 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ