第二十二話
この男はマザコンであり、シスコンだ。
あのラフレッチェの試合の日、スィエラは目ざとくカズヤのグラブに刻まれている名前を見つけていた。
最低最悪のチームだと自分でも思っているハイペリオンと、常勝チームのラフレッチェを比べれば、どっちに入りたいかなんて明白だ。
それを、こちら側に引き込むにはどうするべきか――
その作戦を練る時に、カズヤが、マザコンであり、シスコンであることを思い出したのだ。
母親と姉とに説得させれば、彼もこちらに覆るのではないか。
三日、カズヤに近衛兵を見張らせてラフレッチェに接触をさせなかったのは、その説得の時間稼ぎであった。
まず、スィエラは母親のもとに飛び、あの時に起こったことを包み隠さず話し、謝罪した後、ハイペリオンに行くメリットを話した。
結果、アリーシャは納得し、カズヤの説得に同意してくれた。
しかし、姉の方は、真っ向から反対した。
彼女は想像以上にブラコンであり、カズヤが遠い国に行くから、反対したのだ。
これはスィエラの誤算であった。
シスコンであるカズヤが、姉の反対を知ったら、絶対にハイペリオンに来てくれない。
「――だからって、これ、なんですか」
テディは、用意された衣装を見て、嫌そうな顔を隠さずにスィエラに聞いた。
「そりゃそーよ。シスコンを治すには、これくらいやんなきゃ」
スィエラの息のかかった女性全員に、この改造メイド服を着させ、接待をするのだ。
これだけの女がいれば、一人か二人は好みのタイプは出来るはずだ。
「奴は、色仕掛けが通用するとは思えないのですが」
レイが進言し、ほかの近衛兵も同意した。
「我々が近くにいようとも、何も手をつけようとしませんでした」
「それは……重度のシスコンだわ」
事は重大になってきた。真剣な表情で、自分が作らせた改造メイド服を見る。
「スカートにスリットをいれたらどうかしら?」
「ひ、姫様! 私はこれで十分だと思います!」
テディが進言してくる。
「そうかしら……?」
「ええ、そ、そ、そうでしょうとも! 必ずや、我々の魅力的な体に、きゃつは陥落することでしょうとも」
「あからさまに見えたら、興奮しない人間もいると聞くわね」
と、納得し、スィエラはこの改造メイド服で作戦を決行することになった。
「まあ、奴のシスコン云々は置いておいて、しかし、本当にハイペリオンに来てくれるのでしょうか?」
「来させるのよ」
当然のようにスィエラは言った。ため息を吐くレイ。
「奴は、使い物になるかどうか、分かりませんぞ。それでもですか?」
「そーよ。当たり前じゃない」
美しいものに目が無いのが、ハイペリオンの血統だ。
「でも、姫様、あれくらいの美少年は、吐いて捨てるほどいますわ」
別の近衛兵が言ったのを、スィエラは苦笑して、黙った。
カズヤ・ベルモントは確かに美少年だ。
しかし、ただそれだけでスィエラの心は捕えられない。
三日前、スィエラは見たのだ。大きく足を踏み出しながら体を沈みこませ、浮き上がってくるボールを放つ、あのアンダースロー。
一球見ただけで、一目惚れをしてしまったのである。
そしてそれが、まだまだ粗削りであることが、何よりも魅力的だった。
まだまだ美しくなっていく可能性を、カズヤ・ベルモントのアンダースローは持っているのだ。
「一発勝負よ。二度目はないわ。各自、死ぬ気でカズヤ・ベルモントを篭絡するのよ!」
「乾杯!」
もう何回目の乾杯なのだろうか。グラスのジュースを飲み干し、すぐにまた注がれる。
姫様直属の人たちが、代わる代わるやってきて、俺とグラスを合わせてくる。
そのたびに、「乾杯とは杯を空にすること」と言ってきて、俺はグラスを空けることになる。
何だか大変なことになってきている。
目のやり場が、胸、太もも、胸、太もも、胸、胸で全くない。いや、あった。
「……何だ?」
レイさんの所には、そんなものはない。ここが、唯一のオアシス。癒し場だ。
「あら? カズヤ様はレイがお気に入り?」
「いや、お気に入りとか、そういうことじゃなく」
「パメラ、代わってあげなさい」
「はーい」
と、俺の隣に座る人が、不満そうな声でその場を離れ、代わりにレイさんがやってきた。
「あ、代わるなら、私が……」
「テディ! あんたは座ってなさい!」
と、立ち上がりかけたテディさんが、苦悶の表情を浮かべつつ、再び座った。
「……何を笑っている」
じろり、と細い目が俺を射抜いてきた。
「いや、笑ってなんかいな」
「いーや! 笑ってるわ! 今もそう!」
食い気味にテディさんが言ってくる。
笑っているつもりじゃない。
なんというか、心の底から楽しいのだ。女の人に囲まれて、かなりいい気になっているんだろうか……?
いや、いや。駄目だ。邪な気持ちでは。
これは、俺の歓迎会。そして、このメイド服に似た何かをはハイペリオンが客人を歓待する正式な礼装。
さらに言えば、俺に対する別れの会でもある。そんな気持ちで、彼女らを見てはいけないのだ。
しかし、何だか頭に靄が立ち込めているようで、だんだんと頭が鈍くなってくる。風邪かもしれない。今日、寒かったからなあ……
「どうしましたかしら? カズヤ様?」
スィエラ王女が聞いてくる。
「いえ、ちょっと……何だか風邪を引いたみたいで」
「それはいけないわ。ミーシャ、あれ持ってきて」
「はっ」
と、ミーシャさんが奥に消え、飲んでいるボトルとは別のを持ってくる。
「これを飲めば、風邪などたちどころに消えて無くなりますわ」
と、グラスに注いでくれた液体は、何だか変なにおいがする。
「なんか……お酒臭いですね、これ」
「薬ですもの。そういうものですわ」
そうだっけか? いや、確か、お酒のような薬があったような。この世界? 前世? やばい。分からなくなってきたぞ。
ちょっぴり飲んでみる。う……凄まじく苦い……けど、胃から喉にかけて、カーッと熱くなってきた。
体が温まって、効きそうではある、が。
「こほ、こほ、こほ!」
せき込んでしまった。こりゃ、本格的にやばい。頭がふらふらしている。
「ちょっと、皆様にうつるのは、まずいので、これは、今日は、帰らせてもらえませんか」
「いけませんわ。かえって危ないかと思われます」
「しかし、皆様にうつるといけないですし」
「そんな軟な鍛え方をしておりませんわ……それよりも、お料理をお食べになって? 消化に良いものがいいかしら? レイ、食べさせてあげて」
確かに、お腹は減っている。頭がフラフラだけど、体調が悪いわけじゃないのだ。一体どういう事だろう?
「何が食べたいんだ?」
レイさんが尋ねてくる。
「いえ、気持ち悪くはないんで……なんでも食べれると思いますが。自分でやりますし」
「気にするな。ほら、食べろ」
と、レイさんが俺にフォークに刺さったお肉を突き出してくる。何だか悪いなあ、とは思いつつも、体が思うように動かないのだ。それに、風邪を治すには栄養を取らなければいけない。俺はひな鳥みたいに、彼女に食べさせてもらうことにした。
「……ところでカズヤ様? どうして、ハイペリオンではなく、ラフレッチェに行こうとしているのかしら?」
突然、スィエラ王女が聞いてきた。
「それは――」
いつもなら、気を遣って言葉を濁すというのに、何故だかすらりと言ってしまっていた。
極端な貴族主義。
世襲制によるポジション。
色々言った後、俺は、言った。
「俺は、プレアリーグに優勝するチームに入りたいですから」
「――なるほど」
もぐもぐと、咀嚼し、飲み下す。そのころを見計らって、レイさんが料理を持ってきてくれた。
「あーん、しろ」
はい。
「実は――私共は新たにチームを作ろうと思っているんですの」
もぐもぐ。ごくん、と飲み下して、尋ねる。
「新たに?」
「ええ。ハイペリオン国内のみならず、群島や小国、このセントサイモンまで選手を募ろうと思っていますの」
「一体なんでまた?」
新たにチームを作る意図が分からずに、尋ねてみる。
「プレアリーグに参戦しようと、思っておりますの」
「プレアリーグに!?」
心底驚いた。スィエラ王女が頷く。
「残念ながら、我々のリーグのレベルは低く、観客も閑古鳥。それならば、いっそのこと国内に見切りをつけて、力を結集し、プレアリーグに参戦した方が、宜しいかと思ったのですわ」
「しかし……」
それに関しては、大きな問題が立ちふさがっている。
「移動はどうするんです?」
現在、プレアリーグのチームは年間でホームゲームとビジターゲームで三試合ずつ、計四十八試合。春から秋にかけて、一週間に一~二試合でやっている。強行軍をすればいけなくはないかもしれないが、しかし、どのチームもセントサイモンからハイペリオン国内への移動は、嫌がるはずだ。
さらに、今、試合数を増やす協議をしていたはずだった。
「大丈夫ですわ。飛空艇の鍵を、解き明かしましたから」
「「「「「「「え!?」」」」」」」
スィエラ王女以外の全員がスィエラ王女に視線を向けた。
スィエラ王女は鋭い目で全員を睨むと、慌てて、彼女らは目線を外した。
「飛空艇、ですか」
ハイペリオンを調べる時に、セットで覚えていた。
飛空艇とは、大昔の魔法兵器であり、それは、ハイペリオンの王宮地下深くに眠っているのだとか。
しかし、そこは来るものを拒む迷路になっていて、未だかって飛空艇へとたどり着いた者はいないのだという。
そこにたどり着くために、ハイペリオン王家に代々受け継がれてきた一冊の本がある。それが、『飛空艇の鍵』と呼ばれる本だ。
千年もの間解かれなかったその本の謎を、解き明かしたとスィエラ王女は言ったのだ。
「それは、凄いですね」
確かに飛空艇であれば、砂漠を越えるような強行軍をしなくてもよくなる。
「ええ。それにより、移動距離の問題は解決いたしますわ。死の砂漠を越えられるのですもの……ま、プレアリーグ参戦と引き換えに、その技術を供与しなければいけないのですけど」
「え!? ひ、姫様、そんな約束をしてしまったのですか!? 飛空艇の鍵など、解き明かしては――」
「……テディ」
はっとテディさんが顔を青ざめさせた。
「解・き・明・か・し・た・の! 二度も言わせないで!」
「も、もも、も申し訳ございません!」
それで、とスィエラ王女は尋ねてきた。
「できれば、カズヤ様にも入ってもらえたらと思うんですけど」
「いえ、でも――俺の心は、決まってますから」
「アンダースローが、他人の物になっても?」
「――」
ぐさり。
そんな音が、頭の中で響いた。
考えないようにしていたけれど、分かる人には、分かる。
「何のことでしょうか?」
とぼけると、彼女は、俺の瞳をじっと見返して、言った。
「だって、そうでしょう? 貴方は、魔法が使えないのですから」
そう、なのだ。
結局、それに至る。どう足掻いても。
魔法を使えないアンダースロー使いよりも、魔法を使えるアンダースロー使い、どちらが需要があるの
か、明白だ。
アンダースローは、確かに適性や素質が必要だと思う。
しかし、この世界で俺以外に適性がいないわけがない。
この世界でアンダースローが有効だと知って、真似をする人間もいるはずだ。急速に、普及する可能性さえあった。
「ラフレッチェが貴方を取ろうと思ったのは、貴方にアンダースローを教わろうと思ったからだわ――まあ、いくばくかのお金が渡されるとは思うけど? あなたは、それで満足なのかしら?」
「……まいったな」
セントサイモン国王の願いを叶えるのは、どんな形であれチームに残っている人間だ。
俺は、最悪、アンダースローの習得を交渉材料に使おうとは思っていた。アンダースローを教える代わりに、チームに残らせてもらうのだ。
それで、俺の目的は達成できる。
「そして、アンダースローが普及するにつれ、急速に対策が立てられ……使えなくなる可能性があるわ。その時、あなたはどうするのかしら?」
現実のプロ野球と同じことが、この世界でも起こる可能性があった。
「その時に、あなたのアンダースローが、誰にも打てない物になっていなければ、話は別でしょうけど」
「あのラフレッチェの二番と三番は、お前が魔法を使えないとは、知らなかった」
隣のレイさんが追い打ちをかけてくる。
魔法を使った変化球や剛速球のことが、彼らの頭の中にはあったのだ。その選択肢が初めからあるのとないのとでは、全然打撃は違ってくる。
「この三日、お前のアンダースローを見ていて、まだ奥がある、と私は感じた」
レイさんが更に言葉を連ねる。
「私は、アウトを取るのに、優れた変化球や、素早いボールは手段の一つでしかないと思う。どんな球でも、三振は三振で、凡退は凡退だ――そこに、お前のアンダースローの光明がある気がする」
「……どういうことですか?」
「私はハイペリオンに所属しているのでな。ラフレッチェに行くお前に、アドバイスは送れない」
まあ、そりゃ、そうか。
ハイペリオンは、プレアリーグに参戦するのだ。
こんなことを言ってもらえるのは、実際、彼女らが良い人だからだろう。
「それに、はっきり言って、今のお前は、使えないのも良いところだ。コントロールが安定しない、変化球が曲がってこないのもそうだ」
それは、この三日で思い知らされていた。
完成したとばかり思ったアンダースローには、目に見える範囲でも改良する余地があった。
「とはいえ、ハイペリオンに来たとて、アンダースローが通用するかどうかは、保証はできないがな」
はっきりとレイさんは告げた。
「これは、よく考えるべきだ。ラフレッチェも案外、お前を育てようと思っているかもしれんしな」
「……ん、んん!」
咳払いするスィエラ王女。それを見て、ふーとレイさんはため息を吐く。
「――まあ、強豪であるラフレッチェがお前を我慢して使ってくれるかは、可能性が低いだろうがな」
「しかし、あのラフレッチェに勝てますか?」
俺がハイペリオンに行くとしたら、その問題が立ちふさがる。
「確かに、ラフレッチェとは99点の差がある。それを、一点づつ詰めていけば、最後には逆転できるはずでしょう?
もし、カズヤ・ベルモントがあたしたちの元に来くるのなら、その点差を埋めるのはもっと早くなるとあたしは思うわ。そして、ハイペリオンは、決してあなたを見捨てない。
あなたのアンダースローが、あなただけのアンダースローになるまで。このあたし、スィエラ・ハイペリオン・クロノスが保証するわ」
気持ちの良い断言を、スィエラ王女はしてくれる。
正直、これは、かなり心が揺れ動いた。
ここまで、俺を必要としてくれたことが、かってあっただろうか。
「……カズヤ?」
……結局どっちにするかだ。
目的を達するために、己を捨てるか。
それとも、目的を達せられるかわからないが、自己満足を求めるかだ。
……文字にしてみると、全く、どっちを選べばいいかなんて自明の理なのだけど。
俺は――




