第二十一話
「カズヤ殿は――ハイペリオンを出る気か?」
お店を出ると、ミーシャさんが尋ねてきた。
「えっと、まあ、そうなりますね」
「そうか……」
見るからに気落ちするミーシャさん。
「え、えと、まあ、その、リーグは違いますし」
「残念だな」
「……」
だって、貴方のチームに入っても、未来がないんだもの。なんて、言えるわけがない。
そもそも、プレアリーグの優勝チームに入ることが目的なわけだし。
「ああ、いたいた」
気まずい空気の中、あまり会いたくない人に出会う。
レイ・レイモンド。ラフレッチェの試合で捕手をしていた人だ。
彼女はここ三日間の間に、俺のトレーニングに付き合ってもらっていた。
まだまだアンダースローには改良しなければならないところが多く、この三日間、彼女にアドバイスをもらっていたのだ。
「……? 何だ、どうした?」
不審そうに見上げてくるレイさん。
「いえ……えっと、レイさんは、こんな所で何を?」
「お前たちを探していたのだ。姫様が呼んでらっしゃる……案内しよう」
なんてグッドタイミング。
さすがに、王女様に断りを入れずに、立ち去ることは出来ない。
このまま会えなかったら、どうしようかと思っていたところだ。
レイさんに連れられた先は、繁華街からかなり離れた場所だ。
「本日貸し切りってあるんですけど?」
そのお店に貼られた紙に、そう書かれてある。
「お前の歓迎会をするつもりらしい」
「えっ? あ、いや――」
俺はミーシャさんに視線を向ける。
つい先ほど、ラフレッチェに入ることが決まったというのに。
「姫様は、お前が他のチームに入ろうとも、この会を取り下げようとは思わぬだろう」
「何? どういうことだ?」
と、ミーシャさんに尋ねるレイさん。実は……と先ほどのことを話した。
「姫様は、短気でガサツで向こう見ずの嘘つきだが、器は大きな人だ。確かに、我々のチームとあそこでは、比較にならない位に実力が違うのだしな」
と、レイさんが言ってくれる。何だか酷い言われようだ。
「それは我々が保証しよう。ただ、ラフレッチェに行くことは、お前が言わねばならない」
だよなあ……
まあ、どうせ会わねばならないのだ。
覚悟を決めて、俺は店に入る。
「……我々は、着替えねばならないので、ここで失礼する」
がちゃん、と内側から鍵をかけて、二人はすぐそばの階段を上がっていった……何で今鍵をかけたんだろう? 着替えって何で着替えるんだ?
「間に合ったのか……?」
「それは、私たち次第と言ったところだ」
二階に上がる二人の間から、そんな声も聞こえてくる。ともかく、スィエラ王女様に会わねば話が進まない。俺は奥の方へと歩を進めた。
照明がやたら薄暗く、目が慣れるまでに時間がかかった。
お店の内装は座席の殆どを隅にどけていて、中央に大きな丸いテーブルと、それを囲むようにソファがある。
「ようこそ、カズヤ様」
「ああ、どうも、スィエラおう……じょ!?」
彼女はメイド服を着ていた。いや、メイド服に似ている何かか。胸元が大きく開かれて、スカート丈も短い。何だってこんな服を着てるんだ、この人!?
「さあさあ、お座りになって。どうぞこちらに」
と、手を掴まれて、困惑する俺をよそに、やや強引気味にソファに座らせれた。
その対面に、スィエラ王女様は座る。……この丸テーブルは、高さが低い。よって、彼女の膝から上がここから見えるわけだけど。スカート丈が短いせいで、太ももが露出している。
「あの、どうして、そんな服を着ているんですか?」
「こちらが、お客人を歓待するための、正式な礼装ですので」
と、微笑むスィエラ王女様。
「そ、そうなんですか……?」
この世界に転生して、色々、びっくりする文化とかあったから、それに比べれば、ということはあるけど……
とにかく、目のやり場に困る。
「何を飲まれます? 成人をお迎えになられるので、お酒でも構いませんわね?」
「あ、いえ。その、お酒は……」
「あら、そう? テディ! カズヤ様に例の物を!」
「は、はい!」
と、呼ばれてきたのは、スィエラ王女様と同じメイド服に似た何かを着ているテディさんだ。暗がりでもわかるくらいに、耳まで紅潮しているテディさんは、スカートを抑えながら、奥から登場してきた。
「……見るな、私を」
殺意を込めた目で俺を睨んでいる。慌てて目線を反らした。意外に、胸が大きい……
「丁度いいわ。テディ。あなた、そこでカズヤ様のお酌をなさい」
「ひ、姫様! それは……その、ご勘弁を」
「……ヒット四球ボークヒットホームラン四球四球ボークヒットボークホームラン四球ヒットツーベースホームラン」
何だその呪文。
「……」
顔を赤くさせていたテディさんが、一気に青ざめる。
「よくもまあ、あたしの顔に泥を塗ってくれたものだわ」
「あれは、その……」
「その、何? このあたしが、お姉さまに拝み倒して、先発投手に抜擢したテディ・クライス? 何かしら言い訳があるのなら、聞きましょうか? それは、勿論、ノーアウト満塁で登板し、無失点に抑えて頂いたカズヤ様にお酌をしなくてもいい理由なんでしょうね?」
「~~っっ」
苦悶の表情を浮かべるテディさん。そして、キッと俺を睨んでから、黙ったままグラスにボトルの中の液体を注いでくれた。
「乾杯」
手を伸ばしてきた王女様のグラスに、自分のグラスを合わせる。
果汁ジュースかな?
飲んでみると、すっきり甘くて、美味しい。この世界で甘味は貴重で、食べる機会がない。一気に飲み干してしまった。
「テディ」
「……はい」
と、赤い顔のテディさんがスカートの端を押さえながら、お酌をしてくれる。
「あのーボトルを置いておいてくれたら、自分でやりますんで」
「……」
じろり、と恨めしい目で見られる。彼女とは、この三日間、いつもこんな感じだ。何か、怒らせるようなことをしたのだろうか。
「宜しいですわ、カズヤ様。これは、彼女への罰なのですから……それよりも、料理はまだかしら?」
「台所を使い慣れておりませんので。今しばらくかかるかと」
奥の方では、何やら喧騒が聞こえている。そこで、料理が作られているのだろう。
料理、か。本格的な歓待ムードになる前に、俺は言わねばならないことがある。
「……あの、スィエラ王女、さっき、ですね。このような事が……」
と、俺は先ほど起きた事を話した。
「そう……アルバ王女様が……それで、カズヤ様はラフレッチェに?」
「えっと、そうですね」
「残念だわ。本当に……」
微笑みながら、彼女はグラスを傾ける。
……良かった。怒ってはいないみたいだ。
これで、心置きなく、ラフレッチェに行ける。
それでなのか、気分も何だか良くなってきた。
「それでは、カズヤ様のラフレッチェの活躍を祝って、乾杯」
チン、とグラスを鳴らせる。いつの間にか、ボトルが空に……結構飲んでしまっていた。うーん。でも、このジュース、かなり美味しい。飽きることが無い。
「お待たせしましたー」
奥から、料理が運ばれてきて――!!?!?!???!!!!!
やってきた全員が、あのメイド服に似た何かを着ている。
「もう始まったか……」
と、入り口側から入ってきたミーシャさんとレイさんもだ。
そして、料理を置いた後、テーブルを囲んでいるソファに座ったのだった。俺は、否応なしに、メイド服に似た何かを着た集団に囲まれることとなった。




