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とある異世界転生者のアンダースロー  作者: 村山良朝
アンダースローと99点分の重み
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第二十話

「ようこそ、ハイペリオンへ!」


 三塁側ベンチに帰ってくると、そんなことを王女様が言って来た。

 もう満面の笑みで、ここに来た時とは雲泥の差である。

 どうやら、テストは合格らしいのだが。


「……あのー、ハイペリオン、ってなんですか?」


 俺は、気になっていた疑問を呈す。……ん?

 俺の両脇を、先ほどまで一塁とレフトを守っていた女性が固める。


「な、なんですか?」


 困惑する俺をよそに、彼女らはにこりと微笑むだけだ。


 一人の女性が、王女様に近づいて言った。


「姫様、ラフレッチェの王女、アルバ様が至急お会いしたいと申しておりますが?」

「ええ。そうね。そうだわ。了解したとお伝えして?」

「畏まりました」


 それから、また俺に王女様は向き直る。


「えっと、あなた、お名前は?」

「カズヤ・ベルモント、ですけど……」

「カズヤ・ベルモント。あなたとは、改めてお話しさせてもらいますわ」


 ……さっきとは全然態度が違うんですね。

 まあ、話を聞かせてくれるのなら、何でもいいけど……それよりも、捕まえた宇宙人みたいに左右を固めているのか、かなり気になっているんだけど。


「お待ちなさいな、スィエラ! この男をどうする気ですの!?」


 と、サードを守っていた人が王女様に立ち塞がった。長い、腰まである黒髪の持ち主で、切れ長の目が、スィエラと呼ばれた王女様を射抜くように睨んでいた。


「無論、ハイペリオンにお連れするためですわ。お姉さま」


「馬鹿な事を。ハイペリオンが、どういう場所なのか、貴女も分かっているでしょう?」


「この試合の体たらくを見て、よくもまあ、そのようなことが言えますわね」


「……っ」


 お姉さま、と呼ばれた黒髪の女性が、スィエラ王女様を睨む。王女様のお姉さまだから、この人も王女様? 王女様が、野球をやっているのか。


 その瞳に構わず、スィエラ王女様は言った。 


「次のバッターはお姉さまではなくて? 早くいきませんと、主審の方に怒られてしまいますわよ」


「……」


 切れ長の目を不機嫌に細くさせて、彼女はバッターボックスへ入る準備をするべくベンチへ下がろうとして――すれ違いざまに、スィエラさんの肩にぶつかる。


「あ、痛……」


 いささかオーバーに転ぶ。いや、あんた、絶対わざとぶつかっただろ。


「……足が……折れましたわ」


 えええええ!?


「嗚呼、なんてむごいことを!」


「スィエラ様は酷いお方ですわ!」


 と、セカンドとショートを守っていた双子? の女の子が両手で頬を抑えながら嘆いた。いやいやいやいや!


「これでは、試合続行不可能だわ。医務室へ直行します」


「ああ、お可哀想なアマティスタ様!」


「ええ、帰りましょう帰りましょう。冗談じゃありませんわ、全く」


 と、彼女らはロッカールームへ続く扉の外へと向かっていった。お姉さまと呼ばれた人は、片足でケンケンしながら。


「……」


 その様子を、眉間に皺を寄せて、アヒル口で見守るスィエラさん。多分、呆れているのと、怒っているのと、両方の感情が浮き出ているんじゃないのか。


「……レイ、代わりのバッターを用意して」


 疲れた声で、レイさんに頼むスィエラ王女。レイさんは「心得ました」と敬礼する。


「私は、アルバと対決してくるわ。カズヤ様のこと、頼んだわよ」


 対決って……


 なんというか、さっきまで楽しい気分だったのに、どうにも剣呑な雰囲気に不安を感じてきた。

 ラフレッチェは、先輩後輩関係なく、和気あいあいとした職場だとウェザーが言ってたのになあ。



 それから三日が経った。

 あれから、なにも音沙汰がない。

 俺は、セントサイモンの最北の都市、デスモンドの宿にてボーっとしていた。やることがないのだ。


 トレーニングも済ませていたし、調べ物ももう終わっている。


 調べ物というのは、ハイペリオンのことに関してだ。ラフレッチェの図書館で、あの試合の翌日に調べに行ったのだった。


 ハイペリオンはこの大陸の最西端にある国。産業は宝石と鉱石。このセントサイモンへは、間に死の砂漠があるために、海路でなければ来ることは出来ない。


 ともかく、この国とは別の国らしい。


 そのハイペリオンの野球チームの入団テストに、俺は受かった、ということだ。


 どういった不思議な出来事が起きて、そういうことになったのか全く分からないが、ともかく、俺は断る気だった。


 プレアリーグに優勝できるチームに入らなければ、意味がないのだ……俺の望みを叶えるためには。


 それに、このハイペリオンのチームは実に酷い。弱いじゃなくて酷い。何故あんなに点数を取られたのか、俺はこの日、デスモンドで行われた試合を見て大変よく分かった。



 ・チーム内で派閥があり、敵対する勢力の足を引っ張るのが常。


 ・例えば、犠打を打っても、ランナーが走らない。


 ・同じように犠飛を打っても、タッチアップしない。


 ・極端な貴族主義。


 ・打線を弄ろうとしても、各名門貴族での世襲で、それぞれ打順が決まっているため、弄れない。


 ・同様に、ポジションもまた各家々での世襲で決まっており(投手の家は投手、ファーストの家はファースト)、変えることは出来ない。


 ・一応、そのポジションの人間が交代を認めれば交代できる。もしくは、その勢力のリーダーが。他は

如何なる相手でも交代することは出来ない。


 ・つまり監督は置物である。


 ・敵対する勢力の投手相手だと、守備時にエラーが出ない位に手を抜く。例えばダブルプレーが出来る

場面でしないとか、フィルダースチョイスを狙ってやるとか。投手からしたらたまったものではない。


 ・敵対する勢力の投手相手だと、四球を出すとわざわざマウンドに行って皮肉を言う。この試合で七回ほど起きた。


 ・レイがリードできなかったのはこのためで、捕手が球種とコースを投手に教えるということは、その

後の打球の予測が容易になり、敵対する勢力の野手側にもそれが伝わってしまうからだ。(これにはレイさんから弁解があり、リードをしたいのだが、味方側の野手から怒られてしまうので、出来ないとのことだ)


 ・そもそも個人記録のみ執着していて、勝つことはどうだっていいのが大半。


 そりゃあ、負けるよ。


 この日、ハイペリオンはデスモンドに65-2の完敗……よりも上位の負け方って何だっけ? よく二点もとれたもんだと逆に感心する。

 はっきり言って、少年時代の入団テストで急きょ組んだあのチームでも、このチームに勝てる。それ位酷い。


「えっと、王女様とは、まだ面会できないんですか?」


 俺は、宿の泊まっている部屋の前に立つ、女性に話しかけてみた。


 すらりと背の高い人で、長い髪をポニーテールにしている。腰には、剣を下げていた。ミーシャ、と彼女は名乗っていた。そのミーシャさんは、穏やかな微笑を浮かべて、申し訳なさそうに首を横に振った。


「申し訳ないが、姫様は多忙なのだ……」


「そうですか……」


 如何せん、相手は王女様であり、勝手に断ることは出来ない。


 そのため、仕方なく俺は彼らの遠征先であるデスモンドに同行することになった。


 一応、手紙を書いて、スィエラ王女様に渡そうとしたのだけど、取り合ってはくれなかった。「もう少しで、姫様にも暇が出来るので、直接言ってくれ」と。会えずに三日が経とうとしているのだけど。


 ただ、スィエラ王女様は、なんだかんだ良い人で、ベルモント家にはもう使いを出していて、俺がどういう状況なのかをもう話してくれているようだった。


 更に、物騒だからと、自分のところの近衛兵を宛がい、交代で俺を護衛してくれていた。彼女らは四六時中俺に付き従ってくれていて、おかげで、物騒な事は起きそうになかった。ただ、風呂やトイレまで付き合ってくるのは勘弁してもらったが。


 ……最初とは本当に、全然態度から何から違うよなあ。まあ、どうあろうと、俺がハイペリオンから離れることは、確定しているのだけど。


「……どちらへ?」


 俺が宿の部屋から出ると、ミーシャさんが尋ねてきた。


「ご飯を食べに」


「同行します」


 と彼女は俺の後ろをついてくる。この街は海に面していて、漁師が多いためか、荒くれ者が結構いる。彼女のおかげで、俺は無事、この街を安心に歩くことが出来た。

 まあ、王女様にお断りさえすれば、そんな苦労はないんだけどさ。



 びゅうう……

 宿を出ると、空っ風が吹いている。そろそろ、温かい物が美味しく感じられる季節である。ましてや、ここは最北の街。上着を着ていないと、寒い。


 デスモンドは海に面した都市であり、魚介類が特産だ。

 そう言った物を食べに行こう。魚介類を煮たスープ的な物とか。


 繁華街に入ると、がやがやと陽気な声と、人でごった返している。どこへ行くか……


 なるべく、居酒屋的な店じゃなく、食堂的なのがいいんだけど……ない。


 こんな夜遅くに、あまり遠くへ行くのも物騒だ。なるべく、陽気な声の聞こえないお店を選ぶ。


 お店に入ると、俺とミーシャさんの姿を見た者から、口を閉じた。


 先日、居酒屋風のお店でご飯を食べていると、俺を女と思った人がお酌をするように言ってきた。その時、ミーシャさんと一悶着あったのだ。


 それで、そういったお店は避けていたのだ。その関係者が、いるのか? 何やらぼそぼそ、耳打ちしている者が多数だ。


 やめておこうか……と思ったその時に、お店の人がやってきて、案内をされる。奥の個室に。ここは、VIPルームじゃないのか?


「ただいま、大変お店が混雑しているので、こちらのお席にどうぞ」


 へー。ラッキーだな。これで、酔っ払いに絡まれることはない。


「では、ごゆっくり」


 女中さんがお辞儀をして、扉を閉める。


「座らないんですか?」


 俺の隣に、ミーシャさんは立つ。


「仕事ですので」


 真面目な人だなあ。と感心していると、扉が開く。

 え? と思った瞬間には、テーブルに所狭しと料理が並べられていた。


「あの」


 俺が制止する間もなく、給仕の人達は料理を置いたら、さっさと部屋から出て行った。


 俺はミーシャさんと目を合わせた。どういうことだ? ミーシャさんも目を瞬かせている。それは、この事態が予想外であることを示していた。

 きい、と扉が再び開く音。ミーシャさんが、顔をしかめた。誰? と俺も扉の方を向く。


「ごきげんよう、カズヤ・ベルモント。初めましてかしら? と仰っております」


 二人の女性がそこに立っている。一人は、胸元の空いた紫色のカクテルドレスを着ていて、もう一人はメイド服に身を包んでいる。

 喋っているのは、メイド服の方だ。

 ドレスを着ている人は、短いカクテルドレスのスカートの端をちょっぴり抓んで、頭をぺこりと下げた。ふわふわの銀髪が、少し跳ねる。


「私は、ラフレッチェの第四王女、アルバ・セントサイモン・アエリア。以降お見知りおきを。と、仰っております」





「――では、貴方はハイペリオンではなく、ラフレッチェの試験を受けに来たということで、間違いありませんね?」


「はあ……」


 俺は、気のない返事をしてしまう。


 ナイフとフォーク、スプーンを使って第四王女のアルバ様は極めて上品に、優雅に、肉を、魚を、スープを、野菜を、根菜を口に運び、咀嚼し、飲み込んでいっているのだ。


 その食べっぷりに、俺は見入ってしまっていた。


 アルバ様は、右目を眼帯で覆われていて、左目で俺と料理とを交互に見ている。


「申し訳ありません。私、かなりおしゃべりするの、苦手ですの。それで、このような方法で喋らせてもらっていますわ」


 アルバ様は、テレパスで侍女に言いたいことを伝えているらしい。

 侍女にそんなことを言わせながら、アルバ様は丁寧に肉を切り分けて、口に運んでいっている。


「それで――貴方は、我がラフレッチェに入る意思がありますの?」


 ごくん。と喉が鳴るのが聞こえる。アルバ様の。


「そりゃ、もう」


 と相変わらず俺はアルバ様の食いっぷりに見入りながら、答えた。


「ああ、良かったわ。何せ、連絡が取れなくなったものですから……」

「えっと、すいません。まだ、ハイペリオンのお姫様にお断りしていませんでしたので」

「ああ、いえ。そちらの不備ではなく――おかわり」


 何だって?


「ああ、いえ、すいません。ちょっと、おかわりをお持ちして!」


 扉の外に向かって、侍女が口を開いた。


 見ると、あれだけあった料理が、見事に無くなっている。


「――そちらの不備ではなく、むしろ」


 と、侍女さんがミーシャさんを見る。

 何?

 何だこの間?


「お待たせいたしました」


 と、扉から給仕が現れ、ずらりと再び料理が並んでいく。


 料理が並べられるや否や、アルバ様は再び、ナイフとフォーク、スプーンを使って極めて上品に、優雅に、肉を、魚を、スープを、野菜を、根菜を口に運び、咀嚼し、飲み込んでいった。


「何せ、カズヤ様にお会いするのに、ここいら一帯のお店にお金を握らせなければいけませんでしたから」

「え? 何でです?」

「さあ、それは――ミーシャ様からお聞きした方が、早いかと思われますわ。私の口からは、とてもとても……」


 俺は、ミーシャさんを見る。


「理解しかねますな」


 まあ、そりゃそうだ。

 何だって、俺に会うのに、そんなことをしなければいけないんだ?

 ブルジョア的ジョークなのか……?

 王族ってのは、変人が多いっていうし……ていうか、今まさに、その変人を目の当たりにしているわけだし。


「ともあれ、お話がまとまりましたわ。明日、私共はこの街を発ちますの。宜しければ、一緒にラフレッチェへまいりませんこと?」


「えっと、それは、俺がラフレッチェの試験に合格したっていうことで合ってるんですかね」


「勿論。貴方は、うちのアダムとイルムを打ち取りましたもの。それだけで、うちとしては取る理由になりますわ」


「なるほど」


 俺は承諾した。

 というか、承諾するに決まっている。

 プレアリーグにおいては、常勝チームであり、セントサイモン国王に毎年のように謁見しているラフレッチェに入れるだなんて、まさに幸運だ。


「それで、宜しければ、夕食を共に――え? 姫様、こちらの料理は自分の物ですって? いえ、しかし――」


「あ、お構いなく」


 正直、この健啖家ぶりを見せられながら、食事なんてできそうになかった。というか、アルバ様、睨んでいる。取らないから。


 そういうわけで、俺はそのお店を出た。

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