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とある異世界転生者のアンダースロー  作者: 村山良朝
アンダースローと99点分の重み
20/30

第十九話

 場面は八回裏へと移り、順調に行けば後攻チーム最後の攻撃となる……まあ、先攻チームが九回表で逆転するビジョンは、全く見えないけれども。


「フォアボール!」


 ……俺がここにきて、一体何回目の四球なのだろう。

 先攻チーム、ノーアウト満塁で押し出し。

 ついにスコアは99-0となり、と同時に、王女様が肩をいからせながらやってきた。


「あんた、交代してもらうわ」


 それだけ言って、主審の元へと向かっていった。

 ……相変わらず、状況は分からないけれども。

 ここはラフレッチェであることは確かで、ラフレッチェのチームと相対しているということは、これが入団テストであることは間違いないだろう。


 俺が今からやるべきことは、この二番から始まるバッターを抑えることだ。

 マウンドへと向かった。ゆっくりと、内野の土を、踏みしめるように。もう夕暮れに近く、ナイターの照明が点灯していた。

 ぐるりと観客席を見渡す。久しぶりの風景だ……観客は、さっきよりも少なくなっていた。


「おい」


 足元から声がした気がして、下を向く。そこでまた驚いた。

 女の子だ。身長は俺の腰位の、まだあどけない少女がそこにいる。肌が浅黒く、瞳も髪もどんよりと黒い。

 キャッチャーマスクを被り、キャッチャーミットも持ってる。プロテクターだってつけている。キャッチャー? この小学校低学年くらいの少女が?


「今日お前の球を受ける、レイ・レイモンドだ」

「ああ、はい。よろしくお願いします……?」


 俺は困惑気味に応対した。それに構わず、レイは告げる。


「挨拶は良い。ともかく、抑えてくれ。頼んだぞ」


 とだけ言って、小さなキャッチャーは背を向けた。


「ちょ、ちょっと待って。サインは?」


 と言うと、レイは片眉を上げた。


「……この状況では必要ない。思うように投げてこい」

「えっと、リードをしてくれないということですか?」

「出来ないんだ」


 それだけ言って、彼女はホームベースを越えて、座った。

 ……まあ、確かに。俺のテストならば、この状況を俺が考え、投げろで合っているんだけど。

 何とも言えぬ、違和感を覚える。


「プレイ!」


 まあ、何であれ、抑えることだ。

 しかし、打者はアダム・テッド。都市対抗戦年間驚異の打率三割九分八厘、一発長打もあり、長打を打たれればランニングホームランを覚悟せねばならない走力がある。俊足豪打の凄い奴だ。

 その相手にして、この場面。ノーアウト満塁で抑えろと言うのである。……入団テストとしては、やっぱり厳しいよなあ。

 欲しいのは、内野フライ。ゴロは良くない。一番いいのは、三振だが。


「ふー……」


 いよいよアンダースローのデビュー戦だ。

 セットポジション。ランナーを見て、左足を上げて、腰を捻り、体を沈みこませながら、左足を大きく踏み出す。手首を体の方に曲げ、スナップを利かせて、投げた。


 スパ―ン!


 内角高めへ、ボールが収まった。


「ボ、ボール!」


 主審はおろか、アダムは驚きの表情をする。そりゃそうだ。下から浮き上がってくるボールなんて、初めて見たはずだ。


 第二球。


 もう一度、ストレートを放つ。浮き上がっていくボールがミットに収まる。


「ットライーク!」


 主審が手を上げる。アダムが主審を睨みつけて、「入っているのか?」と尋ねた。

 入っていない。先ほどと同じコースだ。主審が誤審したのだ。どうあっても審判は人間の目で行われるため、こういうこともある。

 もうけた。ならば、第三球。俺は、グラブの中で握りを変えて、投球モーションに移る。……頼むから、上手く変化してくれよ。


 投げた。


 一度浮き上がった球が、打者の内側を突くように沈み込んでいく。シンカーである。


 スパーン!


「ッットライーク!」


 見逃した!


 浮き上がってくると思っていたので、その虚をついたのだ。

 これでワンボールツーストライク。よしよし。追い込んだぞ。


 半信半疑だったアンダースロへの自信が、静かに確固たるものとなりつつあった。


 しかし、まだアウト一つとれていない。第四球は、よし、またあのシンカーで勝負だ。

 投球モーションに入り、投げた。

 

 あ。

 

 やばい。

 

 抜けた。

 

 棒球気味の真っすぐが、キャッチャーミットど真ん中に吸い込まれていく。

 アダムがバットをスイング――万事休す。

 鈍い音がして、打球が空高く舞い上がる。レイがマスクを投げ捨てて、落下点に入る。


「アウト!」


 キャッチャーフライ……危なかった。

 おそらくは、浮き上がってくるボールが効いているのだ。それで、目測が誤り、ボールの下を叩いてしまったのだ。

 次の打者が、ネクストバッターサークルからバッターボックスへ向かう際、アダムが何事か耳元で囁いた。

 何かしらのアドバイスを、しているのだろうか……


 三番バッターは、イルム・ウィリアム。アダムとは一枚落ちる打率三割二分。だが、ヒットが全てホームランという超怪力の凄い奴。

 当たれば飛ぶ。こんなに嫌なバッターはない。ましてや満塁の場面。


 ロージンバックを拾う。ぽんぽんと跳ねさせて、粉を手にこすりつける。


 ふーと深呼吸して、セットポジション。

 体を沈みこませて、地面に這うように腕をしならせる。


 スパーン!


「ッットラーイク!」


 このイルムは所謂待ち球のバッターであり、一球目は殆ど様子見で手を出してこないことを、俺は知っていた。何せ、ラフレッチェは常勝チーム。手本とするべく、パーシモンに来た時は観戦をしに行っていた。


 ましてや初物のアンダースローだ。遠慮なくストライクを貰った。


 さて、第二球……ここは、外角に外して様子を見よう。ただイルムは身長があるので、かなり外さないと腕が届いてしまう。

 念のために、スライダーを投げて行こうか。もしかしたら、振ってくれるかもしれないし。


 それを見越して、俺は投球モーションに入り、なげ……


 あ。


 ま た 抜 け た。


 完全なる暴投だ!


 外角というか、左バッターボックスの外側に、大きくボールが外れていく。


 え? えええええ!?


 レイが飛び上がっていた。驚くべき跳躍力で、外角に外れていくボールを素手でキャッチ。キッとレイの瞳が三塁方向へと向かった。

 レイから魔力光が発せられる。そのまま投げた!? 鋭い球が三塁へ転送。暴投に反応していたランナーは、慌てて帰塁するが、タッチ。


「アウト!」


 なんだそりゃ…… 


 思わずため息も出る。

 立ち上がったレイがタイムを要求し、怒り肩で俺に近づいてきた。


「カバーしろ、バカ!」


 あああ、そうだ。この場面は、ホームへカバーしに走って行かなきゃいけないのだ。レイのスーパープレイに魅せられて、棒立ちしてしまった。


「す、すいません。助かりました」


 思わず敬語も出てしまう。


「……あれ位、当然だ。我がゴブリン族ならばな」


 あ、レイさんはゴブリン族だったのか。

 いわゆる亜人の一種だ。

 ゴブリン族は手先が器用であり、素早い敏捷性がある種族だ。パーシモンでは、なかなか見ない種族である。


「そんなことより、お前」


 ぽん、と胸をキャッチャーミットで叩かれた。


「もっと腕を振ってこい。最初の一球だけで、全然腕が振れてないぞ」

「え? そうですか……」

「そうだ。打者に気おされて、縮こまっている……気持ちは分からんでもないがな」


 ふう、とため息を吐き出すレイさん。


「お前が野球選手のテストを受けに来たのは、姫様から聞いた。ならば、勇気を持って腕を振れ。全力投球できない投手に、未来なんてないんだ」


 それだけ言うと、再びレイさんはキャッチャーボックスへと向かっていく。


「プレイ!」


 主審の手が再び上がる。

 カウントはワンボールワンストライク、ツーアウトの場面。

 勇気を持って、か。

 俺は、再びセットポジション。意識する。何度も繰り返した投球モーション。左足を蹴りあげながら、腰を捻って、体を沈みこませる。左足を大きく踏み出して、手首を立てながら、投げる!


 ブンッ スパーン!


「ッットライーク!」


 フルスイングの空振り。まさに当たれば飛ぶという、凄まじい速度でバットが回転した。バットは、完全に球の下を通過した。

 この感覚。

 そうだ。これが、アンダースローのストレートだ。下から上に浮き上がっていく軌道、球速よりも打者には速く見える幻惑する投法。


 ようやく、思い出した。これが、あの時できたストレートなのだ。


 第四球目。


 スパーン!


「ボール!」


 内角高めに浮き上がってくるボールは、僅かに外れている。いや、外したのだ……誤審で取ってくれなかったか。


 ここで、ストライクを取りに行っては駄目なのだ。


 投手の経験からいうと、四球を怖がってストライクを取りに行くと、絶対に打たれる。いわゆる『置きにいったボールが打たれる』と言う奴だ。


 とにかく、厳しい所を突くのだ。


「ボール!」


 第五球目もボール。フルカウント……バッターもよく見ている。


 ツーアウトなので、打たれたら走られる。またボールなら、四球で満塁。カウントがリセットして、一からストライクを取りに行くことになる。


 ましてや、次は四番。ここできっちり抑えなければ、打ってくるのが四番という打順だ。


 だけど、ストライクを取りに行ってはいけない。


 イルムも、次は『ストライクを取りに来る』と思っているはず。


 アンダースローのストレートは、下から上に浮き上がってくる。


 ストライクと思ってバットを振れば、先ほどと同じくバットを振ってくれるはずだ。


 前の打者で、シンカーを見せたことも、効いているはずだ。


 まさか、四球続けてストレートは来ないと思っているはずだ。


 はず、はず、はず。


 まだ短い時間しか経っていないのに、額が汗で濡れている。手汗で滑らないように、ロージンバックを再び使うことになる。


 怖がるな。


 今、俺の一番いい球は、このストレートなのだ。本来、覚えたての変化球で打ち取れるような打者ではないのだ。前のバッタは、運で抑えられただけ――力で抑えなければ、この先、どうしようもない。


 とにかく、目いっぱい、腕を振れば、絶対に空振り三振を取れる。


 もはや祈りに近い信仰が、頭の中で占領している。


 セットポジション。


 第六球。


 ランナーが自動的にスタート。打たれれば不合格確実。嫌な予感を、思い切り腕を振ることによって振り払った。


 いっけえええええええええええ!


 地を這うストレートが、浮き上がりながら内角高めめがけて飛んでいく。

 

 ぶるん。

 スパーン!


「ッットライーク! バッターアウト! チェンジ!」

 

 悔しそうな表情で、バットをへし折るイルム。


 空振り三振。へなへなとマウンドの上で、力なく膝を折った。いやいや……あんたらさっきまで滅茶苦茶打ってたんだからいいじゃん。


 アンダースローがこの世界に存在しないことから、俺はこの投法を会得しようと思った。

 だが、威力を発揮しているのもさることながら、一つの思いがこの時俺に去来していた。 


 それは、アンダースローって、面白い! ってことだ。


 半人前の俺でも、超人のような打者を抑えることが出来たのだ。

 これが、もっと変化球を磨けば、もっともっと、強くなれる。

 ――まあ、やっぱり、アンダースローにみんな慣れていないから、なのだろうけど。

 でも、このアンダースロに、希望の光を見出すのは、十分な成果だった。


 楽しい気分は、ベンチに帰ってからすぐに失せることになってしまったけども……

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