第6話 康乃馨
「ミキ。
箱が動いたって、どれくらい動いた?」
「見た目は動かないけど。
持ってると、
箱の中に子猫か子犬がいるのかと思うくらい」
子猫か子犬の運動量なら、
確かに凄まじい。
「何より、
こうしてしまえばゾンビと言えど無害ですから」
モモセは嬉しそうに言う。
「まだ、実験段階で。
もっと安価に加工して、
もっと発電量があれば、
正式に稼働できるのですよ」
「……ゾンビの意識がどうなってるのか、
分からないのにか?」
ニシナはモモセをにらみつつも、
ドン引きした顔だ。
モモセははっきり言う。
「えぇ、分からなくてもですね。
まぁ、それは、ゾンビにならなくても。
動物のように死ねたとしても、
同じでは?」
「……まぁ、確かにな」
ニシナは言い返す気力も失せた。
モモセは本物のマッドサイエンティストだ。
ミキは箱を見つめながら。
「こんなサイズだと、
本当に電池だ」
「……ミキ、そこには気付くな。
俺、今からでも保険に入りたくなってきてるから」
身を粉にして、と言う諺があるが。
実際に粉にしても働き続けるのは、
ニシナには地獄より非道に見えて仕方がなかった。
「しかも、三十人三十一脚だよ」
「ミキぃ、言うなって……」
箱を机の上へ戻すモモセ。
それを見て、なにかに気付いたニシナ。
「待て。
俺らへの依頼って、
もしかして……」
「察しの良い御方だ。
えぇ、えぇ、えぇ、
そうですね。
お二人には『奈落』の調査をお願いしたい。
細かく言えば、調査のための装置を設置して、
カメラで装置を設置した周囲を五分間撮影してください」
『奈落』。
それは、垂直な大穴。
元々は自然に空いた自然洞窟。
その壁を鉄筋コンクリートで垂直にし、
穴を全て塞いだ。
さらに、底に雨が入ってたまらないよう、
建物で蓋をしている。
そして、ゾンビ発生当初の頃、
どんなに破壊しても動き続けるゾンビたちを
ここへ落として封じていた。
直径ニキロ、深さ十キロの地獄の釜。
今でも、
発電機に使われて重ね着を重ねすぎて動けなくなったゾンビは
奈落へ投棄される。
保険加入者以外のゾンビたちの最終処分場だ。
「五分?!
お前、マジか!?
そんなに長く生きてられるわけねぇ!
そもそも、お前らを信用できない!
俺らが降りても、
五分後に引き上げるかどうかは、
お前らの胸先三寸だろう?!」
ゾンビは、生きた人間の居場所を何故だか関知できる。
そんなゾンビが詰まった穴の底に行くなんて。
飢えた獣の檻に生肉を落とすような。
アリの巣の近くに飴を落とすような。
つまりは、悲劇しか想定できない所業だ。
「それは、大丈夫。
今回はかなり貴重な研究資料になるので、
貴方たちが死んでいても必ず回収します。
しかし、生きていてくれないと資料にならない。
こちらも全力でバックアップし、
戦闘員も数名同行いたします。
機材も全てこちらが用意する所存です」
モモセは契約書を開いて机の上に置いた。
数枚の紙にはぎっしり文字が書かれており、
内容のほとんどは二人を生きて帰還させることを誓い、
その為の用意は全て行うと言うものだ。
「それに、約束通り日帰りです。
上がってきたら、健康検査はしますが、
必ず家に帰して、心身の自由を保証します。
ボーナスも付けますよ?
今、ここに来られたら、
一人十万でしたよね?」
「二人で十万って聞いてるぞ?」
イチノセめ。
ニシナは口の中でそう呟いて噛み潰す。
モモセは、困ったように頭をかき。
「あー、そこから信用ないのですか。
なら、取っ払い、直接現金で。
お二人にはなんの帳簿にも付けなくて良いお金を、
ボーナスとして出します。
一人、十万分。
ここに来てくれた十万と別で、です。
もちろん、お二人の雇い主にも報告不要です。
お好きに使ってもらえるお金です」
三万円あれば、
一人暮らしの男性がなに不自由なく一ヶ月暮らせる。
バラつきはあれど、
月十万稼ぐニシナとミキはそこそこの高給取りだ。
その二人からしても、
完全非課税、報告義務なしの十万は、
魅力的だ。
ニシナは唸る。
ミキはニシナに向かって言う。
「命あってのお金だよ」
「ホント、それ」
モモセはさすがに焦り出す。
「確かに危険です!
ですが、この技術を確立させるためには、
奈落の底の調査が必要なのです!
人類のためなのです!」
「お賃金もらって、
東奔西走してるゾンビ屋に大義名分なんてないんだ。
ミキの言うとおり、
死んでも成すべきとは思えないしな」
ニシナとミキはきびすを返す。
モモセは二人の服を掴んで叫んだ。
「お願いします!
お願いします!
何卒!
何卒ー!」
「ゾンビまみれで逃げ場のない穴の底なんて、
生きて帰られる訳ねぇっての」
モモセは、最後の手段に出た。
「お二人に、
『中心街』の居住権を付与できます!」
ゾンビは、奈落と呼ばれる穴に投棄される。




