第3話 勿忘草
ゾンビになるのは、人類だけだ。
猿も、犬も、鳥も、虫も。
他の生き物は死んだら死ぬ。
たとえゾンビに殺されたとしても、
ゾンビにならずに死ぬ。
博物館に展示されていたミイラの半分はゾンビになった。
残り半分は偽物だとわかった瞬間だった。
即身仏は全部ゾンビになったが、
動いた瞬間骨から砕けた。
「あぁー……」
街の中を車を走らせる。
道の状態は悪い。
揺れるバンは、乗り心地最悪だ。
その上、瓦礫や廃車がその辺に放置されている。
それらを躱す度、ハンドルは左右に揺れる。
「……ぁぁ」
ミキはエチケット袋を手に握って、
窓から顔を出して青い顔をしている。
さっきからゾンビみたいな呻き声しか出してない。
見かねたニシナが運転席から後部座席に聞いた。
「酔い止めは?」
「……もう、……ない」
「……ざっ!
応答せよ、こちらへ……」
「何っすか?
イチノセさん」
割り込んできた無線をニシナが引っ付かんで応えた。
無線から聞こえてくる声は中性的だ。
「ニシナぁ、最後まで言いたかった」
「長くなるヤツと、短いヤツと、
アンタの気分しだいじゃねぇっすか。
仕事っすか?」
「もう、いぢわる。
Aの4444ルートで玉突き事故だ。
発生時刻はついさっき。
君ら近くにいるでしょ?
そばまで行って、待機してて」
事故。
つまり、死人が出ている可能性が高い。
「夏だし、暑いし。
早いと三十分くらいで動き出すから。
救急隊からの正式な要請もある」
「お給金は?」
「回収したらいつも通り。
回収なしでも、経費は出すよ」
「ケチんぼ!」
「褒め言葉さ。
ほら、いっといで」
ニシナは乱暴に無線機を戻して、
通信を切る。
「聞こえてたろ、ミキ。
仕事だ」
「あぁ~、う~」
「行くぞ」
ニシナはハンドルを切った。
五分もせず二人を乗せたバンが現場に到着した
「すみません!
この先、事故で……」
警官が先に到着していた。
交通規制を敷いて、車を迂回させている。
ニシナの車を止めて、運転席の窓から警官がそう言う。
ニシナは懐から許可書を取り出して、警官に見せる。
「うっす」
「あ。
ゾンビ屋さん。
車ごとこっち!」
警官がニシナの車を現場の近くに誘導していく。
ニシナは車を止めてバンの後部座席から、
ミキとムースのタンクを取り出して装着し始める。
「ミキ。
起きろ」
「ぅぅ……、わがっだ」
ミキはふらつきながら起き上がり、
ヘルメットをバンから取り出して抱える。
「出動なしなら……。
でも、結局車で帰んなきゃいけないのか……」
「『中心街』でもない限り、
まともな道なんて残ってねぇからな?
どこもかしこも、瓦礫とか陥没とか。
そもそも道がねぇとかだからな」
ミキはニシナの後をふらつきながらついていく。
六台の車が、
アコーディオンのように連なってつぶれて、
くっついてる。
事故はかなりの衝撃だったようだ。
周囲に救急隊たちと警官が駆け回る。
「要救護者!」
「あの中にいる!」
彼らは必死に生存者を探す。
それを傍目にあくびを食い縛り我慢するミキ。
救急隊たちはそれを咎めない。
この二人が暇である限り、
人命救助できるということだからだ。
しかし、非情にも。
「ダメだ!
開かない!」
「中に人影が見える!」
どうやら、
つぶれた車の中に人がいるようだ。
ニシナはホースをタンクから外して構える。
ミキもあくびをやめて、車へ向かって歩き出す。
救急隊たちは二人を悔しげににらんだ。
ここからは、死者の捕縛の時間だ。
「しまった!
動いてる!」
「い、生きて……。
ちっ! 違う……。
死んでる……!」
救急隊たちはそう叫んで車から離れる。
すれ違うニシナとミキに頭を下げて謝罪し、
皆遠ざかっていく。
「ミキ、車のドアひっぺがせ」
「ニシナ、ムースどこで撃つの?
車の外?」
「車の中だと取り出しづらいだろ。
ドア開けたらミキは逃げろ。
ゾンビが追ってきたら、俺が撃つ」
ミキが問題の車を覗き込む。
中で暴れている男が見える。
明るいはずなのに眼の瞳孔は開いており、
意味不明な叫び声をあげて暴れている。
そして、彼の胸には大きな瓦礫が突き刺さって背中に抜けていた。
どう見ても致命傷だった。
ミキはドアの隙間に指を入れ、
パワーアシストスーツを稼働した。
彼女のスーツの人工筋肉が隆起、膨張して、
服が破れる。
「ニシナー、行くよー。
三、二、一、ゴー」
ミキは掛け声に会わせて車のドアを乱暴に開けた。
中から男が飛び出してきた。
ミキは持っていた車のドアを盾にし、
男の身体を受け止めて道路の真ん中へ投げた。
起き上がった男の足元に、
ニシナがムースを放つ。
泡立って固まったムースで男の足が包み込まれる。
「よっと」
ニシナはホースを少し上に向けて、
男の腰、手、腕、肩にムースをかけて固めていく。
ムースを放出しながら男の背中側に回って、
背面もムースで固めた。
そして、頭もすっぽりムースで固めた。
「待って!
パパをどするの?!」
二人は声のした方に振り向いた。
そこには救急隊をふりきって走ってきた小さな少年がいる。
ニシナはあっけらかんと。
「お前のパパは、死んだ。
死んだから、ゾンビになったんだ」
少年が衝撃を受けた顔になる。
救急隊員が少年に追い付いて、救急車に連れ戻そうとするが。
「パパはどうなるの?!」
少年は暴れながら、ニシナを見てたずねる。
ニシナは探知機を懐から取り出して、
固まったゾンビにかざした。
何の音も鳴らなかった。
「このゾンビは、
発電所に行くんだよ」
「は……発電所?」
「あぁ。
お前のパパは、コレになる」
ニシナは少年に歩み寄って、
懐から取り出したそれを見せた。
単二の乾電池だ。
「ゾンビは発電所に行く。
そこで、発電機に繋がれて歩き続ける。
歩いて、発電する。
お前の見てるテレビも、ゲームも。
夜怖くてつけるトイレのライトも。
みんなゾンビが発電した電気だ」
救急隊員は少年にかけよって、
ニシナに怒鳴る。
「君!
子どもに何を言うんだ!?」
「そのうち学校で習うことだろ?
早いか遅いかの違いしかねぇ」
ニシナの反論に言いかせず、
唸る救急隊員。
少年はニシナにさらに聞いた。
「ゾンビは、皆?」
「あぁ、例外はあるけど。
ゾンビは皆、発電機に繋がれる。
発電機に繋がれたら、
朝も昼も夜も。
眠ることなく、食事もせず。
一切休むこともなく。
働き続ける。
そんでもって、
人が死んだら、皆ゾンビになる。
俺が死んでも、お前が死んでも。
ゾンビになって、発電機に繋がれて。
歩き続ける」
ニシナの言葉を理解してしまった少年は、
絶望の顔で失神した。
救急隊員は眼を伏せて、
黙って少年を救急車に運んだ。
ニシナはそれを見送って、
運ぶためにムースまみれのゾンビに縄をかけるミキに聞いた。
「小学校で習うのは、
三年の時とかだったか?」
「知らない。
学校行ってないし」
ミキはゾンビを抱えてバンへ連れていく。
ニシナもそれに続いた。
まだ死者は出そうだ。
ミキとニシナはバンの近くで待機することにした。
ゾンビは、発電所に連れていかれて、
発電機に繋がれる。




