第九話 魔剣
魔剣。
全ての地下世界に共通して埋蔵されている鉱石ニーア。それを主材料として造られる特殊合金の総称。
剣ではなく、合金。
「お前らこれが、魔剣だ」
「四角い……?」
シラハが隣で首を傾げている。魔剣、というからには剣の形を想像していたのだろう。
育て親が魔剣士ともなれば余計に、魔剣のイメージは凝り固まってしまう。
キリエとシラハは何の運命か、同じCクラスに配属された。なお、クラスはAからFまである。
彼の幼馴染であるヒナだけは別のAクラスであり、かなり心惜しそうにシラハと別れていた。出会って間もないばかりのキリエに、血走った目で肩を掴み『シラハに変な虫がつかないように監視して』と言って、去っていった。
「あれは魔剣の原型だ」
「知ってるの、キリエ?」
今キリエ達の目の前に置かれているのは、四方三十センチ程度の立方体。
金属特有の鈍色を輝かせて、前に立つ生命体どもを観察している。
キリエはシラハの疑問には答えず、ただまっすぐに魔剣を越えた先に立っている彼女を見る。
Cクラスの担任キョウカ。
黒スーツに一つに束ねられた長い黒髪。手にはハーフグローブが嵌められており全体的に漆黒を思わせる。
怜悧な視線は見た者の姿勢を自然と引き締める。現に今も彼女の説明を聞く同級生は、表情を強張らせていた。
ファッションセンスが奇抜であり、それを友人により自覚してからはこのような服装を常時している。
ちなみに、彼女はゲームのサブヒロインであり、年齢は確か二十四。
「初めて原形を見た者は、これが魔剣?と思うかもしれないが、正しく魔剣だ」
キョウカは近くにいた出席番号一番の男子生徒を手招きで連れ出し、彼を魔剣の前に立たせた。
どうやら実践しながら説明するようだ。
「魔剣とは何だ?」
「え、それは……魔物を倒すための武器……?」
「そうだな。ではどうやって魔物を倒す?人間よりも圧倒的な能力を持つ奴らにどうやって対抗している?」
男子生徒は答えられなかった。
だが彼が勉強不足だったわけではない。これを聞いている他の同級生も知らない様子で首を傾げていた。
キョウカは男子生徒に口を近づけて『痛むぞ』と言ってから迷わずに彼の手のひらを魔剣に当てた。
なんと強引な、とキリエは男子生徒に南無と念仏を送る。
「ッ!?」
彼が魔剣に触れた後、魔剣は発光する。
立方体に線が走り、その軌跡から光が漏れ出ている。
男子生徒は突然やって来た痛みに、声も出せずに悶絶しながら崩れ落ちる。
が、キョウカはそれを許さなかった。手のひらだけはずっと魔剣に触れて置かせ続けている。
「それで、答えを言うが魔物を倒すために、先人は魔物となることを選んだ。どうにかして魔物を倒し、その死骸を貪る……魔喰、と呼ばれる方法だ。その儀式は成功し、魔物を倒す力を得ることができた」
「ッ、が、ああっぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」
「だが、時を経るごとに魔喰をした者は、その身に宿ってしまった魔物の力に侵されることになった。精神の汚濁、身体の変化……つまり魔物に精神を乗っ取られてしまう」
昔、それによる事件が起きた。
結果として代替わりが起き、魔喰は魔剣士によって討伐された。
まさに歴史の転換点だ。
歴史の教科書にも確実に乗っている。
「そこで登場したのが魔剣だ。細かいことは省くが、こいつは魔喰を行わなければならなかった進化を、代わりに引き受けてくれる便利な代物でな。魔喰の悪影響をチャラにしてくれる」
ただし、とキョウカは苦悶の声を上げ続ける男子生徒を見る。
「疑似神経を繋ぐんだが……これがとても痛い。電撃ともまた違う、神経を直に弄り回されているような、内部に響く衝撃だ。大の大人が失禁するレベルでとんでもない痛みに耐え、そうして魔剣と疑似神経は繋ぐことができる」
私ももうやりたくはない、とキョウカは頭を振る。
そうして説明が終わった頃、男子生徒から苦悶の声は止み、代わりに魔剣に変化が現れた。
うにょうにょと、軟体生物のように動いてその形を変えていく。
すぐにそれはショートソードの形へと変化した。
「疑似神経が接続されると、このように」
キョウカは男子生徒を立たせて、ショートソードの魔剣を手に取らせた。
「接続者の最も適性のある武器に変化を遂げる。このような近接武器や、弓などの遠距離武器、魔剣は魔剣士の性質によって如何様にも姿を変える」
おお、とキョウカの所業にドン引きしていた同級生たちが感嘆な声を上げる。
キョウカは男子生徒の肩をぽん、と優しく叩いて言った。
「おめでとう、今日からお前も魔剣士だ」
「——はい!」
その言葉と同時に、俺も私も!と魔剣接続の志望者が殺到する。
キリエはマジかよ、とドン引きしていた。
もしかしてあの光景を見ていなかったのか、傍から見ても目を覆いたくなるくらいに痛そうだった。
経験者であるキリエは絶対に後悔するからやめておけ、と言いたくなったが魔剣士学院である以上、絶対に通過せざるを得ない地点なので言えなかった。
「ああ、言っておくが望んでいた武器となるわけではないぞ。あくまでも最も適性のある武器種だ。一般的に、武器種が変わることは無い」
その言葉はキリエと最初に実験体となった哀れな男子生徒以外誰も聞いていなかった。
うおおおおおおおおおお、という興奮の声にかき消され、キョウカは溜息を吐きつつ次の魔剣を運んで来た。
「キリエ、行こう!あー楽しみだ!どんな魔剣になるかな!」
「……俺は良い、あとで行くよ」
キリエは、例に漏れずシラハの興奮した様子に水を差すことなどできなかった。
後で行く、と嘘をついて。
キリエはもうすでに魔剣士である。魔剣士が他の魔剣に触れても、何の反応もない。キョウカが自身で実践しなかった理由でもある。
「……すまん、シラハ」
これから来る出来事に目を背けつつ、逃げるようにシラハから距離を取った。
シラハは、首を傾げてからしかしそれ以上は気にした様子なく列に並んでいく。
色とりどりの阿鼻叫喚の声が聞こえる中、キリエは気配を消す。
「この中で、主人公《お前》だけが特別だ。特別で、それゆえにお前は……」
そして。
「なっ……!?」
キョウカの驚きの声。
シラハは何が起こったか分からないかのように、目を白黒とさせている。
「魔剣が、反応しない……!?」
シラハは、魔剣士にはなれない。




