第六話 Q.
「何してんだ」
「偉そうな人のポーズです。社長とか会長とか、学園長とかがする奴です」
「違う、なんでこんな所にいるのかってことだ。そのゲ〇ドウみたいなポーズの意味は聞いてない」
キリエは想像だにしなかった人物が待っていたことに当惑を覚える。
大声を上げなかったのは親しい人が馬鹿をやっていることに対する気恥ずかしさからか、それとも単純に面接の場で体裁を取り繕ろうとしたためか。
キリエの反応が予想よりも薄いことに不満げにぶーたれながら、ヨルは長机に両肘をつき顎を乗せた体制から、姿勢を整える。
長机には現在、彼女以外に二人の老齢の男女がいる。
そのどちらもキリエの知る人物であった。
一人はこの世界で生きてきて覚えた知識によるもの、そしてもう一人はゲーム知識によるもの。
「……ほ、茶が美味い」
茶器を持って自身の口に傾ける男性。おおらかで、ヨルの行為に何も怒りを抱かぬ寛大な印象だが、実際にはただ現実逃避をしているだけであった。
それを証拠に茶器の中身は空である。
「王城学院学院長、安喜シシャ」
「……ほ?儂を知っておるのか?」
「自身が通う学校のトップを知らないわけがない。ましてや貴方は、現代英雄の一人ですから」
学院長シシャは静かに茶器を置く。
そして一つ、深く頷いてから言った。
「合格!儂を知っているとは何ていい子なんじゃ!」
「阿呆」
「あっ!?」
シシャの後頭部は雑に殴られた。
最後の一人の女性による攻撃。
しかし二人の間にはヨルが座っている。
位置的にシシャに攻撃は届かないはずだったが……。
女性はシシャにゴミを見るような目で見てから、キリエを見た。
黒眼帯に腰まで届くであろう長く、烈火のような赤髪。
深く刻まれている皺はしかし老化を感じさせず、歴戦の猛者としての圧を感じさせる。
「わぁしは栗栖イナ。そこの阿呆の発言は忘れてくれ、小僧」
栗栖イナ。
魔剣士の頂点の一角【細剣】。しかしシシャのように英雄として表舞台には立っていない。
ゲームでは戦闘に勝つことで、超強力なスキルである秘奥を授かることができる。
なおその戦闘は鬼畜難易度であり、レベルカンストでも対策ありきでようやく勝てる強さをしている。
「それで、ヨル殿がここにいる理由なのだが……まあ、なんというか、あれだ」
「シシャをぶん殴って脅しました。面接に同席させないと……って感じで。やはり師匠たるもの結果は気になるじゃないですか?そういうことです。……というかイナも同じようなものでしょうに、私だけに責任を押し付けないでください、今から名誉棄損罪で貴方を訴えます。覚悟の準備をしておいてください」
「ははは、それは怖い」
仲良さげに笑みを浮かべて話している二人。
キリエはシシャを見る。また茶器を傾けて啜っていた。もちろん空。
「二度殴られた……計三度」
現実逃避をしていた理由が思ったよりも可哀そうなものであり、キリエは何倍も年の離れたシシャを慰めてやりたくなった。
「……ねえ、面接始めて良い?」
「……はい」
そうしてわちゃわちゃとしている二人の女性を余所に、面接は始まった。
「ええと……名前は?あ、ちょっと待って」
シシャは時計を見る。
次いでキリエも見る。
そして、どちらも違和感に気付いた。
だが何も言わない。視線も送らず、ただ溜息を吐く。
「……次の子の時間に近づいておるのう。それなら巻きで行こうかの」
「良いんですかそんな適当で」
「良いんじゃ、まずの話この二人を通している時点でもうあんまし変わらん」
まあ確かに、とキリエは女性たちを見てからシシャに同調の頷きを返す。
「名前とか、そこら辺は知っとるし……ああ、あれがあるの」
シシャは目を細める。少し、室内の温度が下がったような気がした。
これまでの好々爺のような親し気な雰囲気は一度鳴りを潜め、嘘偽りは一片たりとも見逃さないという強かさが表に出る。
「どうして、お主は学院を目指した?」
「そこの師匠に言われたから」
取り繕うのは悪手だと判断したキリエは、嘘偽りなく王城学院を受験した理由を言った。
舐めた理由であり、キリエはそれだけで受験したのか?と追及されるかと思った。
しかし、シシャは頷くだけ。
肯定も否定もしなかった。ただそれをキリエの答えだと認めただけ。
「少しだけ、推薦状を書かされた際にヨル殿からお主のことは聞いておる。純粋じゃな。……それでは次で最後の質問じゃ」
――どうして、剣を極めようとしている?
キリエは、その問いに間髪入れず返した。
その答えはもとより得ている。ならば悩む必要はなかった。
「綺麗だったから」
「綺麗、とな?」
「俺は、諦めることが多かった。才能が足らない、時間が足らない、競合がたくさんいる……色々な言い訳を免罪符に、自分に諦めるように迫った」
でも、と。
シシャから視線を少し外し、中空を見る。
魂に刻まれたあの一撃を、世界を分かつ一刀を脳裏に思い起こした。
そして苦笑する。
「綺麗だと、思ったんだ。それに触れたい、追いつきたいって思った。だから俺は、剣を振るう」
今も心を焦がし続ける理想の一刀——初恋に手を届かせるために。
「……ふむ、そうか」
シシャは重く頷いてから、薄く笑う。
「合格、じゃ」
キリエはただ、頭を下げた。
「待て」
そして気付けば、和気あいあいと話していた二人がキリエを見ていた。
イナが待ったをかけ、長机を踏み越えてキリエとを隔てるものを無くす。
「なにを」
シシャが流石にイナを止めようとすると、彼女は視線だけで制した。
その手にはレイピアの形をした魔剣が握られている。
「何、少し試すだけだ。そうでなければ、ここに来た意味がない。ヨル殿にもしっかりと許可は取った」
「取られました~」
イナは視線を滑らせて、椅子に座っているキリエを見る。
「小僧、ヨル殿の弟子よ。これまで誰の弟子もとらず訓示も示さなかったはずの彼女が目をかけるお前に、少し興味があってな。………………一刀だ」
それはいつかの再現。
しかし相手と立場は違う。
今回は、キリエが振るう番。
キリエはそれをくみ取り、静かに立ち上がる。
椅子から離れ、向かい合う。
鯉口を切り、魔剣を引き抜く。
両手でしっかりと柄を握り、ゆっくりと頭上へと持ち上げていく。
半歩分片足を引き、上段の構えをとる。
(魔剣士の頂点、イナ)
相手を見据えた後、ふ、と軽く息を吐いた。
(——斬れる)
「「!?」」
「……ふふ」
振り、下ろ――。
「そこで終わりです、キリエ」
――す前に、ヨルによって止められた。
「力は示せたでしょう。イナ?」
「……ああ。理解した」
イナの額には、一筋の汗。
冷や汗をかいていた。
――あのまま迎えていれば、確実に死んでいた。
イナがいつしか忘れていた濃密な死の気配。
それを年端もいかない男が、思い出させた。
「くはっ……!」
イナは、それが喜ばしいことのように笑った。
ひとしきり笑った後。
「……ああ、これは土産話ができた!では私は去ろう!」
扉を乱雑に開け、その場を去っていく。
「……すごい嵐じゃった」
シシャはまた空の茶器を啜っていた。
そして、俺とヨルを見て軽く手を振った。
「退出して良いよ。ヨル殿ももう用は無いじゃろう?」
「ええ、ありません。本日はありがとうございます。凄い退屈でした!」
「ええ……殴られた意味……」
シシャは茶器を置いて、ヨルを見た。
正された姿勢から弱々しさは消え現代英雄の強さが垣間見れる。
「|《・》時の進みを速めていたというのに、退屈じゃったか?」
「!」
「ああまで堂々としていれば流石に気づく。ほれ、帰りはあちらじゃよ。……キリエ君、また会う日を楽しみに待っておる」
「はい、さようなら」
「私はどうなんです?」
「嫌じゃ」
最後にシシャは一発殴られることになった。
◆◇◆
イナは一人待っていた。
「くは、まさかあれほどの境地に至った者がいるとは……!」
『イナも同じようなものでしょう?』
ヨルの言葉。
それはイナに誰か弟子に類する者がいるということ。
「あ、おばあちゃんー!」
「お母さんと呼べ阿呆」
「あでっ!?」
廊下で待っていると、イナをおばあちゃんと呼ぶ少年が走って来た。服装からして、受験生のようだ。
イナはとりあえず殴ってから、頭を撫でる。
「試験はどうだった?」
「皆驚いていたよ。なんでかわからなかったけど」
「そうかそうか!」
少年の疑問には答えず、わしゃわしゃと頭を撫でる。
「……ん?おばあちゃん、何かいいことでもあった?」
「おばあちゃんではないが、あったぞ」
「え、何?おばあちゃんがそんなに笑ってるのほとんど見たこと無いから、気になる!」
イナはどうしようか、と悩んでから。
「秘密じゃ。そしてわぁしはおばあちゃんではない」
それに、とイナは先程の面接会場を見る。
もうそこには誰も居らず、とっくに帰ったころだろうが。
「案ずるな、すぐに分かることになる。シラハ」
「……そう?」
「ああ、楽しみだな」
その少年は、特別であった。
イナは彼を見つけ養子とし、育てた。
全ては、あの最強を越えんがする唯一を創るがため。
それだけがイナの生きがいであった。
特別な少年の名を、シラハ。
この世界の主人公である。




