第五話 お受験
「それにしても、この都市は本当に魔剣士がたくさんいるな。まあ、それを目的として造られたのだから当たり前だろうが」
本島にいた頃は外を出歩いても魔剣士なんてほとんどいなかった。
せいぜいが一人二人……これまでの生涯で見た数を、今日だけで優に越している。
「ふぅ……」
キリエはちょっとした野暮用を済ませた後、ヨルに指示された王城学院学区内のホテルで羽を休めていた。
手配したヨル曰く『どうせ寝坊しそうだから、王城学院から近いここに泊りなさい』とのこと。
困った子供を見るような顔が脳裏によぎったキリエは、スマホを叩き折りそうになった。
しかし理由はどうあれ代わりに手配して手間を減らしてくれた礼と、スマホの機種代がもったいないということでなんとか踏みとどまった。ちなみに後者が九割九分である。
「……浮足立っているな。やはり受験というのは緊張するものだよな……」
チェックインをする際や廊下を歩いていて他の宿泊客——要するに受験者とすれ違う時があったのだが、皆顔を強張らせて明日に備えていた。
見ているだけで心臓がばくばくと鼓動を増していった気がした。
自分一人だけぐっすりお眠りなんて、なんだか心苦しい。
「……瞑想でもするか」
しかし寝た。
めちゃくちゃ寝た。
瞑想なんてしなかった。
◆◇◆
十時間後。
受験当日、定刻となった。
周囲には山のように受験者がいる。「人」の文字を掌に書いては何度も飲み込んでいる者や、脚が生まれたての小鹿のように振るえている者、冷や汗だらだらで無理な笑みを浮かべている者、ぶつぶつと呪詛のような言葉を吐き続ける者など多様性に溢れている。
何せ王城学院だ。国内トップの学校にはそれはもうたくさんの志願者が集まるわけだ。世界にはいろんな人がいる。
「列に並んでください!ほら、そこ!急いでも合否は変わりませんよ!」
職員だろうか、必死に声を上げて浮足立っている受験者を諫めようとしている。
その中には船で出会ったタナカの影もあった。キリエとは魚人の一件で自然と別れていたが、元気そうで何よりだ。
「押さないで!皆さん、自分たちが持っている受験票に記載されている会場に向かってください!地図は張り出されていますので、ご確認をお願いします!」
キリエはタナカの元へと歩いていく。
必死なところ悪いけれどキリエは特殊な立場の受験生だったためだ。
「すみません、タナカさん」
「え!?……あ、ああ!あの時の!?」
タナカは自身の名を呼ばれたことに動揺していたが、キリエの姿を見てさらに動揺した。
「どうしてここに!?」
「?」
「ここは受験会場のはずだけど……魔剣士だよね、君!?」
ああ、とキリエは合点がいった。
彼はどうしてキリエがここにいるのか、魔剣士ならばどこかの学院に所属しているはず、そう疑問に思っているのだろう。
「俺は受験生です。中学三年生」
「嘘!?」
「嘘じゃない。それで、少し聞きたいことがあるんだけど、良いですか?」
「あ、ああ……まだ信じがたいけど、なんだい?」
キリエは懐から黒い封筒を見せる。
タナカが推薦状を認識した瞬間、目をひん剥き叫びたいのを我慢して周囲を確認する。
声量をほどほどに押さえて静かに聞く。
「どうして君がそれを……!?」
「さあ、俺自身も知りたいですよ。まあ、それはそれとして。こちらの会場はどこになるんですか?別なんでしょう、会場?」
タナカは動揺しながらも、付いて来てとキリエを案内する。推薦状がキリエの手元にある以上、案内をしないわけにはいかなかった。
一度別の職員に席を外す旨を伝えに行ってから、出発する。
理不尽にもめちゃくちゃキレられていたのは可哀そうだと、キリエは思った。
キリエは受験生たちの目線が自分を見ているのが分かると、肩を縮こまらせて『うちの馬鹿師匠がすみません。実質的に裏口入学です』とばかりに少しの罪悪感を抱いた。
「…………………………?」
ふと、キリエは視線の中から一際強い感情をくみ取った。
殺意、憎悪、敵愾心……流石にどれとは判別できないが、ロクな感情ではなさそうだ。
キリエはここまでの恨みを買った覚えはない。今の一瞬でここまで悪感情を持たれるわけもなく。
だとすれば一体、誰のものだろうか?自分は一体、何をした?
「ほら、行くよ?」
「あ、ああ。わかりました」
キリエの考えはタナカの声によって打ち切られた。
それと同時に視線の主はどこかへと移動していったようだ。そのせいで正体は分からずじまい。もう少し見渡せば見つけられたはずだった。
だが今は気づかずとも良い、自らの前に立ちふさがるのならば斬り捨てるのみ。案内されながら考えを改めて、あっさりとキリエは自分の考えをそう完結させた。
思考は単純。斬ることのみ。
徹頭徹尾、キリエはあの時ヨルが放った理想の一刀の事しか考えない。
「……ついたよ」
タナカに案内されて辿り着いたのは、大部屋の前。
扉、というよりも門といった大きさをした出入口は、キリエを圧倒させる。
周囲には推薦状を持った人はいない。
キリエは早く来たわけではないが……もしかして他の二人はもう終わったのだろうか。
そうキリエが不思議に思っていると、周囲を見回しているキリエの考えを呼んだタナカが答えを言った。
「推薦状を付与された受験者は、鉢合わせないように時間をずらしてあるんだ。」
「どうしてです?」
「問題が……起こってね」
ははは、とタナカは遠い目をする。何があったんだ、とキリエは少し興味を惹かれた。
しかしキリエが詳細を聞く前に扉の前に立って、コンコンコン、とノックをする。
「推薦状の受験者を連れてきました」
「了解した。入ってくれ」
タナカは一度頷いてから、キリエを見る。
「じゃあ、僕はこれで」
「ありがとうございました」
去っていくタナカの背に軽く頭を下げてから、キリエは扉に向き直る。
そしてふー、と深い息を吐いてから一気に扉に手を掛けた。
そして。
「——待ってましたよ、我が弟子キリエ」
「………………………………」
どうしてか、なぜか、中心にヨルが偉そうに座っていた。




