第十五話 魔力
――魔力漏出症候群。
全ての生物が生まれながらに持っているとされる魔力。
細胞が呼吸をすることにより、酸素を利用して魔力を生み出すことができる。
魔力は生物が生成する他のエネルギーとは異なり、独立していて通常の行動では一切消費を行わない。
ただ肝臓をはじめとする各臓器に割り振られ、一定量まで貯め込み続ける。
だがごくまれに、魔力を貯めこむことができない生物が存在する。
色素であるメラニンを吸収することのできない先天性白皮症のようなものであるが、その確率はさらに低い。
器、と表現すれば良いだろうか。
通常の生物は大なり小なり盃型の器を持っているが、魔力漏出症候群を起こしている生物は漏れなく掌である。
彼らは盃のようにも魔力という水を貯めこむことはできず、何もしなくても勝手に魔力は掌から零れ漏出を続けてしまう。
ただし、通常の行動では一切消費を行わない要素であることから、基本的な生活を過ごすうえでは何の障害にもなりはしない。
そのため、障害を自覚することなく生を終える者が大半だった。
『貴方は、魔剣士となることを選んだ』
魔力の使い道は数少ない。
その中の一つが魔剣の使用だ。
自身と魔剣とを繋ぐ疑似神経を魔力が通り、魔剣を通して身体能力をはじめとした能力の強化を行う。
疑似神経ではなく、さながら心臓のようだとは、誰の言葉か。魔力は魔剣士にとっては循環する血液であり、それゆえに必要不可欠なものだ。
魔力《血》が無ければ、魔剣士として貧血のでくの坊になってしまう。
魔剣士にとって、魔力量はどれだけ動くことができるのか。つまりどれだけの無茶が効き長期戦にも耐えられるのか、という重大な意味があった。
魔力量は魔剣士にとって才能を測る一つの指標なのだ。
もちろん魔力量は酷使したり、年齢を重ねるごとに増えていく傾向がある。
魔力漏出症候群の場合は永遠に増えることはない。
せいぜいが一呼吸の内に蓄えることのできる程度だった。
魔剣士としては下の下。
魔剣に接続できない者とほぼ同程度に、才に見放されたと言っていいだろう。
『一振り、それが貴方が一日に放てる最大回数です』
身に蓄えている魔力を使い切れば、身体はオーバーヒートを起こす。
そうするとしばらくの間、魔力を生成することができなくなってしまう。
魔力を一呼吸程度しか蓄えることのできない彼らは、ごく一瞬の魔力使用でオーバーヒートを起こしてしまう。
――キリエは、魔力漏出症候群を抱えていた。
『一振りで十分』
だがしかし。
魔剣士として最悪の素質を抱えながらも、それでも剣に魅入られたモブはやがて、頂きに手を掛けていた。
◆◇◆
「魔力量——73」
一人一人の魔力量が算出されていくうちに、キリエを見る目が変化していく。
最初は魔力量が1と言われても目安が分からなかったために、どんな反応をすれば良いか分からなかった同級生たちも、次第にキリエを哀れな存在として扱っている。
魔力量の測定が終わり、キリエを除いた最低値は53。
どの程度キリエの魔力量が無いのかが分かりやすく反映されているだろう。
「キリエ……」
最大魔力量を叩きだしたシラハが、今度は心配そうな視線でキリエを見た。
ほんの一時間前は立場が逆であった。
ただ、決定的に違うことがある。
「うん、なんだ?」
元の魔力量を知っているがために、キリエは傷つくことは無い。
憂鬱げな表情を見せていたのは単純に目立っていることが嫌だったからだった。それも、もうなるようになれと割り切った。
他の誰かに哀れまれても、見下されても確固とした自己を持つキリエはどうとも思っていなかった。
キリエの顔を見たシラハは、想像と違った表情に面食らう。
「えと、気にしてない、の?」
「あー、まあそうだな」
確かに、魔力量の違いをこうも知らしめられると羨望を感じ得ない。
キリエにも他と同じくらいの魔力量があったのならばと思うこともある。
だが不足を嘆く時はとうに過ぎ去ってしまった。
彼らと違い、キリエはずっと前から魔剣士なのだから。
「なんだそりゃあ!」
キリエの適当な言葉に憤りを見せたのは、横で話を聞いていたアモウだった。
熱血な性格を持っている彼にはキリエの言葉は見過ごせなかったのだろう。
「悔しくないのか?皆が皆お前を見下してるんだぞ?見返してやりたいとは思わないのか!?思うんなら、俺たちも協力する!一緒に見返して――」
アモウは顔をキリエの顔に近づけて捲し立てる。
そろそろ唾が飛んできそうなので、キリエは軽く押し返した。
そして言う。
アモウとは真反対の、いっそ酷く冷めた平坦な声色で。
「別に、どうでも良い」
「~~~~~~~~~~~~っ!」
アモウは歯を鳴らし、激情のままにキリエへと手を伸ばしかける。
直前で思いとどまって引っ込め、大股でシラハに歩みよった。
「シラハ、あいつとつるむのは駄目だ」
「!な、なにを!?」
「あいつには、上へ上り詰める気概が一切無い。逆境に諦めるだけで立ち向かうことをしない、ただの怠惰な人間だ。あいつとつるんでいたらシラハ、お前も駄目になっちまうぞ」
ゲームでシラハは気概を見せた。アモウの発破に応えて見せた。
だがキリエは、一切取り合わなかった。
それが全てであった。
「でも……キリエは友達だ」
「別に、普通の学校ならそれでいい。でもここは王城学院だ。魔剣士の学び舎だ。……英雄になるためにお前は来たんだろう?」
シラハは言い返すことができなかった。
心身共に成長したシラハならまだしも、まだ幼馴染のヒナくらいしか接して来なかったシラハでは不可能なことだった。
シラハはキリエを見る。
視線を元に戻してアモウを見る。
何度も何度も、見比べていった。
「キリエ」
「なんだ?」
「…………………………………待ってるから」
もちろん、一部始終をずっとキリエは聞いていた。
言いたい放題に自分を貶すアモウの言葉にもこれといった反応を見せずに。
シラハがやはりゲームと同じように進むことを選んだことに、微笑みを浮かべる。
もし彼の師匠が見たのならば『悪趣味な笑み』と多少の呆れ顔を見せてくれるだろう笑みだ。
「……ああ」
――俺が、待っている。
言葉にはせず、将来立ちふさがる壁になってくれるよう、期待を込めた。
どうか、俺に斬らせておくれ。キリエはそう願った。




