第十三話 焦り
当初はできることならば辞退したかったヨルとの共同生活だったが、少し考えてみればキリエにとって何よりも益となる提案だった。
メリットに比べれば、デメリットなどどうでも良いと吐き捨てられるくらいには良い提案。
「二手、遅い」
「がっ!」
「身体能力で負けている相手に、見てからじゃ通用しませんよ。予兆を掴みとって、相手が動く前に動きなさい」
ヨルの持つ麺棒が、両手で剣を持っているキリエの腕の間に通される。
防御回避は不可能。瞬間、顎を突き上げる衝撃。
首が千切れ頭が吹っ飛んでしまいそうな錯覚を覚えながら、たまらず強引にキリエは距離を取った。
手は震えていない、動きも問題なし。脳が揺れていないことを確認しつつ次に備えるために刀を握りなおす。
「!」
「距離の取り方はそれで本当に良いのですか?こんなふうに詰められた時はどうするのですか?」
「ぢぃ!」
顔を上げると、もうすでに眼前にはヨルがいた。
牽制交じりに刀を横薙ぎ。しかし、ヨルはそれを会釈のように少しだけ腰を折り曲げて、刀の軌道上にかざした麺棒で上へと逸らした。苦し紛れの一撃など怖くもないといった風に、キリエの攻撃を最低限の動きで封殺した。
キリエが刀を振り切った態勢になると、ヨルは一歩加速して間合いの内側に入っていく。
これでは刀を振っても当たらない。
「今のは致命的です。焦りが出ましたね」
「いいや?」
刀を振っても当たらないのならば、いっそのこと捨てる。
軽くなった両手を使い、麺棒を手で逸らし、力点を持ってヨルごと投げ飛ばす。
すぐさま捨てた刀を取り、向かう。
「先程のはブラフ……ではないですね。うん、立ち直りは良かったです。しかし、まだ一手遅い。私を投げるのならば、もっと遠くへと投げなさい」
背後から、でなければ、とヨルの声がキリエの耳に入って来た。
次いで風切り音。まずい、と自分の失敗を悟りながらも刀を拾い、振り向きざまに一閃する。
しかし、ヨルの一撃がそれよりも早く到達した。
「ぐっああ……!?」
「勝負あり、です」
脳天を勝ち割られたかと思う衝撃と痛みに、キリエはのたうち回る。
ヨルは息切れすらせずに、ふふんと得意げに鼻を鳴らしていた。
「キリエ、貴方は一刀を放てない状態になると途端に焦りが見える。精彩を欠いた動きは普段よりも読みやすい」
「ぐ、うう……善処する」
耳が痛い話だ、とキリエは頭からの鈍痛に呻きながら反省する。
今回キリエが耐えた時間は三分、普段万全の状態であれば倍の時間は耐えられた。
「だが、これは意味あるのか?」
「ありますよ。貴方の一刀は、確かに超強力な必殺ではありますがそれ以降が無い。外すことを毛頭から視野に入れていないことは覚悟の表れとして良いですが、外した後、それかまだ敵がいる時……精彩さを欠いた貴方の動きでは逃げることも耐えることもできなくなってしまうでしょう」
乾坤一擲、一刀入魂。
それこそがキリエの弱点だ。キリエには次の一刀が許されない。
ただ同時に、それゆえに一刀を必殺と昇華させることができたのだが。
「何といいますかね、最初から諦めムーブ全開と言いますか。勝てないと最初から諦めて投げやりになっている節があります」
「そりゃあ、攻撃に出れないなら勝てないだろ。防御一辺倒じゃいつまで経っても倒せない」
キリエがそう言うと、ヨルは「はぁぁ……まったくこの子は」と重々しいため息を吐く。
なんだか馬鹿にされているようで苛ついた。
「相手のスタミナが切れるまで耐えられればどうでしょう。ゲームのような表現になりますが、HPが残り1で耐えられた際、追撃を行うことができればどうでしょう」
「…………………」
何より、と。
ヨルは俯く俺の額に人差し指を当てて言った。
「敵を殺すことだけが、戦いではありません。勝利することだけが、戦いではありません」
「……どういうことだ」
キリエの疑問に、ヨルは答えずくるりと背を向けた。
「私はね、キリエ。貴方に学院で過ごしてその答えを知って欲しいのです。ある意味、誰よりも孤独な貴方に。答えは、私が言っても意味はありません、自分自身で見つけていかなければならないものなのです」
「……何も分からないが、分かった」
「良い返事です」
今は何もわからなくて良い。
キリエを背にそう呟くヨルの表情は分からない。
ただその声色だけは暖かく、そして慈しみのあるものだった。
「さ、もう暗くなってきましたし。今日はキリエと私の祝入居日ということで腕によりをかけましょう」
「あんた料理できるのか?初耳だが」
「逆にできないとでも?万能を越えて全能ですよ私は。というか私これまで一人暮らしだったので、家事は人並み以上にできます」
「………………」
「む、なんですかその眼は?」
「いいや、なんでもない」
その晩、ヨルの宣言通り食卓には豪勢な料理が並べられた。
「乙、なものです」
「何か言ったか、師匠」
「いいえ、なーにも?」
◆◇◆
「おはよう、キリエ」
「ああおはよう、シラハ」
学院二日目の朝、俺は横に視線を滑らした。
シラハの隣には高校生にしては出来上がった体格の男子生徒がいた。
日焼けした肌、制服の上でも分かる筋肉質な身体、焦げ茶色の頭髪。
「初めまして、か?」
「ああ、そうだな」
にかっ、と白い歯を見せて笑うその顔は、獰猛な獣のようにも思えた。
外見から好戦的な雰囲気が醸し出されている。
実際彼はゲームでは誰よりも前に出て、仲間を守るタンク役だった。
「俺ぁ、アモウだ。広瀬アモウ。よろしくなキリエ」
「よろしく、アモウ」
キリエはアモウと握手を交わす。
硬い手のひらだ。もうすでに何かしら鍛えてはいたのだろう。
ちらり、とシラハを見る。
どうやら無事にゲーム通り打ち解けられたようだった。
何よりだ、とキリエは微笑ましく思った。
「お前ら、着席しろ」
会話が始まりそうだったその時、勢いよく教室の扉が開かれた。
コツ、コツと靴の音を奏でながら歩く美人は担任のキョウカであった。
名簿表を教壇に置き、鈴のようによく響く声で彼女は言った。
「それでは、ホームルームを始める」
これより、本番が始まる。
「師匠の言葉を借りるならば、サプライズ、というやつだ」
キリエは誰にも聞かれないようにそう、つぶやいた。
この後に来る出来事をキリエは知っていた。
「早速魔剣の鞘が完成した。これから鍛冶課に取りに行くぞ。それが終わったら」
言葉を止め、キョウカはにやり、と悪そうな笑みを浮かべた。
それは、キリエの思い違いだったのかもしれないが少なくとも、そうとれる笑みだった。
「魔力量の測定を始める」
言っておくが、キリエの魔力量はカスである。




