第十二話 さぷらいず
魔剣の配布が終わった後、一時間半というアイスブレイクという名の休憩が挟まれた。もっともほとんど喋る者はおらず、精魂尽き果てたように荒々しい吐息が聞こえてくるだけだった。
またシラハの所属しているCクラスは、それに加えて彼というイレギュラーがいることも皆の口を閉ざす要因となっていただろう。
休憩が終わり、無断退出したキリエを除くCクラスは、担任であるキョウカの案内の元学院内を練り歩いていた。
接続した各々の魔剣は鞘を作成するために一度回収され、新入生たちは皆丸腰だ。
「おい、あいつ」
「ああ、魔剣が反応しなかったんだって?すでに持ってるわけじゃないんだろ?」
「本当にそんな奴がいるのか?嘘を言ってるんじゃ?」
「どこにそんな事を言うメリットがある?目立ちたがり屋でもしない嫌な目立ち方だぞ」
「俺Cクラスだけど、先生が言ってたから本当だぞ」
衝撃の事実からまだ復帰できていないシラハが、最後尾で俯きながら歩いていると、そんなことが耳に入って来た。
おおかた一時間半という時間で、比較的元気だった奴が触れ回ったのだろう。
「……………………………」
シラハは居心地が悪くて、さらに俯く。何の思いやりもない心無い言葉に、耳を塞ぎたくなった。
魔剣の配布までは確かにいたキリエはなぜか忽然と姿を消して、独りぼっちのようだった。
心細いが、かといって遠巻きにシラハを見ている彼らに話しかけようとは思わない。
悪感情……というわけではないが、明け透けに下に見ている視線を遣る彼らと仲良くできる自信がシラハには無かった。
ついに耐えかねて、ぽつりと名を呼んだ。
それは意外と、長く時を共にした幼馴染ではなく。
「……キリエ」
「なんだ、シラハ」
背後からの声、シラハは風を切るようなとんでもない速度で後ろを向いた。
そこにはキリエが立っていた。ホログラムとかじゃなく、本物だ。
「どうして?」
「?……って、ああ。突然腹が痛くなったんだ。トイレに駆け込んで済ませたときには皆いなくてな。し……り合いに行先を聞いてようやく合流できたってわけだ」
「一時間半も?」
「一時間半も」
シラハの言ったどうして?に意味は無かった。ただ無意識のうちに出た言葉で、キリエの納得するような意図はどこにもなかった。
その問答は歯車がかみ合っていないような可笑しさがあって、シラハは自然と笑みを取り戻していた。
キリエは何が面白いのか理解ができないと言った顔で、首を傾げていた。
「……それで、今はどんな状況なんだ?何一つ分からん」
「今は学院の施設を案内してる途中だって」
「へー、食堂とか?」
「それはまだ」
「……………そうか」
シラハは気付けば、自分を言う心の無い言葉なんて気にならなくなっていた。
◆◇◆
一通り学院案内も終わり、新入生たちは最後の場所である学生寮に来ていた。
マガツキが本島から離れた島にある以上、ほぼ全員がこの学生寮に住む。
学区内に家を建ててそこに生活する者もいるが、圧倒的少数だ。
少なくとも一年生の間、寮に住んでいないのは僅か二人だけだったとキリエは記憶している。
その二人とは、推薦状を貰ったヒナ以外のメインヒロインだ。
「……なにかを忘れているような」
ふと、キリエは嫌な予感が頭によぎったが、その正体を探し当てることはできなかった。
すぱっと悩むのを止め、キリエはシラハと共に学生寮に張り出された紙を見上げる。
よく見てみればそれは部屋割り表だ。
「あれ?キリエの名前が無い」
「確かに」
一瞬で、キリエはなんとなく自分の名前が無い理由を察した。
ポケットに入れていたスマホが振動し、取り出して通知を見る。
「ち」
思わずキリエは舌打ちをする。
メールの送り主は、ドヤ顔をかましているヨルであったためだ。
『王城学区2-4-89』
画像でマップが送られてくる。
『来てネ。さぷらいず』
狙いすましたこのタイミングで住所……恐らく……そういうことだ。
全てを理解したキリエは天を仰ぐ。
「キリエ?」
「いや、何でもない。どうやら俺は寮住まいじゃないようだ」
「え、そうなの?」
「そうなの」
これ以上、受験合格者番号を探すような真似をする必要が無いと理解したキリエは、代わりにシラハの名前を探す。
視線を右に左に、下に上に滑らせては無事見つける。
その隣にいる名簿を見て、一つ頷いた。
「ゲームと同じか」
学生寮は、基本的に一人部屋ではない。
二人部屋であり共同生活を行うのだ。
シラハのペアは、彼の相棒的存在。
魔剣が反応しなかったことで落ち込んでいた彼を励まし続け、シラハの才が開花したら共に戦う――ぶっちゃけほぼメインヒロインみたいなキャラだ。
「……………キリエ、いないのか……」
シラハは今は自己肯定感が駄々下がりして、捨てられた子犬みたいな心細い顔をしているが、それは全くの杞憂だ。
「大丈夫、相方は良い奴だよ」
「そうかな?」
確信をもって言い切ったキリエに、シラハはまだ心配そうにしていた。
「じゃあ、俺はそろそろ行かないと」
「あ……」
「うん?」
キリエが踵を返して、ヨルに指定された場所に行こうとすると、シラハが袖を掴んで止めた。
どうしたのか、とキリエが首を傾げていると、シラハは視線を彷徨わせては『ええと……』と迷っている様子だった。
でも、最後には頷いて。
花が咲いたような笑みを浮かべて言った。
「また、明日!」
「ああ、また明日」
◆◇◆
「さて、キリエ」
「なんだ」
指定された住所に向かったキリエは、仁王立ちしているヨルに問われた。
「師弟とは、なんでしょうか?」
「技を伝授してされる関係」
「違います」
「違くないが」
「違います」
ヨルの背後にそびえるのは、豪華な屋敷。
「師弟とは、共に歩む関係です!これまでは機会がありませんでしたが……もう違います」
と、いうことで。
ヨルは言った。
「これより私と、共同生活です。この屋敷はそのために買いました」
「……………………………………」
ノーを突きつける事は、不可能であった。
なぜならば、ノーと言えばキリエは野宿生活となるから。




