第十一話 魔剣士
魔剣士は、栄誉ある職業である。
昔話に出てくるドラゴンや鬼といった人知を超えた怪物を相手に大立ち回りを演じ、死闘の果てに敵を屠る。
全ては背に負う弱き者たちのために。
騎士のような清廉さ、侍のような果敢さをもって。
人々を守っている魔剣士には惜しみない賞賛と栄誉が与えられる。
彼ら以外に、魔物の脅威と立ち向かい人々を守る強者はいないのだから。
――そして、何より。
魔剣士とは、命を賭す職業である。
戦場に、栄誉は無い。
「ひ、いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
死の音が、第二地下世界ダンジョンに響く。
無限かと錯覚してしまうほどの薄暗い洞窟に、いっそ情けないくらいの怯えを携えて一人の男が走っている。
その形相は生きることに必死であり、汗と涙、そして血でぐちゃぐちゃになっていた。
足は疲弊を訴えるようにがくがくと震え、少し気を抜いただけでももつれて転んでしまいそうだ。
「く、来るなあああああああああああああああああああああああああああああぁ!来ないでえええええええええええええええ!」
彼の防具に付けられたブローチを見てみれば、学園都市マガツキにある日特学院所属だと分かる。
彼は比較的才能のある魔剣士だった。
周囲の煽てる声に乗せられて、ダンジョン十五階層——通称試練の間まで降りてきた。
それが間違いだったのだ。
マガツキを統括する中央塔が全学院に定める最低卒業資格。
それがダンジョン十五階層の踏破。故にここは試練の間と呼ばれている。
少し才能がある程度、ほんの少し前まで一年生だった男が踏み入れてはならない領域だ。
「ひっ、ひゅは、はっ……………………!うぐっ!?」
干上がるような息と共に、男はついに躓いてしまった。
地面に顔面からぶつかり、流す血が追加される。
少しだけ時間が遅く感じた。
多分走馬灯のようなものだ、と痛みの中茫然と男は思った。
だって、走るのを止めてしまえばもう。
そこで終わりなのだから。もう一度なんて、無いのだから。
男は抵抗を止め、生存を諦めて瞳を閉じた。
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「っ!?」
雄たけび。
どん、どん、と重量のある物体を落としたかのような振動と音。
振動が小さく、微かに男の体を振動させる。
どん、どん。
どん、どん、どん、どん。
音と振動は大きくなっていく。
「ブフゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!」
それは、決して逃れることのできない死の音色。
物体ではなく、ただの殺意を持った生命。
その生命こそが、男が必死に逃げていた死だった。
「っ、嫌ぁ!いやだいやだいやだいやだ!助けて、助けてえええええええええ!誰か、誰かああああああああああ!痛いのやだ!やだああああああああああああああ!」
男は力のあらん限りに叫ぶ。
洞窟に木霊するが、この場には男以外の魔剣士なんていなかった。
諦めていたはずの身体に、最後の火が灯る。
魔剣士の証明である魔剣なんて見ようともせず、地面に手を着いて足に力を入れた。
魔剣士として強化された肉体が、不可能を可能にする。
もうしばらくは動けないと自分自身でさえ思っていたのに、まだ動くことはできていた。
「あれっ?」
まだ、ギリギリで間に合うはずだった。
自身の血で濡れた地面を踏んで滑りさえしなければ。
道化のようにすってんころり。
またも顔面には、壁のような地面が見えた。見る見るうちに壁は迫って、顔面から激突する。
「あぎゃ」
そして、もう猶予は無くなった。
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ずしん、というあまりにも大きすぎる衝撃。
それを男のすぐ横を掠めた。
否、直撃していた。
「腕、うでがっ?いっだあああああああああああああい!いだいいたいいたいたいいたいいたい!」
最初に、腕を踏みつぶされた。蛇のような関節の多さになってしまった。
次に背。脊椎が折れて二度と立てなくなる。
臓器はその一撃で死に至り、かろうじて生きているだけの状態となってしまった。
幸いにも、限界を超えた痛みにより男はもう何も感じない。
ただ、寒かった。
「ぼ、おっ」
男は、弄ばれたのちに殺された。
肉は食われ、臓はぐちゃぐちゃに踏みつぶされ、脳髄をまき散らし最期を迎える。
唯一彼の持っていた魔剣だけが、まるで墓標のように地面に突き刺さっていた。
だがその証拠も、すぐに消え去る定めだった。
魔剣士は栄誉ある職業である。
だが、戦場に栄誉など存在しない。
少なくとも戦場にいる間、彼らは魔剣士ではなくただの人であった。
◆◇◆
ダンジョンは、階層型の地下世界だ。
一階層、二階層と下層へと降りる階段を探して降りていく。
下へと降りるほど階層の規模は広くなり、環境は激化、生息する魔物は強さを増す。
現在の最深到達階層は46階層。ゲーム知識と変わりないのならば、最深階層は60階層だ。
「……見つけた」
ダンジョン15階層。
一階層から止まらずに走ってきたキリエは一切として息を切らさず、目的地へと到達して見せた。
ショートソード型の魔剣。
静かに、地面に突き刺さっていた。
持ち主はどこにもいない。
が、乾いた血痕が周囲に散乱していた。
恐らく、魔物に喰われてしまったのだろう。
「申し訳ないが、貴方を家族の元へと連れていくことはできない。だから、すまない」
キリエは静かに一礼をしてから、魔剣に近づいて引き抜いた。
「あなたの無念は、彼が引き継ごう。だからどうか、安らかに」
どん、どん、という重低音が背後から響く。
その足音はキリエの方向へと進んでいる。
接敵するまでにそう時間はかからないだろう。
「彼には、貴方の剣が必要なんだ」
持ってきた白い布に、魔剣をくるむ。
壁に立てかけて、背後から迫ってくる足音に身体を向けた。
「代わりに、弔いを」
その姿が見えた。
ダンジョン十五階層における最強の魔物。
その姿は半人半牛。
神話になぞらえて、ミノタウロスと命名された魔物だ。
鍛えられた筋肉は鋼よりも硬く、下手な自動車よりも速く動く。一度狙った獲物をどこまでも追いかけていく。
さながら砲弾が永遠に迫ってくるようだったろう。
そんな怪物を相手に、魔剣の持ち主は死力を尽くして抗ったのだとキリエは思う。
薄く、胸のあたりに傷口が見えた。
「斬る」
「ブ、ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」
弔いの一撃は、魔剣の持ち主の付けた傷をなぞって。
なんの抵抗もなく猛牛を別った。
「……生憎と、俺ができる弔いなんてこのくらいだ。これ以上を望むのならば、どうか彼の力になってやって欲しい」
答える人はもういない。
だが確かに、キリエの弔いは届いたはずである。




