第4話
「なんだよ、図星を突かれて強がってんのか?おい、ナタリー。お前は本当はまだ俺に未練があるんだろ?見てみなよ、その青白い顔をした役立かずの伯爵といるより、俺と一緒にいた頃の方がよっぽど輝いてたぜ。今すぐ俺に泣きついて謝るなら、昔の情に免れて遊び相手くらいにはしてやるよ」
酔ったような慢心と、見栄と劣等感が入り交じった身の程知らずな妄言。ネイサンは周囲の好奇の視線に酔いしれ、自分が主役であるかのように大声で周囲へまき散らす。
「おい、テオ!こいつは昔から冷酷で傲慢な女だ!いつか足元をすくわれて、全財産を奪われて捨てられるに決まってる!」
そして、あろうことか彼は捨て台詞を吐き捨て、ナタリーの腕を乱暴に掴もうと手を伸ばした。
無遠慮に伸びてきたその汚い手が、ナタリーの肩に触れようとした瞬間だった。
ナタリーの肩に伸びようとしたネイサンの手は、しかし、彼女の体に触れることすらなかった。
「触らないでくださる?」
冷え切った、声が響く。
ナタリーは眉一つ動かさず、忌々しいものを見るような冷徹な眼差しでネイサンの手をぴしゃりと払いのけた。その動作には、かつて彼に捨てられて泣き寝入りしていた気弱な少女の面影などない。あるのは、愚行を繰り返す下劣な男を見下す、圧倒的な気高さだけだった。
「私に未練?あなたのような身勝手で品性の欠片もない男に、いつまでも執着しているとでも思ったのかしら。勘違いも大概になさい。あなたに捨てられたあの日の絶望は、今思えば人生最大の幸運でしたわ。あなたのような男と一生を共にせずに済んだのですからね」
淀みのないハッキリとした声音が、静まり返った大広間に響き渡る。ネイサンは顔を真っ青にし、言葉を失って立ちすくんだ。
さらに、ナタリーは視線を隣のジュリアとデイジーへと移した。その鋭い眼差しに、二人は思わず肩を震わせる。
「そして、あなた方。他人の不幸を肴に笑うしか能のないお人形さんたち。過去に多額の慰謝料を支払っておきながら、未だに反省の色もなく、他人の粗探しに必死になる姿は滑稽を超えて哀れですわね。そんな過剰なドレスと宝石で着飾っても、中身の浅ましさは隠せませんのよ。よくこの場に居られますね、ご自分たちの醜聞をこれ以上周囲に晒す前に、お帰りになられた方が宜しくてよ」
流れるような皮肉と、完膚なきまでに真実を突きつける正論。ナタリーの気高い反撃の前に、ジュリアとデイジーは顔を真っ赤に染め上げ、悔しさに唇を噛み締めながら一歩、また一歩と後じさっていった。
周囲の貴族たちからは、さっきまでの嘲笑が嘘のように静まり返り、やがて驚愕と称賛のざわめきが広がっていく。
ナタリーの痛烈な一撃に、完全に面子を潰されたネイサンの顔が屈辱でどす黒く染まった。
「こ、この生意気な……!」
逆上したネイサンが完全に理性を失い、再びナタリーへと腕を振り上げようとした、まさにその瞬間だった。
ダンッ。
大広間の空気を震わせるほどの鋭く重い足音が響いた。
周囲のざわめきが一瞬にして凍りつく。振り上げられたネイサンの手首を万力のような力で掴み上げていたのは、他でもないテオだった。
「――二度と」
地を這うような、響き。
テオの纏う空気が変貌していた。過去に囚われ、青白い顔をして俯いていた男の面影はどこにもない。そこにあるのは、しっかりとした血筋と権力を有する伯爵家当主としての、背筋が凍る殺気と威圧感だった。
テオの黄金色の瞳が、冷酷な獣のようにネイサンを射抜く。
「二度とその汚い口と手を、我が妻に向けるな。今すぐ貴族社会から消し去られたいか」
怒号というよりは、絶対者の宣告だった。大広間の空気が軋むようなその強烈な威圧に、ネイサンの顔から一瞬にして血の気が引く。掴まれた手首から伝わる容赦のない力と、テオが放つ怒気の前に、彼の矮小なプライドは砕け散る。
「ひっ、あ……っ」
無様な悲鳴を上げ、テオに手を払われたネイサンは泡を吹くような勢いで膝から崩れ落ち、無様に床へへたり込んだ。
テオはその醜態を一瞥しただけで、すぐさま刃のような視線をジュリアとデイジーへと突き刺す。
「お前たちもだ。これ以上、我が妻の視界を汚すなら、次は慰謝料どころでは済まさない。……失せろ」
その一言で十分だった。ジュリアとデイジーは恐怖に顔を引きつらせ、過剰なフリルやドレスの裾をひっつかむと、ヒールを滑らせながら夜会の闇へと逃げ出していく。腰を抜かしたネイサンもまた、周囲の嘲笑を浴びながら、這うようにして片隅へと消えていった。
先ほどまでの無責任な雑音は綺麗に消え去り、後に残されたのは、水を打ったように静まり返る大広間と、重厚な静寂の余韻だけだった。




