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第3話

 群衆のノイズがわずかに遠ざかったそのとき、二人の進路を塞ぐように、一際けばけばしい色彩が目の前に立ち塞がった。


「あらあら、噂の夫婦って言うからどんな美人かと思えば……クスッ」


 甘ったるく、それでいて底意地の悪い声。


 そこにいたのは、テオの元婚約者であるジュリアだった。彼女は濃厚すぎる化粧に、胸元の大胆に開いた真っ赤なドレスを纏い、太ももの付け根まで丸見えの深いスリットから艶めかしい足を覗かせている。その隣には、これでもかとばかりに過剰なフリルを重ね、首や耳たぶにゴテゴテと大粒の宝石をじゃらつかせたデイジーが、品のないクスクス笑いを浮かべて寄り添っていた。


 二人は過去に浮気の末に婚約破棄されテオから高額な慰謝料を請求された、札付きの女たちだ。世間体を考えれば夜会の片隅で身を縮こまらせていそうものだが、彼女たちに反省の色など欠片もない。むしろ、テオの現在の不幸を面白がるように、これ見よがしに周囲の視線を集めていた。


「ねえ、テオ様?相変わらず顔色が悪いけれど、その地味な奥方じゃ夜の相手も務まらないんじゃない?かわいそうに、また女に逃げられる日も近そうね」

「そうよデイジー。私たちみたいな華やかさがなきゃ、男なんてすぐに飽きちゃうのに。あ、そうか、この女じゃお財布の紐を握るのが関の山ってわけね!」


 甲高い嘲笑が、周囲の好奇の視線をさらに呼び寄せる。


 過去に受けた裏切りの記憶と、目の前で下品に笑う元凶たちの姿が重なり、テオの脳裏が真っ白に染まった。怒りと嫌悪感で拳が震え、声すら出ない。


 だが、それだけでは終わらなかった。


 ジュリアたちの背後から、さらに軽薄な足音が近づいてくる。


「なんだ、相変わらずじめっとした面してやがるな、テオ」


 ひときわ軽い、しかし聞き覚えのある声。


 そこにいたのは、ナタリーの元婚約者であるネイサンだった。彼は派手な刺繍の入ったジャケットを羽織り、ヘラヘラとした軽薄な笑みを浮かべながら、まるで他人事のように鼻を鳴らした。


「おや、ナタリーじゃないか。相変わらず地味で色気のない格好だな。お前、昔からそうやって男の気を引こうともしないから俺に捨てられたんだろ?まぁ、そんな陰気な女を引き取ってくれるなんて、流石は二度も女に逃げられたこの伯爵様もお似合いの器だぜ」


 周囲の貴族たちの間から、クスクスと下卑た笑い声が漏れ聞こえる。


 ジュリア、デイジー、そしてネイサン。最悪の元婚約者たちが揃い踏みしたその光景は、まさに悪意の塊だった。元婚約者たちの容赦ない嘲笑と、群衆の視線が、テオとナタリーの背中へ鋭く突き刺さる。


 大広間の空気が、下卑た笑い声とともに一瞬で澱んだ。


「ねえ、本当に気の毒だわぁ。テオ様ってば、懲りずにまた同じ失敗をするなんて」


 ジュリアは胸元を露わにした赤いドレスの裾を揺らしながら、これ見よがしにため息をついて見せた。


「本当よねぇ。私たちみたいに刺激的で愛想の良い女を知っちゃうと、あんな地味で味気ない人形みたいな奥方じゃ、すぐに息が詰まっちゃうわよ。ねえ、ネイサン?」


 隣でデイジーも、ジャラジャラと宝石を鳴らしながら、悪びれる様子もなく隣の男に同意を求める。


 名指しされたネイサンは、ふん、と鼻を鳴らして顎を反らせた。


「まったくだ。俺が昔、こいつを捨ててやったのもそれが理由さ。ナタリー、お前は昔から何を考えているのか分からない冷たい女だったからな。いい相手なんて見つかるわけがないんだよ。お前を拾ってくれたこの伯爵様に感謝しなきゃな、ハハッ!」


 過去に高額な慰謝料を支払らった張本人たちが、何の反省もなく被害者面で笑い声を上げる。そして、かつて自分を身勝手な理由で捨てた男が、目の前でヘラヘラと侮蔑の言葉を吐き散らす。


 周囲の貴族たちは、面白半分で見物していた。


 テオの体温が怒りで急速に氷点下へと落ちていく。女性不信が頭を叩き、目の前が赤く染まりかけるその時だった。


「――おっしゃりたいことは、それだけですか?」


 凛とした声が響いた。


 笑い声がピタリと止まる。


 そこに立っていたのは、地味だと嘲笑されていたナタリーだった。彼女は微塵も怯えることなく、冷徹な光を湛えた瞳でジュリアたちをまっすぐに見据えていた。


 ナタリーの冷ややかな一言に、ジュリアとデイジーが顔を歪める。その空気に乗っかるように、ネイサンはさらに調子に乗り、いやらしい笑みを浮かべて一歩踏み出す。

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