第8話 鋼の怪物
時を同じくしてトラベラーも塹壕エリアにいた。
Hi-SADを取り出し、自分のバイタルデータを確認する。
情報によれば、ダンジョンに滞在して数時間が経つとスキルを授かるそうだが、今のところその兆候は見られない。
すでにトラベラーが習得している魔法がスキルと誤認されているのか、あるいはこの並行世界の現地住民にだけ与えられるのか。
トラベラーは現状に意識を戻す。
この並行世界での目標はまだ達成していない。
『〈死者蘇生のアイテム〉の真偽を調査し、実在するなら破壊せよ』
並行世界調査機関はそうトラベラーに指令を下した。
誰かが〈死者蘇生のアイテム〉を使用した兆候は、まだ確認されていない。
もしかしたら実在しないのかもしれない。そうであって欲しいとトラベラーは願った。
かなり奥まで進んだが、ダンジョンは終わる気配を見せない。
中間報告のためにも、一度戻るべきだろうかとトラベラーは考える。
遠くから砲撃音が響いた。
「うわーッ!」
トラベラーは悲鳴が聞こえた方へ走り出した。
前方から数人の少年たちが、青ざめた顔でこちらに走ってくる。
さらに彼らの背後から、菱形の戦車が迫ってきていた。
「マーク1戦車!? あれもダンジョンの怪物!?」
それは第一次世界大戦の戦車だった。
少年探索者の一人が逃げ遅れている。彼の足から血が流れていた。
「ひぃぃ!」
このままでは轢き殺されてしまう。
トラベラーは戦車を真正面から受け止めた。
「ぐうぅ!」
車体の重さで足がくるぶしまで埋まる。
トラベラーは拳にフォースエナジーを宿して戦車を殴る。
衝撃で戦車は後退した。
(なんて頑丈なの)
トラベラーは戦車を破壊するつもりで攻撃したが、実際は装甲がへこんだだけだった。
『脅威B+。フォースエナジー反応(現地呼称:スキルパワー)あり。恐怖心反映による性能強化』
スマートグラスに戦車の情報が表示された。
(ダンジョンの怪物は人々がそれに持つ恐怖心で強化される。おそらく第一次大戦の兵士たちの恐怖が使われてるわね)
歴史上、初めて戦車と対峙した者は鋼鉄の怪物のように感じたのだろう。
どう戦うべきか考えていると、塹壕の道幅が突然広くなる。
直後、刃に光を宿したナイフが飛来し、戦車に突き刺さった。
ナイフは光だけの爆発を起こし、左側にある砲塔を破壊した。
トラベラーはナイフを投擲した者を見る。
(青藍妃!?)
前の任務の死闘を思い出して警戒しそうになるが、すぐに違うと自分に言い聞かせる。
彼女はこの並行世界における青藍妃の同一人物だろう。
事前に入手した探索者名鑑で見たことがある。
彼女は青山藍。探索者チーム、スティールフラワーズのリーダーだ。
なら、近くにいる翠玉妃と雪華妃と瓜二つの人物は、緑川翡翠と白井雪か。
そして鋼治帝より歳はとっているが、同じ姿を持つ男は黒井鋼治だ。
彼らも少年探索者たちを助けるために駆けつけたようだ。
戦車は藍を次の標的にした。旋回して、生き残っている砲塔で撃つ。
藍はスキルを使って砲弾の威力を相殺する。
「雪! 負傷者の回復を!」
「任されたっす!」
雪が俊敏な小動物のように少年たちに駆け寄る。
「もう大丈夫っすよ」
雪が彼らを“視た”瞬間、少年たちの怪我が治る。
(あれが、彼女のSランクスキル、ダメージキャンセルね。すごいわ)
トラベラーは少年たちの様子を見る。
「戦えますか?」
少年たちは怯えた表情で目をそらす。雪のスキルでも戦意までは回復できない。
鋼治が疾風のように動く。彼は瞬時に戦車へ接近し、履帯の繋ぎ目を攻撃した。
履帯が破断し、戦車の動きが鈍くなる。
トラベラーも動いた。
戦車によじ登り、搭乗ハッチを開ける。中で操縦していたゾンビ兵と目があう。もし生きた人間だったら驚愕の表情を浮かべただろう。
トラベラーは炎の魔法・火球の型を投げ入れ、車体から飛び降りる。
内部で生じた爆発で、戦車が一瞬浮き上がった。
黒煙を上げる戦車は、他の怪物と同じように塵となって消え、大人と同じくらいの大きさの虹色結晶が残った。
「協力に感謝します。私はスティールフラワーズのリーダー、青山藍です」
「旅川一子です。こちらこそ」
トラベラーはこの世界での偽名を名乗る。
「私たちは彼らを中継地点まで護衛するつもりですが、旅川さんは?」
「私も同行します。そろそろ戻ろうと思っていたので」
ふと視線を感じた。鋼治がトラベラーをじっと見ている。
トラベラーは、赤木鳩美の並行世界の同一人物だ。
無意識にスマートグラスに触れる。認識阻害機能はちゃんと動作している。
「君、すごいね。活性心肺法、レベル4まで使えてたでしょ」
鋼治の言葉で、全員の視線がトラベラーに集まる。
「ええ、そうです」
「しかも魔法系のスキルも使ってたね。君は僕以上の探索者だ」
鋼治は自分を超える若者が現れて、嬉しさと寂しさが混ざりあった表情を浮かべる。
「藍先輩! 藍先輩! この人もスカウトしたらどうっすか」
雪が無邪気に言う。
「そうですね。私たちはダンジョンの攻略と、何より先生の目的にためにも、戦力が必要です。旅川さん、もしよろしければ、チームに入っていただけないでしょうか?」
「彼の目的というのは?」
トラベラーの問いに鋼治が答える。
「〈死者蘇生のアイテム〉を探している。馬鹿馬鹿しい目的だから、無理に付き合う必要はないよ」
(ああ……やっぱり)
トラベラーはこの並行世界の鳩美が死亡しているのを、記録から知っている。
これまでさまざまな並行世界で、そこで生きる黒井鋼治たちをトラベラーは見てきた。
彼らは価値観や信念は異なるが、みな愛情深い男たちだ。
鋼治帝が紅玉妃を失ったら、間違いなく鋼治と同じことをするだろう。
「私は気にしません。ダンジョン攻略の戦力は私も欲しいので、ぜひチームに参加させてください」
トラベラーは藍の提案を受けることにした。
「ええ、もちろんです」
藍は微笑みながら握手を求める。青藍妃と同じ、高い気位を感じるが、彼女には残虐性がない。
安心できると思ったトラベラーは、握手に応じた。
「ありがとう、旅川さん」
歓迎する鋼治にトラベラーは申し訳なく思った。
協力すると言っておきながら、彼の誠実な願いを壊そうとしている。トラベラーは良心の痛みに苛まれた。
⚫︎
少年探索者たちを送り届けるため、スティールフラワーズは発見済みの中継地点に戻った。
そこは真っ白い正方形の空間で、四方の壁に扉がある。
「た、助かった!」
「帰れるぞ!」
「や、やった!」
少年たちが安堵の表情を浮かべる。彼らの視線はひとつだけある金色の扉に向けられた。
トラベラーたちが金色の扉を通ると、その先は夢の島公園内にある東京ダンジョン群のエントランス区画だ。
慣れ親しんだ平和な風景に身を置き、探索者たちはようやく緊張を解いた。
トラベラーたちが出てきた以外にも、扉が弧を描くようにずらりと並んでいる。その一つ一つが、別々のダンジョンにつながっている。
夢の島公園以外にも、世界中でダンジョンの扉が出現しており、今も増え続けている。
空は暗くなっており、帰還した他の探索者たちの姿があった。
「助けてくれて、ありがとうございました」
少年たちのリーダーが頭を下げる。
「自分たちがどんな相手だと負けてしまうか、イメージを持っておくと良いよ。探索者はちょっと後ろ向きに考えたほうが、ちょうどいいから」
鋼治は少年たちに優しく忠告した。
「あの、もしかして、あなたは黒井鋼治さんですか?」
「うん、そうだけど」
「あの、サインお願いしてもいいですか?」
「僕みたいなおじさんより、青山さんたちのほうが良いじゃない? 少し前にファッション誌の表紙を飾ってたでしょ」
トラベラーもそれを目にしたことがある。世間は彼女たちを戦うアイドルのように見ているのが伺えた。
「あ、あの~」
「できればアタシたちも」
「先生のサインほしいっす!」
教え子たちはペンを持っていた。
「え、ええ……なんで?」
「なぜって、スキルパワーで身体強化する活性心肺法を編み出した偉業を成し遂げたからです」
活性心肺法は様々な並行世界で独自に編み出されている。ここでは彼が考案者だった。
「そうだよ先生。活性心肺法はスキルじゃないから、訓練で誰でも習得できる」
「いや、でも僕はスキルないし……」
「先生はスキルは無いっすけど、スキルパワー自体は持っているじゃないっすか」
「うん、まぁね。活性心肺法はスキルじゃないけど、スキルパワーを消費するから」
「先生のスキルパワーはSランクレベルの量っす! だから活性心肺法もレベル4まで使えるっすから、誇っていっすよ」
教え子たちは鋼治がいかに素晴らしい人物かを熱弁する。
鋼治は面くらいつつも、手帳や装備などに自分のサインを書く。
「さて、新しい仲間が二人も増えたことですし、新生スティールフラワーズ結成のお祝いをしましょう。馴染みの良いお店があるんです」
藍がニコリと笑った。
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藍、翡翠、雪は都内のマンションにルームシェアで生活している。
「なぁ、藍。ちょっと飲みすぎじゃねーか? 打ち上げでも結構飲んでたろ」
今日の藍はいつになく上機嫌で、帰宅した後もワインを開けて飲んでいた。
「良いじゃないですか。先生と一緒に探索ができるようになった、人生最良の日なんですから」
「まぁ、藍先輩の気持ちはわかるっす。先輩、先生のこと好きですからね」
「でも最初の頃の藍、先生を見下してたよなー。スキルなしの無能って」
「ちょっと翡翠。恥ずかしい過去を思い出させないで」
訓練校に入学したばかりの頃を藍は思い出す。
当時の自分は愚かな小娘で、鋼治の凄さをまるで理解していなかった。
「スキルなしの無能などに教わることはありません!」
ダンジョンでの実地訓練の時、藍は鋼治を他の生徒たちの前で侮辱し、独断行動をしてしまった。
一人で十分と息巻いた藍は、スキルを全力で連発してしまい、スキルパワーを使い果たしてしまった。
スキルパワーを消費する活性心肺法も使えず、未熟な剣を振り回す小娘になってしまった藍は、怪物に追い詰められる。
もうダメかと絶望しかけた時に、鋼治が助けてくれた。
「スキルはむやみに使うべきじゃない。スキルパワーを枯渇させてしまったら、青山さんでなければ倒せない敵が現れた時、誰が仲間を守る」
鋼治は自分を侮辱したことではなく、藍の無謀な行動のみを叱った。
その時の藍は、自分の中に淡い熱が宿るのを感じた。
「でもさー、意外だったな。幼馴染を生き返らせるのを手伝うなんてさ」
「ああ、そのことですか」
藍は飲み干したワイングラスを置く。
「死者蘇生なんてありえません。先生もそれを理解されているでしょう。先生は幼馴染の死を受け入れるために、〈死者蘇生のアイテム〉が存在しないのを確かめようとしてるのです」
藍はワインを一口飲む。
「現実を受け入れた先生は、きっと私を選ぶに決まっています」
藍の言葉に、翡翠と雪は思わず目を合わせる。
(おいおい、それは藍にとって都合の良い願望だろ)
(幼馴染の死を受け入れたとしても、先生が藍先輩を選ぶとは……)
二人は内心を口にしなかった。




