7話 ダンジョンの〈アイテム〉
木造校舎の廊下を黒井鋼治は歩いていた。
窓の外に目を向けると、夕焼け色に染まった戦前日本の風景が見える。
ここもまた、日本のいつか、どこかで実在した場所をダンジョンが再現したのだろう。
廊下の先には扉があった。
鋼治は待ち伏せを警戒しつつ、慎重に扉を開く。
その先は、古代ローマの闘技場だった。鋼治の経験上、こういう場所には強敵が現れる。
(古代ローマを再現した場所なら、出てくる怪物は……)
空気を轟かせるほどの咆哮が聞こえた直後、巨大な影がズシンと鋼治の目の前に現れた。
それはライオンの頭とヤギの体、そして蛇の尻尾を持っていた。
(キマイラ……予想通り、ローマと縁があるギリシャ神話系か)
空想上であるはずの存在が、現実の脅威となって鋼治の前に立ちはだかる。
鋼治は腰の日本刀を抜く。
キマイラが炎を吐いた。
鋼治は活性心肺法を発動させた。五感が強化されて、1秒が何倍にも感じるようになる。
ゆっくりと迫ってくる炎に対し、鋼治は落ち着いて回避する。
キマイラの真横に移動した鋼治は、高速化した思考の中で、じっくり狙って刃を振り下ろした。
するりと豆腐を切るかのように、ほとんど抵抗を感じずに、刃はキマイラの首を通り抜けた。
活性心肺法を解除する。鋼治の体感時間が戻った。
どさりとライオンの頭が落ち、ヤギの体から血がどくどくと溢れていく。
鋼治は刀を振って、血を払い落とす。
キマイラの首を落とした後も、刃こぼれひとつ無い。
若い頃、鋼治は武器を腐食させる敵と遭遇したことがある。
あの時は武器を失って丸腰になり、死を覚悟したほどだ。
代わりになる武器をダンジョン内で必死に探して見つけたのが、この〈不滅の刀〉だった。これがなければ、生きて帰還出来なかっただろう。
以来、破壊不能の力をもつ刀はどんな過酷な闘いでも決して折れず、鋼治と共にいた。
キマイラの死骸が黒い塵となって崩れていく。流れる血も塵になり、そして塵自体も幻のように消えた。
塵が消えた後、赤ん坊ほどの大きさはある虹色の結晶体が転がっていた。
「200万くらいで売れるかな?」
虹色結晶は持ち帰るには面倒な大きさと重さだが、鋼治はそれを腰のポーチに入れようとした。
ポーチの容量はどうみても結晶体を収納できないが、入れ口に近づけた途端に一瞬で小さくなって入っていった。
〈超次元ポーチ〉があれば、荷物に悩まされずにすむ。物を出すときは、それの形を正確にイメージする必要があるので、慌てていると出せないのが玉に瑕だが。
「お見事です、先生」
鋼治にとっては知った声が聞こえた。
「卒業式以来だね」
青山藍、緑川翡翠、そして白井雪。訓練校の教官を務めていた時の教え子たちだ。
「先生が訓練校やめて現場復帰したのマジだったんだ」
髪をエメラルドグリーンに染めた翡翠は、訓練校時代は有名な問題児だったが、今は大人の落ち着きを少しだけ身につけていた。
「それよりニュースを見たよ。北海道A6号ダンジョンを1週間で踏破したんだって? さすがスティールフラワーズだ」
「先生が鍛えてくれたからっす! そうじゃなかったら自分らここまで来れなかったっすよ」
雪は学生時代から変わらず元気いっぱいだ。鋼治は少し羨ましかった。
「雪の言うとおりです。先生あってこその私たちです」
藍は上品に微笑む。学生時代から洗練された子と思っていたが、ますます磨きがかかっている。
「先生は今、どこのチームに所属を?」
「いや、一人でやってるよ」
「でしたら! 私たちのチームに入っていただけないでしょうか?」
「先生が入ってくれたら、アタシらもっと上に行ける」
「そうっす! 百人力っす!」
教え子たちが目をキラキラとさせる。
「でも、ほら、僕はスキル持ってないから、Sランクスキルを持つ君たちの足を引っ張っちゃうよ」
「そんな事はありません。先生はスキルがない代わりに、活性心肺法があります」
「あれはスキルと違って訓練すれば身につくから、君たちも使えるでしょ」
その言葉に翡翠と雪が反論する。
「でも先生、活性心肺法をレベル4まで使えるじゃん」
「そうっす! みんなレベル3までが限界っす。実質、Sランクスキルっすよ!」
「活性心肺法は僕が編み出した技術だからね。多少の意地はあるから頑張っただけだよ」
「先生、ご自身が実力不足だと思っておられるなら、なぜ危険な東京S9号ダンジョンの探索をされているのですか?」
「うっ」
藍に痛いところを突かれた。
実力不足は単なる建前だ。本当はダンジョンに挑む本当の理由を言いたくなかった。
だが、言わなければ藍たちは納得しないだろう。教え子に嘘をつくのも、後ろめたく思う。
「……このダンジョンにあるかもしれない〈死者蘇生のアイテム〉を探している」
鋼治は観念して、目的を伝えた。
「確かにダンジョン内で発見された文書に、その存在を仄めかす記述があったのは事実ですが……」
「いくらダンジョンの〈アイテム〉が現代科学を超越した道具だからって、死者蘇生はありえないとは思うよ。でも、念の為に確かめたいんだ」
「先生は……その……亡くなった赤木鳩美さんのことを今でも?」
「うん。まぁ、ね……」
あの日のことは、記録した映像のようにはっきりと思い出せる。
彼女の体から温もりが消えていく感覚と血の匂い。
そして、彼女が最後に言った「こうくん、死なないで」という言葉。
(はとちゃん……)
耐え難いほど苦しい記憶だが、忘れたいと思ったことは一度もない。それは命と引き換えに自分を守ってくれた幼馴染に、あまりに不義理だ。
「こんな馬鹿なことに、他人を巻き込めないだろう?」
現実が見えていない愚か者。若者にはきっとそう見えるだろう。
教え子たちに失望されるのは怖かった。
「私はそうは思いません。もちろん翡翠と雪もです」
藍は真剣な顔で言った。他の二人も同意するように頷く。
「大切な仲間が生き返るかもしれないとわかれば、誰だって確かめたくなるものです」
「青山さん……」
「先生。私たちは、この東京S9号ダンジョンを攻略するつもりです。先生が攻略に助力していただけるのなら、私たちも先生をお手伝いします」
「みんな……」
教え子たちが手を差し伸べてくれる。
「わかった。一緒にこのダンジョンを攻略しよう。よろしく頼むよ」
「ええ! こちらこそよろしくお願いします」
正式な手続きは帰還してからになるが、鋼治はスティールフラワーズの一員となった。
「それで、先生。これからどうしましょうか?」
「リーダーは青山さんだ。僕に遠慮せず、指示を出して欲しい」
「では次の区画を攻略し、そこに中継地点があればそのまま帰還。なければ引き返して発見済みの中継地点から帰還します」
藍の判断は的確だ。鋼治も自分がリーダーならそうする。
スティールフラワーズはコロッセオを抜け、次の区画に入る。
そこは曇天と入り組んだ堀があった。
「第一次世界大戦の塹壕を再現した場所でしょうね。そこに落ちているヘルメットは当時のイギリス軍の物だったはずです」
藍は周囲の状況から再現された場所を的確に把握する。
「こんな狭いとこで戦いたくねーけど……」
翡翠がヘルメットを拾って、真上に放り投げる。
ヘルメットが塹壕を出た直後、無数の弾丸がそれを跡形もなく粉砕する。
「うへぇ。やっぱり」
翡翠が首をすくめながら言う。
「塹壕内で戦うのが、ここの“ルール”ってことっすね。翡翠先輩のスキルなら塹壕の外でも安全に進めそうっすけど、やめたほうが良いっすね」
「スキルは必要な時に必要なだけ使うのが鉄則だもんな。高ランクダンジョンでスキルパワーをガス欠させたくねえ」
彼女たちが自分の教えをちゃんと覚えてくれるのを見て、鋼治は少しうれしくなる。
「隊列を組んで塹壕内を進みます。私が先頭で、最後尾は先生にお願いします」
しばらく進んでいると、先頭の藍が止まれのハンドサインをする。
「翡翠、エリアモーフを使って。全力の6割で」
「あいよ」
翡翠はSランクスキルを発動させると、塹壕の道幅が数倍に広がった。
「先生、まずは私たちだけで戦わせてください。成長を見てほしいのです」
「うん。いいよ。僕は少し離れて増援がこないか見張っておく」
教え子たちが剣を抜く。鋼治の日本刀と異なり、彼女たちが使うのはクセの少ない長剣だ。
翡翠が広げた塹壕の先から、数人の軍服を着たゾンビが現れた。訓練された機敏な動きでこちらに銃を向ける。
「私が切り込みます!」
最初に藍が動く。
活性心肺法を発動させた彼女は一瞬で間合いを詰める。
剣に輝きが宿る。彼女はそれを振るうと、ゾンビ兵の胴体を抵抗なく両断した。
(「殺す」現象そのものを発動させるクリティカルエフェクト。相変わらず、青山さんのSランクスキルは強力だ)
こと殺傷力に限れば、藍のスキルは鋼治の教え子の中で最強だ。
他のゾンビ兵たちが藍に向かって一斉射撃する。
敵が使う第一次大戦時代の銃現代より劣る性能とはいえ、命中すれば活性心肺法で強化していても危険だ。
藍の前に輝く板が出現し、銃弾を受け止める。銃弾は輝く板に触れた途端、勢いを失って落下する。
(弾丸の威力をクリティカルエフェクトで”殺して”いる。攻撃スキルの防御的解釈がちゃんとできてるね)
翡翠と雪も戦闘に参加する。
教え子たちは最も殺傷力が高い藍を中心に、死角を作らないよう互いにカバーして立ち回る。
乱戦中でも彼女たちは目先の敵ばかりに集中せず、戦場全体を見ていた。
翡翠を狙っていたゾンビ兵がいきなり体勢を崩す。見れば小さな穴に足を取られていた。
(エリアモーフで作った穴だな。細かい制御が出来てる。頑張ったんだね)
自分の元を離れても研鑽を怠らなかった教え子を、鋼治は嬉しく思った。
ゾンビ兵の一人が柄付きの手榴弾を投げた。
「おっと!」
それをキャッチしたのは雪だった。
「お返しするっす」
起爆する前に素早く投げ返す。爆風で数人のゾンビ兵が吹っ飛んだ。
(いい意味で、思い切りが良い。自信がついてきた証拠だ)
学生時代の「自分、ヘタレっすから」が口癖だった雪はもういなかった。
いつでも助けに入れるよう構えていた鋼治だが、杞憂に終わった。
警戒していた増援もなく、ゾンビ兵は教え子たちによって全滅する。
「先生、今の私達はいかがでしょうか?」
藍が期待に満ちた目で鋼治を見る。
「うん。卒業したときよりずっと強くなってるね」
鋼治が褒めると三人はにこりと笑う。
一方で、スキルを使う機会がなかった雪はすこししょんぼりした。
「自分もスキルを使うところを先生に見せたいっす」
「白井さんのは回復スキルだからね。使わずに済んだのは良いことだよ。でも、ちゃんと成長してるって今の戦いで分かったよ」
「えへへへ」
雪はすこし照れた。




