第17話 二つの恋
トラベラーが〈悪魔のジャングル〉の外縁部を探索していると、この世界では初めてだが、知った顔ぶれを見つけた。
騎士風の男女と、二人のメイドが馬に乗って密林を進んでいる。
(騎士風の二人はピジョンとスティール……この世界における赤木鳩美と黒井鋼治ね。メイドはヒスイとスノウに間違いない。ランさんから名前を聞いた時、もしかしてと思ったけど、やっぱりこの世界の緑川翡翠と白井雪だったのね)
またしても彼女たちと遭遇したトラベラーは、不思議な縁を感じた。
「そこにいるのは誰だ!」
気配を察知したピジョンが、トラベラーがいる場所を睨む。
敵意が無いことを伝えるため、トラベラーは手のひらを相手に向けながらピジョンの前に出た。
「私はトラベラー。ここを調査しているものです」
「冒険者か、丁度いい」
ピジョンは殺気を収める。
「ランという娘を見なかったか? ここにいるはずなんだが」
「彼女なら無事です。これから案内します」
「それはありがたい。よろしく頼む」
ヒスイとスノウは主人の無事を知って喜びの声をあげる。
「ああ、良かった!」
「早くお嬢様に会いたいわ」
その時、ピジョンはスティールに目配せをした。そして彼は静かにうなずく。
嘘がないか確かめていたのだろう。スティールが知覚の魔法・看破の型を使っていると、スマートグラスに表示されていた。
トラベラーはピジョンたちを拠点に案内する。
「まぁ、ピジョン様!」
「ラン! 無事だと信じていたが、元気な姿を見れて良かった」
ピジョンはランをひしと抱きしめる。
「ピジョン様はどうしてここに?」
「お前を迎えに来たのだ。それから……」
ピジョンは笑顔から真剣な顔つきになり、ランに頭を下げる。
「この度は我が弟、アルバールが貴君に取り返しのつかない愚行を働いた。レッドウッド王家を代表して、ここに謝罪する」
「謝罪を受け入れます。そして私とピジョン様の友情は決して終わらないことを約束いたします」
ランは穏やかな表情でそう言った。
「お客さんかい?」
畑仕事から戻って来たジョージは顔を見せる。
同時にピジョンの顔が険しくなる。
「なぜ貴君がここにいる。我が親友になんの目的で近づいた」
「……ピジョン姫、俺は企みがあってランの隣にいるんじゃない。ここにいるのはただの偶然なんだ」
ピジョンは疑いの目を向ける。だが、ランがジョージを庇うように彼女の前に立った。
「ピジョン様、ジョージ様は悪い人ではありません」
「お前は彼が何者か知っているのか? この男は……」
「はい。シルバーアッシュ帝国の皇太子殿下でしょう」
ジョージが驚きで両目を見開く。
「ラン!?」
「いくらわたくしが世間知らずの小娘でも、隣国の皇族の顔と名前くらいは存じています」
「じゃあ、俺が誰なのか知ってて、知らないふりをしてくれたのか?」
「ええ。家名を名乗らずにただのジョージと名乗られましたから、おそらくありのままの自分を見てほしいのだろうと思いました」
やっぱりとトラベラーは思った。ランは青藍妃や青山藍と同一の存在だ。性格や感性が全く違っていても、彼女たちと同等の鋭い知性を持ち合わせているはずだ。
そんな彼女が、ジョージの正体を見抜けないはずがない。ランが知っていてあえて、彼をただのジョージとして接しているから、トラベラーも黙って見守っていた。
「でも俺は、圧政で民を苦しめる悪党の一員だ」
「いいえ、あなたは悪い人ではありません」
ランは確信のこもった言葉を口にする。
「シルバーアッシュ家の中で、唯一ジョージ様は民のために働いておりました。あなたが推し進めていた農業政策が成就すれば、大勢の人々が飢えから救われていたでしょう」
「だが、上手くいかなかった。シルバーアッシュ家にとって、俺は目障りな皇太子だった。だから魔法でここに追放された」
「たとえ失敗したとしても、ジョージ様が良心に従って行動する方なのは確かです。短い間ですが、わたくしのために働くあなたを見て、その良心を確信いたしました」
ランはそっとジョージの手を握った後、ピジョンを見る。
「ピジョン様、ジョージ様はわたくしの……いえ誰の敵でもありません」
「……分かった。我が親友がそこまで言うのだ。スティールに確認を取るまでもなく、信じよう」
トラベラーのスマートグラスには知覚の魔法・看破の型の反応は無い。
「それでラン、これからどうする?」
「わたくしはここでずっと生活するつもりです。貴族のお嬢さんをしているより、毎日が充実しています」
「だろうな。ここを見れば分かる」
ピジョンは周囲の畑やログハウスを見渡す。
「案内される途中でトラベラーから聞いたよ。古代ファブリカ文明の遺物を使ってこれを作り上げたらしいな。背負ってる杖がそれか?」
「ええ! この〈ファブリカの杖〉のおかげで悠々自適なスローライフを送れています」
ランは杖を愛しそうに見た。
「ヒスイとスノウはどうする?」
「私たちはランお嬢様のメイドです」
「お許しいただけるのなら、ランお嬢様のお世話をさせてほしいです」
メイドたちは固い忠誠心を示した。
ランは「もちろんですわ」と快諾する。
「それで、ジョージは? 帝国との国境付近まで送ろうか?」
「いや、俺もここに残る。今ごろは帝国で革命が起きてるだろうから」
●
一方その頃、シルバーアッシュ帝国では怒れる市民たちが宮殿へ続々と集まっていた。
しかし皇族たちを守るはずの兵たちは、市民たちの歩みをただ黙って見ていた。
「なぜ兵は愚民どもを始末しない!」
「いったいどう言うこと!?」
「せっかく目障りなジョージを始末したのに……」
シルバーアッシュ家の者たちは恐怖と困惑の表情で外を眺めている。
そんな彼らを、側近や使用人たちが冷ややかな目で見ていた。
「我らがジョージ殿下のご遺志を無駄にするな!」
「シルバーアッシュ最後の良心を踏み躙った者たちを捕まえろ!」
市民の怒声が、宮殿の窓をびりびりと震わせている。
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「俺は革命派と約束していたんだ。俺が皇帝になったら必ず国を良くするから、決起は待ってほしいってな。農業政策の推進は飢える人々を助けるだけでなく、革命派の信用を得るためでもあったんだ」
革命派の動きについて、トラベラーは現地で調査活動をしていた時にある程度は知っていた。
いつでも革命を起こせる準備をしながらも、なぜか決起しないのはそういう理由だったのかと納得した。
「けど、俺は失敗した。身内との折り合いをつけることすらできない奴が戻ったところで、革命の邪魔になるだけさ」
ジョージは「それに……」とため息を漏らす。
「俺は善良な皇帝になるために頑張るのがとてもつらかった。家名を名乗らなかったのは、悪の皇族と思われたくないのと、ただの男になるためでもあったんだ」
「ただのジョージになって、いかがでしたか?」
問いかけるランにジョージは微笑む。
「宮殿で窒息しそうなくらい政治を頑張るより、畑仕事で汗を流すほうがずっと身の丈にあっているよ」
「ジョージ様……」
「ランは俺を助けてくれた上に、ただの男として見てくれた。どうかこれからも、君の穏やかな生活を助けるために働かせてくれないだろうか?」
「ええ、喜んで」
ランはためらいなく答えた。
「亡くなったお母様は、ジョージ様のような方を信用しなさいと言っていました。わたくしもあなたがここに残るのを望みます」
ランとジョージは互いの心に宿すものを確かめ合うように見つめ合う。
「そうか。なら私から言うことは何もない。ランとジョージが穏やかに過ごせるのを祈る」
もう日暮れだったのでピジョンとスティールは一晩泊まってから王国に戻ることとなった。
もちろんランは覚えたての料理を、友人であるピジョンへ存分に振る舞った。
「料理はトラベラー様から教えていただきましたの!」
誇らしげにランが言うと、ヒスイとスノウから微かに嫉妬を含んだ眼差しを向けられた。
「私では教えきれない部分もあるので、料理指導はヒスイさんとスノウさんにもお願いしようと思います」
ヒスイとスノウはニッコリと笑った。
●
一晩が明け、ピジョンとスティールは王国へ戻ることにした。
「姫様とスティール様が帰りやすいよう、ジャングルの外まで道を作っておきますわ」
どうやら〈ファブリカの杖〉には道路の設計図もあるようで、あっという間に舗装された上に、左右には魔物の襲撃を防ぐ防壁を作った。
「姫様、どうかお気をつけてお帰りください」
「うむ、ではさらばだ!」
ジャングルの出口でピジョンとスティールはランやジョージたちから見送られた。
ここに来る時は馬に強化の魔法をかけて高速移動してきたが、それをするのは街道に出てからするつもりだ。
整備されていない場所でそれをやると転倒の危険がある。
「戻ったら、色々忙しくなりますね」
「そうだな。アルバールが失脚して継承権が私に移るから、色々面倒な手続きを済ませねばならん」
「姫様が王位を継ぐなら、婚約者も探さないと」
「うん?」
スティールがおかしなことを言う。
「お前、何を言ってる。私の婚約者はお前だろう?」
「えっ?」
「えっ?」
沈黙が支配する。
「き、貴様ー! 6歳の時、姫様のお婿さんになると言ったのは嘘だったのか!?」
「もちろん本気でしたし、今でも気持ちは変わりませんよ!」
「だったらさっきの発言は何だ!?」
「いや、だって子供の発言でしたし、そもそも私は姫様に釣り合わないですよ」
「父上はお前を認めているぞ!」
正確には認めざるを得ない状況に追い込んだ、だが。些細なことだ。
「えっ!? でも正式な婚約の契約書は作成されてないはずです」
「私が不要と言った。運命の赤い糸で結ばれた男女に、そんなものは無粋だ」
スティールは唖然とした表情のまま馬上で固まった。
「だいたい、貴様の魔法があれば私がどれだけ愛しているか分かるはずだろうに」
「人の心を盗み見る魔法など、姫様に使いたくありません」
「よーし、だったら全部言ってやる」
ピジョンは大きく息を吸い込み、それから言葉を捲し立てた。
「私は貴様が好きだ。世界の誰よりも愛している。お前の全てを手に入れるためなら、自分の全てをくれてやっても良いくらいだ。そして、万が一、貴様が他の女に気があるのなら、貴様を殺して私も死ぬ! どうだ! 分かったか!」
「あっはい」
それからピジョンはスティールが「そうか姫様が俺を……良かった」と小さく呟いたのを聞き逃さなかった。
少し奥ゆかしくしすぎたかもしれないとピジョンは反省する。
さりげなく愛情を伝えるのが粋な恋愛だと思っていたが、目の前の男には通用しないようだ。
(二人きりの時だけスティールを我がダーリンと呼んでいたが、今後は場所を選ばずそう呼ぶべきだな)
ピジョンは小さな決意を胸に秘めた。




