第18話 インスティナの逆襲
王宮の一室に軟禁されたインスティナは、古代人として考古学者や魔法学者の質問に答える日々にうんざりしていた。
逃げ出さないよう騎士たちが交代でインスティナを見張る。こちらのプライバシーなどお構いなしで、それもまた彼女をイラつかせた。
だが見張りの騎士たちの中で最も若い男は少し違った。
「古代人というのは、みんな君みたいに可憐なのか?」
若い騎士だけは会話に応じてくれた。
彼と話すうちに、婚約者との関係がうまく行っていないことを知るとインスティナはしめたと思った。
「えー、婚約者さん厳しー。私だったらそんなことしないのにな」
こんな風に、インスティナは相手の最も脆い心の隙間に、望む言葉をするりと差し込んだ。
騎士は己の職務に忠実であろうとしたが、繰り返し囁かれるインスティナの言葉は、甘い毒のように彼の良心を蝕んだ。
「私は真実の愛に目覚めた。インスティナ、君を助ける」
誰もが寝静まった夜、完全に籠絡された若い騎士はインスティナを軟禁から救い出した。
「一頭だけだが、馬を用意した。これで一緒に逃げよう」
「ありがとう。でも、あんたはもう用済み」
「え?」
インスティナは素早く馬に飛び乗ると、騎士を置き去りにして走り出す。
「油断したわねピジョン! 私は陰謀家としては三流かもしれないけど、男をたぶらかすことにかけては世界一よ!」
王宮に向かって拳を振り上げたインスティナはそのまま王都を脱出する。
これからの事をインスティナは考える。
セレブ生活のために、別の国でイケメン王子をたぶらかしたいが、やるべきことがある。
冬眠前に愛読していた小説では、憎まれ役たちが主人公にナメたまねをしたら、必ず報いを受けて”ザマァ”されていた。
「ラン、お前をザマァしてやるわ……!」
自分しか知らない古代の遺跡へと向かう。
そこはインスティナが冬眠する前、良く家族と休日を過ごしていた別荘だ。
たどり着いた別荘は長い年月を経て風化していたが、まだ形は残っていた。
インスティナは別荘の地下室へと向かう。
そこは地上の別荘よりも大きな空間で、巨大なロボットが鎮座していた。
「だっさいわねぇ。好みじゃないから使うつもりはなかったけど、ザマァのためには仕方ないか……」
インスティナの実父は権力者だったが敵が多く、彼は自らの人脈を駆使して軍からこの兵器を横流しさせてもらっていた。
「ええっとなんて名前だったっけ? 確か……起きなさいビッグガード!」
インスティナの呼びかけに反応し、巨大ロボットの人工知能が目覚める。
「おはようございます。命令をどうぞ」
「これから言う場所に私を連れて行きなさい」
「了解しました」
ビッグガードが差し伸べてきた手にインスティナは乗った。
●
インスティナの脱走を知ったピジョンとスティールはすぐさま追跡を開始した。
二人がそれぞれ乗る馬は、強化の魔法を受けて疾風のように駆ける。
「インスティナの反応が強くなってきました。もうすぐ追いつけます」
「念のために印をつけておいて良かった」
インスティナを捕まえた時、ピジョンは彼女がまだ野心を諦めていないと感じた。
そこでスティールに命じ、密かに魔力の印をインスティナに付与させていた。
彼女がどこへ逃げようと、スティールが知覚の魔法・追跡の型で捕捉する。
「なんだ、あれは?」
二人が進む先にある林を、何か巨大なものが歩いているのが見えた。
巨大な何かが林から出てくる。
「ゴーレム!? なんと巨大なんだ」
その体躯は人間の十倍はあった。
「ピジョン! もう追いかけてきたのね!」
巨大ゴーレムの肩にインスティナの姿があった。
「私を逃してくれた騎士から聞いたわよ! ランは追放された先でスローライフを楽しんでいるそうじゃない。私は軟禁生活を強いられてるのに、そんなのズルいわ。こいつでめちゃくちゃにしてやる!」
「なんて幼稚なんだ……」
隣のスティールが眉をひそめる。
「我が親友に手出しさせるものか!」
ピジョンは光の魔法・太陽の型を使う。魔法によって再現された太陽光を彼女は極限まで収束し、熱線として放った。
だが熱線はゴーレムの装甲に弾かれ、焦げ跡を残すのみだった。
「そんな攻撃、通用しないわよ。ビッグガード、あいつらを始末しなさい!」
インスティナがビッグガードと呼んだゴーレムの右腕が大砲に変形する。
危険を察知したピジョンが馬を走らせると同時に、大砲から魔力砲弾が発射される。
「まずい!」
「姫様、離脱を!」
ピジョンとスティールは馬を走らせ、砲撃から逃れる。
「あっはっは! ザマァ!」
高笑いするインスティナをピジョンは睨む。
「さて、少し面倒になったぞ」
ピジョンは腰の剣を抜いた。
●
この並行世界の調査を終え、トラベラーが帰還する日が訪れた。
「トラベラー様、今までお世話になりました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
春花のときもそうだが、ランとの別れには寂しさがあった。だが、この寂しさは相手と友情を育んだ証でもある。
「ランさんのこと、よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
ジョージは力強くうなずき、隣にいるランの手をそっと握る。
「私たちもいます」
「メイドとして、快適な生活を約束いたします」
ヒスイとスノウもいる。ランの平穏が脅かされることは無いだろう。
ランたちの拠点をあとにしたトラベラーは、密林に隠していた並行世界航行機に乗り込む。
離陸してすぐ、航行機の広域レーダーが高エネルギー反応を検知した。〈悪魔のジャングル〉からそう遠くない場所で、魔力を使った戦闘が行われている。
誰かが魔物に襲われているかもしれない。並行世界調査員は任務に支障がないのであれば、積極的に人命救助すべしと規定されている。
また、何か胸騒ぎがあった。
航行機を戦闘現場へと向かわせると、ピジョンとスティールが大型の人型兵器と戦っている姿が見えた。
「手を貸さないと」
直感に従って良かったと思いながら航行機を自動操縦モードに切り替える。
ハッチを開け、地上の様子を見る。
あの人型兵器は古代ファブリカ文明に作られたビッグガードに違いない。
トラベラーは活性心肺法を発動させ、航行機から飛び降りる。
みるみるうちに地上が迫る。
「もう1発よ、ビッグガード!」
人型兵器の肩にいる少女が命じる。ビッグガードは右腕の魔力大砲をピジョンたちに向ける。
発射の直前、トラベラーはピジョンたちとビッグガードの間に着地した。
放たれた魔力砲弾を、トラベラーは魔力を付与した裏拳で弾き飛ばす。
「貴様はランのところにいた冒険者!」
「ピジョン姫、助太刀にきました」
トラベラーはこの並行世界における自分と向き合う。
「助かる!」
スマートグラスの認識阻害機能でピジョンはトラベラーが自分と全く同じ顔だとは気づかない。
「彼女は?」
「ランに濡れ衣を着せようとしたインスティナと言う娘だ。一度は捕らえたが、脱走してランを狙っている」
トラベラーはインスティナを改めて見る。いかにも恋愛ファンタジー小説の憎まれ役っぽい少女だった。
「なるほど、彼女はランさんに酷いことをした……」
「私としては、インスティナを生け捕りにしたい。あいつは古代人なんだ」
ピジョンの言葉で、インスティナがなんらかの冬眠技術で現代まで生き続けていたと理解する。
確かにこの並行世界の現代人にとって、彼女から得られる情報は貴重だろう。
トラベラーとしても現地住民の殺害は避けたいので、生け捕りに異論はない。
「一人増えようが関係ないわ! ランのスローライフをめちゃくちゃにして、あいつを恐怖のどん底に叩き落としてやるんだから!」
「起きませんよ」
「なんですって?」
仮にビッグガードがランに襲いかかっても、彼女なら撃破できるだろう。
だが……
「ランさんのスローライフに、恐ろしいことなど何一つ起きません」
直後、ビッグガードが膝をつく。
「え!? なんで勝手に壊れるの!?」
活性心肺法レベル3を発動させたトラベラーが足首を攻撃して破壊した結果だ。
「ビッグガード! まずはあいつから先に……あれ? どこ?」
インスティナはキョロキョロとあたりを見渡す。
トラベラーはすでに彼女の背後にいた。
「こっちですよ」
トラベラーがぽんとインスティナの肩に手を置く。
相手がはっと振り向いた時、トラベラーは指で彼女の頬をぷにっと突く。
「お前!」
インスティナが屈辱で顔を歪めるのと同時に、トラベラーは指先から微弱な電撃の魔法を放った。
バチィと小さな音が爆ぜ、インスティナは白目をむいて失神する。
ビッグガードが主を取り戻そうと大砲化していない方の手で掴みかかってくるが、トラベラーはインスティナを小脇に抱えて飛び降りる。
「後はお願いします!」
トラベラーが叫ぶとピジョンはニヤリと笑った。
「さぁて、機械人形相手なら、遠慮はいらないな!」
ピジョンが剣を掲げると、その刃に激しい電光が宿る。
『脅威S 光の魔法・雷の型による放電現象の再現』
間接的に再現したにも関わらず、ピジョンの魔法は本来の電撃の魔法と遜色ない威力のように見えた。間違いなく彼女は達人だ。
「姫様! あそこが動力部です!」
スティールがビッグガードの腹部を指差すと、そこに光点が灯る。おそらく知覚の魔法・弱点看破の型を使ったのだろう。
「我が奥義、電光雷鳴剣をくらえ!」
ピジョンが剣を振るうと強烈な電光が放たれ、スティールが示した弱点を貫く。
攻撃を受けた人型兵器は電子音の悲鳴を上げ、爆散する。
「よぉし! これで本当に一件落着だな!」
ピジョンは満面の笑みを浮かべる。
トラベラーはインスティナを小脇に抱えたまま振り向く。平原のずっと先、かすかに〈悪魔のジャングル〉が見える。
ランの幸せを、トラベラーは素直な気持ちで祈った。
●
ヒスイとスノウが来てくれたおかげで、家事に大半を任せられるようになったが、ランは料理をやめるつもりはなかった。
ジョージはランのために働いてくれる。疲れた彼を労うために、料理を振る舞いたかった。
「ああ、今日も美味しそうだ」
今日のメニューは野菜と鶏肉を使った素朴なシチューだ。じっくりと弱火で煮込んだ肉は、口に入れるとほろほろにほどける。
「パンも焼けました」
「ここの小麦は質が良いですね」
ヒスイとスノウが焼いたパンはとても良い香りがする。いずれパン作りも彼女たちから学びたい。
(トラベラー様、あなたがしてくれたことを決して忘れません)
あの冒険者がいなければ、ランはきっと貴族のお嬢さんのままで、自分のために汗を流してくれる人に何も報いられなかっただろう。
「ジョージ様、おかわりはいかがですか」
「ああ、頼むよ」
ランは幸せな気持ちで差し出された器を受け取った。
スローライフ編 完
幕間へ続く




