第16話 新しい住民
ランと手分けして素材集めをしていたトラベラーは、ナノサイズ魔法生物の影響で巨大に育った綿花を発見した。
綿の塊を一つ採取する。トラベラーがようやく抱えられる程の大きさのそれは、半ば野生化しているのに、とてもふわふわしていた。ギュッと抱きしめると安らぎを感じる。
これを使えばかなり上質な布製品が期待できそうだ。
綿の塊を抱きしめながらトラベラーは〈悪魔のジャングル〉の事を考える。
(ここは古代ファブリカ文明の自然科学の実験場だったかもしれない。農作物が不自然に多く、樹木も建材に使われている品種。生息する魔物も、家畜が怪物化したものだった)
あとで栽培できるよう種も採取して、拠点へと戻る。
最初に見えてきたのは石造りの防壁だ。ここで生活するなら必要だと、トラベラーがランに助言したのだ。
防壁の内側に入ると、これまで採取してきた農作物がずらりと並んでいる。どれも少し前に植えたばかりだが、土壌内のナノサイズ魔法生物があっという間に成長させた。
狩りに出かけたランの成果次第だが、今日の夕飯は何の料理を教えようかと、巨大な農作物の間を歩きながら考える。
空いている畑に採取したばかりの綿花の種を植える。
ジョウロで水をかけると、あっという間に芽が出てきてぐんぐんと成長しだした。このペースだと明日の朝には新しい綿が採取できるだろう。
「ただいま戻りましたー!」
ランの声が聞こえてきた。陽気な雰囲気からさっするに、狩りは上手くいったのだろう。
迎えに行くと予想通り、鶏の魔物を背負っているランの姿があった。
しかし彼女の隣に若い男がいた。
「ランさん、彼は?」
「ジョージさんです! どうやら私と同じように追放されたそうで、お家に招待させていただきました」
「追放?」
トラベラーはジョージを見る。
彼とは面識はないが、ここに来る前にある国で顔は見たことがある。
ジョージはトラベラーが彼を知っているのに気づいたようで、ランの後ろから懇願するように唇に人差し指をあてた。
彼が追放された理由は概ね察しが付く。トラベラーは彼がどこの誰であるのか明かさないであげた。
「トラベラー様、見てくださいまし! 鶏肉を手に入れたので、今日はこれを使った料理を教えていただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
「俺も手伝うよ」
ジョージが手伝いを申し出る。
「いえ、今日のジョージ様はお客様ですから、お気遣いなく」
「そうか……」
ちょっと気まずそうにしているジョージを食堂に待たせ、トラベラーとランは台所に立つ。
「ここ数日で色々と手に入りましたし。新しい料理に挑戦しましょう」
「はい!」
ランが仕留めた鶏の魔物は馬サイズの巨体で、普通なら解体するだけでも大仕事だ。しかし、〈ファブリカの杖〉を使えば即座に調理しやすい大きさに解体される。
その気になれば一口サイズのぶつ切りにも出来るが、それでは料理の練習にならないので、そこそこ大きめの肉塊に留める。
「まだぎこちないですけど、だいぶ包丁さばきが上手くなりましたね」
「トラベラー様にコツを教えていただいたおかげです」
切り分けた鶏肉に塩とケイトペッパーの粉末を刷り込む。
「今回もケイトペッパーの果汁を使うのですか?」
「いえ、実が握りこぶしくらいの大きさですから、思い切って具材として使います」
生のケイトペッパーの実も食べやすい大きさに切り分ける。台所に柑橘類に似た爽やかな香りが満たされた。
遺跡のスクラップから作ったフライパンにオリーブオイルを多めに入れ、にんにくも追加して香り付けをする。
「う~ん、いい香りがしてきました」
「そろそろ鶏肉を入れましょう」
ランが熱したオリーブオイルに鶏肉を入れると、じゅわっと音が立つ。
「いい感じの焼き色がついてきました。ここでケイトペッパーを入れてください」
ぶつ切りにしたケイトペッパーの実を投入すると、食欲をそそる香りが立ち込める。
「出来ましたわ!」
「うん、いい感じです」
完成した鶏肉とケイトペッパーの炒め物を早速、ジョージと共に食べてみる。
強い弾力がありながらも、濃い旨みを持つ鶏肉が、爽やかな辛味を持つケイトペッパーの果肉がよく合う。
「実にうまい。この野菜は?」
「ケイトペッパーの実ですの」
「原種は大きいと聞くが、これはもう香辛料と言うよりも野菜だな」
「一般に流通してるケイトペッパーは普通の胡椒と同じ大きさですものね。きっとここの土が特別なのでしょう」
「ということは、ここの土を持ち帰れば、貧民を養えるくらいの巨大な作物が?」
「おそらく、難しいでしょう」
ジョージの言葉をトラベラーは否定する。
「ここの土壌の中には目に見えないくらい小さな魔法生物がいて、それが作物や樹木を巨大化させています。しかし、それらはここから離れると自滅するように作られているようです」
トラベラーがHi-SADで分析したところ、ナノサイズ魔法生物は自己増殖能力を持つが、無節操に増殖しないようにセーフティーが設定されていると分かった。
「そうか……残念だな」
「民の事を考えるということ、ジョージ様は貴族なのですか? 身なりもよいですし」
「あ、ああ。まあそんなところだ。でも、政治が下手すぎて、こんなところに追放されてしまった」
トラベラーはジョージが政治下手とは思えなかった。
現地で発行された新聞を読んだ程度だが、ジョージが進めていたあの政策は彼の故郷にとって必要だった。
政治力がないのは、大黒柱の人材を追放したシルバーアッシュ家の方だとトラベラーは思う。
「まぁ、そうだったのですね。ジョージ様はこれからどうするおつもりで?」
「今まで一番頑張っていたことが、実は向いていなかったと分かったからな。少し気持ちを整理する必要がある」
ジョージはため息を一つつく。
「でしたらそれが出来るまで、ここにいらしても良いですよ」
「いいのか?」
「はい! 食事が終わったら、ジョージ様のお家を作りましょう」
「え? 作る? 今から?」
食後にトラベラーたちは外に出る。
「ランさん、素材は足りていますか?」
「少々お待ちを。杖に入れたストックを見てみます」
〈ファブリカの杖〉は手に入れた素材を収納空間に収めておく事ができる。この何日かで、ランは〈悪魔のジャングル〉を歩き回り、使う機会の多い素材をストックしていた。
「うん、素材は十分ですね。早速作りましょう!」
ランが〈ファブリカの杖〉を掲げると、先端から淡い光を放つ無数の極小立方体が放たれ、家の形へと形成されていく。
「すごい、古代ファブリカ文明の遺物の力か」
ジョージは感嘆の表情で出来上がった家を見上げる。
「お気に召すと良いのですが」
「こんな素敵な家を作ってもらって、嬉しいよ」
ジョージが笑みを浮かべると、ランもつられて微笑んだ。
●
翌日、いつものようにトラベラーとランは探索へ出かけるが、ジョージは拠点で留守番してもらうことにした。
「俺は戦いに使える魔法を持たないから、探索にはいけないが、代わりに畑の面倒を見ておくよ。農業に関係する仕事をしていたから、本職ほどではないが、無駄飯ぐらいよりはマシな働きができるはずだ」
ジョージの提案はトラベラーとランにとっても都合が良かった。
とりあえず土を耕して種を植えてはいるが、探索と料理指導を優先しているので、ほったらかしも同然なのだ。
なので結構雑草などが生えてしまっている。ナノサイズ魔法生物が植物を識別し、雑草までも異常成長させていないのがせめての救いだ。
「それでは行ってきますね!」
「畑をよろしくお願いします」
「二人とも、無事に帰るのを祈ってるよ」
トラベラーとランを見送るジョージの顔は、寂しそうな悔しそうな顔だった。
それからジョージは懸命に働いた。
質素な作業着を着て懸命にクワを振るう彼を貴族が見れば、落ちぶれたと思うかもしれない。
でもトラベラーの目には彼が生き生きとしているように見えた。
「同じ“知る”でも実体験と知識では雲泥の差だ。私は農業の本質を理解してなかったと思い知らされるよ」
肉体労働が生まれて初めてであろう彼の両手は、たった1日で血豆だらけになっていた。
「自分の軟弱ぶりが嫌になるよ」
ジョージは自分の両手を見て苦笑いする。
凡庸な権力者なら、こんなの自分の仕事ではないと喚き散らしただろう。
だがジョージは置かれた状況で、自分ができる最善を尽くしている。
「なんて痛そう。わたくしが魔法で治しますわ」
ランはジョージの両手を自分の手でそっと包み込む。
優しい光がジョージを癒やす。
「痛みが嘘のように消える。ありがとう。あなたは天使のようだ」
「あら、やだ。ジョージ様ったらご冗談を」
微笑みながら見つめ合う二人を、トラベラーは温かい眼差しで見守っていた。
トラベラーは他の世界のランである彼女たちのことを考える。
青藍妃も青山藍も、一人の男を愛しながらも、それは報われない運命にあった。
せめてこの世界くらいは、良い相手と結ばれてほしいとトラベラーは願う。
この二人の関係がどのような決着を迎えるか分からないが、少なくともジョージはランのパートナーとして悪くないとトラベラーは思う。
トラベラーはジョージの故郷を訪れた時、民衆が彼を『シルバーアッシュ最後の良心』と呼んでいたのを思い出す。
実際のジョージの人柄を見て、トラベラーはその呼び名に間違いがないと感じた。
二人の本来の身分を考えれば、おそらくただ好ましいから、信頼できるからという理由で共に生きることは難しいだろう。
だがこの〈悪魔のジャングル〉はそういった社会のしがらみとは無縁の場所にある。
ランの手に〈ファブリカの杖〉がある限り、生活に困ることはない。
(これなら帰還しても大丈夫そう)
そろそろ〈悪魔のジャングル〉の調査は終わる。そうなったらトラベラーは帰還しなければならない。
いくらしがらみとは無縁のスローライフとはいえ、自分が立ち去ったあとにランが孤独な生活を送ることは心配だった。
だがジョージが共にいてくれるのなら、トラベラーはなんの憂いもなく立ち去れそうだった。




