第15話 インスティナの正体
新月の夜、ブルーヒル家に近づく一組の男女の姿があった。
「スティール、知覚の魔法・探査の型で警備兵の動きを見てくれ」
「かしこまりました……今なら行けます」
「よし、行くぞ」
二人は自分に強化の魔法を使い、塀を軽々と飛び越える。
「本音をいえば、レッドウッド王国の王女である姫様に盗賊みたいなことはさせたくありません」
「仕方なかろう。ブルーヒル伯爵は転移の魔法を使える。捕まえるなら不意打ちしか無い」
「内部の協力者もいるのですから、私に任せていただければ……」
「今まで二人でいくつもの事件を解決してきたではないか。そんな寂しいことを言うな、愛しき我がダーリンよ」
「部下をそんなふうに呼ぶと、誤解を招きますよ」
相変わらずシャイな男だとピジョンは思った。
巡回する警備兵をスティールの力で回避しつつ、屋敷に接近する。
使用人たちが使う勝手口があいていた。
「姫様、こちらです」
「お待ちしておりました」
二人のメイドが手招きしていた。彼女たちが内部の協力者だ。
「協力に感謝する。ヒスイ、スノウ」
二人はランの専属メイドだ。
「もったいなきお言葉です」
「ランお嬢様を守りきれなかった私たちに償いの機会をお与えいただき、感謝しております」
「あまり気に病むな。ランが追放された時、お前たちは里帰り中だったのだから仕方ない」
ランは良いメイドを持ったなとピジョンは思う。
「旦那様とインスティナお嬢様は、当主が使う執務室にいます」
二人の案内で執務室にたどり着いたピジョンは、扉に耳を当てて中の様子を窺う。
「まったく、何が“真実は作るもの”だ。ランに味方する者に、口止めすらしなかったなんて」
「うざ! 何度蒸し返せば気は済むのよ。こっちにはアルバールがいるんだから、好きなだけもみ消せるわよ。なんたって王太子なんだから」
「ふん、お前の男をたぶらかす腕前は認めてやるよ」
ピジョンはスティールたちに目配せした後、腰の剣を抜く。
「はっ!」
短い気合いと共にピジョンは剣を振るうと、扉は一瞬でバラバラになって崩れて落ちる。
ブルーヒル伯爵とインスティナがこちらを向いたのと、ピジョンが光の魔法・閃光の型を使ったのは同時だった。
「くらえ!」
「ぬわー!」
「アーッ! 目がぁ!」
強烈な光を直視した二人は視力を失う。
「くそ、襲撃か!?」
ブルーヒル伯爵が転移の魔法を使おうとする。
その時、スティールが動いた。彼は素早く接近し、伯爵に手錠をかける。
「魔法が使えない!?」
「魔法封じの手錠だ。もう逃げられないぞ」
戸惑うブルーヒル伯爵をスティールは組み伏せる。
「ちょっと! 何するのよ!」
「大人しく縄についてください!」
「往生際が悪いですよ」
一方、インスティナはヒスイとスノウが縛り上げた。
「さてブルーヒル伯爵、私が誰かわかるかな?」
「その声はピジョン姫!? こんなこと、アルバール様が許しませんよ」
まだ視力が回復していない彼は明後日の方を見る。
「やつならランに濡れ衣を被せた罪に問われて失脚したよ。だいたい、あんな稚拙な陰謀なんて上手くいくわけないだろう」
「ば、馬鹿な……」
「やれやれ」
どうやら本気で自分たちの陰謀が上手くいくと思っていたらしく、ピジョンは思わず呆れてしまった。
「我が親友ランをどこに追放したか答えてもらおうか。嘘をついても無駄だぞ。我が右腕スティールが知覚の魔法・看破の型で見破るからな」
ピジョンが目配せすると、スティールは魔法を発動させた。
「それを知ってどうする。やつはもう死んだも同然だ」
ブルーヒル伯爵は鼻で笑う。
「それを決めるのは私だ」
「だったら教えてやる。あのトンチキ娘は〈悪魔のジャングル〉に追放してやった! 今ごろ魔物のエサになってるだろうよ」
せめてもの反撃のつもりか、ブルーヒル伯爵は嘲笑うかのように言った。
スティールを見ると、彼は無言で頷いた。伯爵は嘘をついていない。
「なんだ、なら問題ないな。馬に強化の魔法を使えば2,3日で迎えに行ける」
「私の言葉を聞いてなかったのか?」
「お前は自分の娘のことを何もわかってないのだな」
こんな父親を持った親友にピジョンは同情の念を持つ。
「確かに彼女は母親である英雄ケイトほどの才能はない。だが五系統の魔法を習得し、武道の心得までもある。ランならたとえ〈悪魔のジャングル〉でも何ヶ月だって生き延びるだろうさ」
ブルーヒル伯爵は悔しそうに歯ぎしりをした。
「さて、次はインスティナだが……」
ピジョンはインスティナから髪の毛を一本引き抜く。
「痛っ! 何するのよ」
抗議の声を無視し、ピジョンは抜いた髪の毛をスティールに渡す。
受け取ったスティールは革袋から別の髪の毛を取り出す。
どちらの髪の毛も色は同じだ。
「私のスティールは知覚の魔法の達人でな、血や髪の毛の鑑定ができる」
ピジョンは”私のスティール”を特に強調して言った。
「で、どうだ?」
「遺跡の冬眠装置に残っていた髪の毛と、インスティナのは同一のものです」
「ふふん、これではっきりしたな。インスティナは古代ファブリカ文明の人間だ」
ピジョンの言葉にヒスイとスノウだけが驚く。
ブルーヒル伯爵を見ると苦虫を噛み潰したような顔をしていた。インスティナの正体は知っていたのだろう。
「な、なんで分かったの?」
「アルバールに近づこうとしていたお前の身辺調査を、私は行っていた。だが、ある時点からお前の過去は全く見えなくなった。」
まるである日突然、この世界に出現したかのようだと、ピジョンはその時思っていた。
「だが、調査中にある情報が入った。オレンジリーフ近郊で新しい遺跡が発見されたのだが、そこは人間を何千年もの間、冬眠させておく施設だった。どうやら古代ファブリカ文明の末期に、一部の人間が文明崩壊から生き延びるために使っていたらしい」
それだけなら、インスティナの調査に無関係なこととして、ピジョンは気に留めなかった。だが、ある情報が引っかかった。
「冬眠装置が故障していたのか、古代人の大半が死んでいた。だが、調べた者の話によれば、一人だけ生き残って現代に目覚めた古代人がいたらしい。そいつが使っていたと思しき冬眠装置に髪の毛が残っていた」
インスティナと古代人。結びつけるには荒唐無稽だとピジョンは思ったが、どうしても引っかかった。
「インスティナが最初に目撃された場所は、冬眠の遺跡の近くだった。そして今、冬眠装置の髪の毛とお前のが一致した」
「そ、そんな……バレるわけないと思ってたのに」
「さて、そろそろお前たちを連行する」
ピジョンが告げると、インスティナは青ざめる。
「古代知識で無双して、イケメンとキラキラセレブ生活する私の計画が……」
「そう絶望することもない。我々にも情はある。処刑などしないさ。なにせ生きた古代人だ。どんな些細な情報でも金の山に匹敵する。学者にモテまくるぞ」
処刑しないと言った時、ピジョンはインスティナの表情がかすかに変わったのに気づく。
(ふむん。死ななければ、いくらでもやり直せると思ってる目だ)
インスティナは三流の陰謀家だ。もう悪さが出来ると思えないが、再び立ち上がろうとする気力を残しているのは間違いない。
気にはなる。だがインスティナもブルーヒル伯爵も捕縛した。
まずは然るべき場所へ二人を引き渡す。
(ランよ。お前は今、どうしている? お前ほどの女が魔物ごときにやられるとは思わないが、ジャングルで一人寂しい思いをしていないだろうか)
家族と婚約者に裏切られた挙句、ジャングルに追放されたのだ。
ピジョンは早く迎えに行って親友を慰めてやりたかった。
●
ジョージ・シルバーアッシュはぽつりとつぶやく
「路頭に、迷ってしまった……」
ジョージは周囲を見渡す。
異常なほどに巨大な樹木が日光を遮り、昼にもかかわらず薄暗い。どこからともなく鳥の鳴き声が聞こえてくる。
ジャングルであった。
「おまけに遭難してしまった……」
ジョージはがっくりと崩れ落ちるように座り込む。
「なんてこった。家族と仲は良くなかったが、まさかここまで嫌われていたなんて……」
転移の魔法で魔物がはびこる〈悪魔のジャングル〉に追放する。明確な殺意があったということだ。
ふと、何かの気配を感じる。
見上げると、馬ほどの大きさを持つ、鶏の魔物が目の前にいた。
「落ち込む暇すら無いのか!」
ジョージは自分のあまりの不運っぷりを呪いながら、脱兎のごとく逃げ出す。
「コケーッ!」
鶏の魔物が叫ぶと、口から火球を発射した。
火球は逃げるジョージの少し後ろに着弾し爆発する。
「ウワーッ!」
爆風に煽られたジョージが地面を転がる。
すぐに立ち上がろうとするが、鳥の魔物に踏みつけられてしまう。
「ああ、くそ。ここで終わりか」
その時である。
「おりゃー!」
「コケーッ!?」
美しい娘が飛び蹴りを鶏の魔物に叩きつけた。
獲物を横取りされたのか、鶏の魔物が美しい娘に狙いを変える。
「どりゃー!」
美しい娘がアッパーカットを鶏の魔物に叩きつける。
「コケーッ!」
打撃を受けた鶏の魔物は、まるで車輪のようにぐるぐると回転し、頭から地面に叩きつけられた。
「コケェ……」
魔物はぐったりと動かなくなり、絶命する。
「鶏肉と羽毛、ゲットですわー!」
枝葉の隙間からわずかに差し込む日差しを浴びながら、美しい娘は勇ましく拳を掲げた。
「あら、こんなところに人がいるなんて」
美しい娘と目が合うと不思議とジョージの胸が高鳴った。
そして今なってようやく、自分が命の危険にさらされた実感がやってきた。
「もしかして遭難されたのですか? わたくしみたいに誰かに追放されたとか?」
「あ、ああ。そんなところだ」
「わたくし、ラン・ブルーヒルと申します。あなたは?」
「俺は……」
彼は最初、家名を名乗ろうとしたが、思いとどまった。自分はもうシルバーアッシュ家から切り捨てられたのだ。
「ジョージ。俺はただのジョージだ」
「ジョージ様ですね。よろしければ、私のお家にいらっしゃいますか?」
「え? お家? こんなジャングルに?」
「はい!」
ランと名乗った美しい娘は太陽のような笑顔を浮かべた。




