第14話 ファブリカの杖
危険な場所にいるという自覚はある。だが、自分は今、母のような冒険をしていると思うと、ランは足が止まらなかった。
遺跡の内部は、現実感のない真っ白な通路だった。天井が光っているので灯りには困らない。
一本道の通路を進むと扉を見つけた。
ランは扉を開けようとするが、びくともしない。
扉のすぐ横に何かの装置を見つけ、ランは母との記憶を思い出す。
『古代ファブリカ文明の遺跡の扉は身分証がないと開かないようになっているの』
「ではお母様は遺跡を探索する時は身分証を探しましたの?」
『いいえ、もっと良い方法があるわ。それはね……』
ランはかつて母がそうしたように、強化の魔法を自分に使った。
「オラァですわ!」
強化されたランの打撃は扉を粉砕する!
「うん! お母様の言う通り、この手が一番ですわ!」
直後、ガシャンガシャンと金属質な足音が聞こえる。
振り向くと、全力疾走でこちらに向かってくる金属の人形の姿があった。
「ゴーレム! 古代ファブリカ文明の魔法人形ですわね!」
ランは強化の魔法を維持しつつ、構える。
「侵入者発見。直ちに排除します」
見上げるほどの体躯をもつ魔法人形は、ランの身長ほどはある大剣を軽々と振るう。
相手が攻撃を繰り出す前に、ランは素早い打撃を繰り出した。
しかし魔法人形は攻撃を受けても微動だにしない。
「痛っ……かったいですわ」
魔法人形の反撃が来る。
「きゃ!」
一撃でも致命傷になりうる攻撃をランは回避する。
敵の攻撃は更に続く。何度も回避する内にランは壁際に追い詰められた。
魔法人形が大きく剣を振り上げた。
その時、ランはあえて前に出た。前転で魔法人形の股下をくぐり、背後を取る。
「もらいましたわ!」
ランは魔法人形の背中に触れる。
「金属製なら、これが効きましょう!」
触れた手のひらから放たれた電撃の魔法が魔法人形の全身を駆け巡る。
魔法人形はカナリアのような甲高い悲鳴を上げると、体のあちこちから煙を噴きながら動きが止まり、そのまま崩れ落ちるように倒れた。
「さて、扉の先は何があるのでしょうか」
そこはどうやら倉庫のようで、杖のような道具がたくさんあった。その殆どが柄が折れたり先端部が砕けていたりしたが、1本だけ壊れていない物があった。
「魔法の補助具か何かでしょうか?」
ランは杖を手に取る。
その時、衝撃が彼女の頭を襲った。
膨大な情報が彼女の脳に送り込まれる。一瞬だけ激しい頭痛に襲われ、ランはよろめいた。
(使い方が頭の中に流れてくる? この杖は……〈ファブリカの杖〉……)
誰かに話を聞いたわけでもなく、本を読んだわけでもないのにかかわらず、ランはまるで熟練者のようにこの杖の使い方が分かった。
脳内に送り込まれた手順書をもとに、杖の石突きで床を軽く叩くと、板状の水晶のような物が出現する。
空中に浮かぶ水晶板には、道具や建物の設計図が並び、それを作るために必要な素材が記されている。
(頭の中に入ってきた説明書の通りですわ)
水晶板に触れると、指の動きに合わせて表示が動く。
(何か作ってみたいですわね)
すると立派なログハウスが目に付いた。
(なんて素敵なお家! これを作ってみましょう!)
水晶板には大量の木材が必要だと記されているが、ここには使い切れないほどある。
ランは軽い足取りで遺跡の外に出て、巨木の1本に〈ファブリカの杖〉を向ける。
杖の先端から出てきた光線が巨木に触れると、それは極小の立方体状に分解される。そして、その大量の極小立方体は、またたく間にログハウスの形に再構築された。
「すごい! 本当に家ができましたわ!」
ランは〈ファブリカの杖〉をキラキラした眼差しで見つめる。
「これがあれば、ジャングルでも快適な生活を送れそうですわ!」
次は何を作ろうかとランは考える。けど、あれもこれも作りたくて、すぐには決められなかった。
●
前回と前々回がハードだっただけあって、第468並行世界の任務はかなり楽に感じている。
とはいえ、こういう時に人は油断してしまう。トラベラーは並行世界調査員の仕事に安全などないと自分に言い聞かせた。
トラベラーはいくつかの調査を終えたあと、次の目的地を〈悪魔のジャングル〉に定めた。
並行世界航行機で現地へ向かったトラベラーは、そびえ立つ巨木の森で土を採取し、Hi-SADで検査する。
『ナノサイズの魔法生物を検知』
それは魔法的なバイオテクノロジーで作られたナノマシンのようなもので、自己増殖機能と植物の成長促進機能を有していた。
トラベラーは空を覆う巨木を見る。
(ナノサイズ魔法生物で育った植物のサンプルが必要ね。しばらく滞在するだろうから、野営に適した場所を探さないと)
良い場所を探して森を歩いていると、トラベラーは冗談のような光景を目にした。
前人未到の場所におしゃれなログハウスがあったのだ。
「……」
トラベラーは目を擦る。
ログハウスはそこにあった。
「……」
トラベラーは自分の頬をつねる。
ログハウスはそこにあった。
「……」
トラベラーはHi-SADで自分のメンタルとバイタルをスキャンする。
画面に「健康」の二文字が無慈悲に表示された。
トラベラーはようやく、目の前の光景を現実だと受け入れた。
「なぁにを育てようかな〜ふんふふーん」
ログハウスの近くで畑を耕している少女がいた。
トラベラーは彼女とは初対面だが、その顔は青藍妃や青山藍と同じだった。
あの少女は彼女たちの並行世界の同一人物に違いない。
「あら!?」
彼女がトラベラーに気づく。
「ごきげんよう! わたくし、ラン・ブルーヒルと申します」
ランは元気良く手をぶんぶんと振るった。
「ご、ごきげんよう。私はトラベラーといいます」
ランは青藍妃や青山藍とずいぶん性格が違った。並行世界の同一人物で性格が全く異なるのはよくあることだが、トラベラーは強烈なギャップを感じずにはいられなかった。
「トラベラー様ですか。ここには冒険に?」
「え、ええ……まぁそんなところです。ここの土壌や植物を調査しに来ました」
「でしたら、ここを冒険の拠点として使っても構いませんよ」
「良いのですか?」
「ええ、独りで住むには大きすぎる家を建ててしまいましたので」
トラベラーはログハウスを見上げる。
「これをあなたが?」
「ええ、この〈ファブリカの杖〉で作りました」
ランは背負っている杖を指差す。
「すごく便利ですよ。素材さえあれば大抵の物が作れます。すぐ近くに古代ファブリカ文明の遺跡があって、そこで見つけました」
その遺跡も調査する必要があると、トラベラーは心の中のメモ帳に記す。
「ところで、トラベラー様はお料理はできますか?」
「家庭料理の範疇なら」
「でしたら滞在の間は、わたくしにお料理を教えていただいてもよろしいですか」
「滞在させてくれるのですから、喜んで教えます」
「まぁ、ありがとうございます」
ランは手を差し伸べる。
「短い間ですがよろしくお願いしますね」
「ええ、よろしくお願いします」
トラベラーはランと握手を交わす。
早速、今日の食事を作るため、トラベラーはログハウスの地下にある食料庫を見せてもらう。
倉庫の中央には巨大な氷が鎮座していた。
「この氷はランさんが魔法で?」
「ええ。食材が傷みにくいように、氷の魔法で作りました」
食材の鮮度に問題なさそうだった。
「ケイトペッパーは愛着のある食材なので、これを使った料理を覚えたいのですが……」
「大丈夫ですよ」
料理初心者ならむしろシンプルな方が良いとトラベラーは考えた。
「まずは火が必要ですね」
「お任せください!」
ランは魔法で焚き火を作った。
「炎の魔法も使えるのですね」
「ええ、他にも強化と電撃、あと回復も使えます」
「五系統も使えるなんて、才能があるんですね」
トラベラーはお世辞抜きで言った。自分の故郷でもランほどの魔法使いは少ない。
「いえいえ。十系統も使えるお母様と比べたらとてもとても」
身近な人が規格外なせいか、青藍妃や青山藍より謙虚に見えた。
「それで、早速お肉を焼くのですか?」
「いえ、焚き火をしばらく放置して、薪が炭になるまで放置します。それまでに他の準備をしましょう」
次は肉の下ごしらえに入る。
「肉は焼く前に常温に戻しておきます。それと筋を切っておくと、食べやすくなりますよ」
「ああ、筋! どうりで変に噛みにくい所があると思いました」
スクラップから〈ファブリカの杖〉で作った包丁で肉の筋を切る。
「生のケイトペッパーの実があるなら、これで調味液を作りましょう」
ケイトペッパーを絞るとフレッシュで爽やかな香りが立つ。それに塩を溶かして調味液を作る。
そして筋切りして食べやすくした肉の切り身を調味液に漬け込む。
「事前に味を染み込ませるのですね」
下ごしらえを済ませたあと、薪が炭になるまでまだ時間がある。
「調査のサンプルのため、薪やケイトペッパーの実を少し分けていただいても良いですか?」
「もちろんです」
トラベラーはランから譲ってもらったサンプルを、Hi-SADのアプリで生成した亜空間に収納した。
しばらくして焚き火から火が消えた。
「これでお肉を焼けるのでしょうか?」
「炭になった薪を見てください。中が赤くなってるでしょう? 肉を焼くのに十分な熱はあるんです。この熱でゆっくり火を通すと、美味しく焼けます」
熾火の上に網を置き、肉を置く。
「美味しくなぁれ、美味しくなぁれ」
ランは目を輝かせながら、肉を見つめる。
「焼けましたわ!」
「ステーキは焼き上がったあと、少し休ませると美味しいですよ」
そして完成した魔物肉のステーキの実食に入る。
「なんて美味しいのでしょう! 下ごしらえと焼き方でこんなに違うなんて!」
ランはとても美味しそうに食べるのを見て、トラベラーは教えたかいがあったと思った。
「この特別な胡椒は、お母様がここで見つけて王国に持ち帰りました。なので、お母様の名前を冠してケイトペッパーと呼ばれています」
「母親を思い出させる食材なのですね」
トラベラーは今後もできる限りケイトペッパーを使った料理を教えようと思った。
「ところで、ランさんはどうしてここで生活を?」
「お恥ずかしい話ですが、追放されてしまったのです」
トラベラーはランから彼女がここに追放された経緯を聞く。
「ひどい話ですね」
「でも、良識ある人々が三人をちゃんと止めてくれるでしょう」
「迎えが来たら、ランさんは王国に帰るのですか?」
「いえ、ここでのんびり暮らしたいですね。今回の件で、私は貴族に向いていないと痛感しました」
ランは少しつかれたような笑みを浮かべる。
それを見て、トラベラーはここにいる間は、彼女を気にかけてあげようと思った。




