第13話 ジャングル令嬢
ラン・ブルーヒルは胸いっぱいに息を吸い込み、ありったけの声を出した。
「路頭に迷いましたわー!!!!!」
ランの声が虚しくこだまする。
異常なほどに巨大な樹木が日光を遮り、昼にもかかわらず薄暗い。どこからともなく鳥の鳴き声が聞こえてくる。
ジャングルであった。
「おまけに遭難してしまいましたわー!!!!!」
煌びやかなドレス姿のランは誰が見ても、貴族の令嬢だ。
なぜ彼女はこんな場所にいるのか? それは数時間前に遡る。
●
最初、ランはこれは悪夢だと思った。
その日は貴族学校の卒業パーティーで、祝いの日だ。悪いことなど起きるわけがない。
そのはず、であった。
「僕は見た! 三日前の夕方、ランがインスティナを階段から突き落とすのを!」
「俺は先週の火曜日の朝、彼女がインスティナの教科書をこっそり捨てていたのを見た!」
「先月のロバート家で開かれたパーティーでは、ランは飲み物をインスティナのドレスにぶちまけて台無しにした!」
ランが義理の妹であるインスティナに陰湿ないじめをしていたと主張する者たちを見る。
みなインスティナと親しくしていて、婚約者がいるにもかかわらず彼女の”騎士”を自称していた男子生徒たちばかりだ。
「この通り、お前が義理の妹であるインスティナに卑劣な嫌がらせをしたと証言してる者がいる! お前など私のパートナーにふさわしくない! 婚約破棄だ!」
アルバール・レッドウッドはランに蔑みの視線を向ける。とても婚約者に向けるとは思えない態度だ。
「誓ってわたくしは、そのようなことをしておりません」
ランは冷静に言う。
「黙れラン!」
ランの父、ブルーヒル伯爵が叫ぶ。
「この期に及んで、罪を認めないか! お前など娘なのではない! 廃嫡だ!」
「お父様まで……」
父の言葉に、ランはため息をついた。
「私を廃嫡したら、ブルーヒル家の跡継ぎはどうされるのです? インスティナは養子ですから、直系の血が絶えます」
「新しい妻を迎えて、生まれた子に継がせる」
「直系はお母様で、お父様は婿養子です。それは家の乗っ取りですわ」
「乗っ取りとは心外だな。直系の跡継ぎであるお前が廃嫡になったのだから、せめて家の形だけは存続させるための、苦渋の決断だ。そう珍しいことではなかろう」
ブルーヒル伯爵はニヤニヤ笑いながら言った。
(お父様がこんな人だったなんて……)
ランは眉をひそめた。頭痛すら感じる。
「義姉さまが何を言おうと、結果は変わらないわ」
インスティナはアルバールと腕を組んでいた。まるで自分こそが王太子の婚約者にふさわしいと言わんばかりだ。
「真実というのは”明らかにする”のではなく”作る”ものよ」
インスティナは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「出来ていません」
「えっ?」
「だから、インスティナが言うような真実など、まるっきり出来ていませんといっていますの」
周囲から「そうだ! そうだ!」という声が上がる。
「三日前の夕方、ラン様は私と一緒に魔法の稽古をされていました! インスティナを突き飛ばすなんてできません」
「先週の火曜日の彼女は、王宮で妃教育を受ける日でそもそも学校にいない!」
「私はロバート家のパーティーでラン様とずっといました。パーティー中はインスティナ嬢に近づきすらしませんでした!」
「そもそも、ラン様がいじめなんてする訳ありません!」
友人たちがランの無実を証明してくれる。
「インスティナ、あなたは破廉恥な殿方をたぶらかすのは上手ですが、陰謀家としては拙いようですわね」
「あ、あれぇ?」
ランはアルバールへ視線を向ける。
「アルバール様、私を疑うのは百歩譲って良くても、せめて証言の裏取りくらいはしてくださいまし。それとも、あなたも共犯なのですか?」
「う、あ……」
婚約者は違うと即答しなかった。それは白状したも同然だ。
「呆れた人。そんなにもインスティナを妻にしたいのですか」
ランは軽蔑の眼差しを向ける。
「う、うるさい! うるさい! 私は王太子だ! 私が黒と言ったらお前は黒なんだ! 伯爵、やれ!」
「かしこまりました」
ブルーヒル伯爵はランに手のひらを向けると、魔力の光が現れた。
「転移の魔法でお前を追放してやる! 消えろ!」
「ああ!」
ブルーヒル伯爵から発せられる光が大きくなり、眩しさのあまりランは目をつぶってしまう。
そして目を開けると、あまりに巨大な樹木が空を覆う樹海にいた。
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そして今に至る。
ランは上を見上げる。天を貫かんばかりの巨大な樹が無数にある。
「ここはきっと、お母様が言っていた〈悪魔のジャングル〉ですわね」
樹から伸びた枝葉によって空は遮られ、昼にもかかわらず薄暗い。枝葉の隙間から、針のようにか細い光が点々と降り注ぐのみだ。
(こんな所に追放されるなんて……私は貴族に向いていないのでしょうね)
さっきから、ため息ばかりついている気がする。
「くよくよしても仕方ありませんわ。過ぎたことよりも、今を考えないと」
自分を陥れた者たちはどう思っているのだろうかとランは考える。
貴族令嬢が〈悪魔のジャングル〉で遭難すれば、三日も生きていられない。
そう”思い込んでいる”だろう。
「さて、これからどうしましょう?」
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それから三日後!
「ア〜アア〜!」
ランは巨木から垂れるツタを使い樹海を縦横無尽に進んでいた。
彼女が進む先に角を生やした猪の魔物の姿がある。
「今日のお夕飯、お覚悟!」
ランがツタを手放して跳躍する。
猪の魔物がランを睨む。角の先から稲妻状の怪光線を発射して彼女を迎撃した。
「なんの!」
ランが空中で体を捻って怪光線を回避する。
「えいやーっ!」
体を捻った時に生じた回転力を利用し、ランは猪の魔物の横っ面に強烈な回し蹴りを喰らわせる。
魔物は豚のような悲鳴を上げ、樹の幹に叩きつけられる。
相手は樹海の過酷な環境を生きている。一撃では仕留め切れず、猪の魔物は即座にランへ向かって突進した。
「もらいましたわ!」
ランは真正面から猪の魔物の顔面に正拳突きを叩きつけた。
直撃を受けた魔物はぐらりと倒れ、動かなくなる。
「お肉~お肉~」
ランは鼻歌を歌いながら猪の魔物を手際よく解体する。
道具は石を尖らせたナイフだが、強化の魔法を付与すればなんとか使い物になる。
それから炎の魔法で焚き火をおこし、肉を焼く。昨日見つけた岩塩を、細かく砕いて味付けした。
「いただきまーす!」
ランは焼いた肉の塊にかぶりついた。
(う~ん。不味いわけではないですけど、今ひとつですわね)
魔物のだからか、それとも自分の焼き方が悪いのか、肉は固いし、噛みにくいところもある。実家の料理人が作ったステーキはあんなにも柔らかかったのに。
それでもどうにか手に入れた肉だ。ランはどうにか食べ切った。
「はぁ……」
飢えは満たされた。しかし心は満たされたとは言い難い。
(大好きなケイトペッパーの香りが恋しいですわ)
ランはもっと生活を整えたいと思った。
(そういえば……お母様がケイトペッパーを発見したのは、この〈悪魔のジャングル〉でしたわね……よし、明日探してみましょう)
翌朝、ランはさっそくケイトペッパーを求め、〈悪魔のジャングル〉でまだ行ったことがない場所へ向かった。
幼い頃のランは、寝る前にいつも母に冒険者時代の話をせがんだ。
母の冒険譚はたくさんあるが、その中でも一番好きなのは〈悪魔のジャングル〉の話だ。
母はここで新種の胡椒を発見し、それは彼女の偉業を称えてケイトペッパーと名付けられた。
ランはケイトペッパーを使った料理が大好きだ。その独特な風味は、亡き母の存在を思い出させてくれる。
(お母様の話ではケイトペッパーの群生地があったはず……今もあると良いのですが)
歩き続けて数時間がたった。巨木の枝葉が空を遮っているので陽の傾き加減は見えないが、このまま探索を続けていたら、陽が暮れてしまう。
いったん住処に戻ろうかと思い始めた時、慣れ親しんだ香りが漂ってきた。
「この香りは!」
ランは思わず駆け出す。
巨木に巻き付いたツタから、房状に生っている実を見つける。
実からはほのかにオレンジ色の光が発せられている。
「見つけましたわ! ケイトペッパー!」
ランは歓喜の声を上げ、握りこぶし大の実を一つもぎ取る。
「原種はとても大きいですわね。〈悪魔のジャングル〉の環境がそうさせてるのでしょうか?」
ブルーヒル家の敷地にあるケイトペッパーの畑を思い出す。収穫時期になると、爽やかな香りが屋敷にまで届いていた。
「今日の夕飯が楽しみですわ!」
ランはルンルン気分でスキップしながら住処へ戻ろうとした。
その時、足元の地面が崩落した。
「きゃぁ!」
ランはしたたかに尻もちを付いた。
「あいたたた……あ、ケイトペッパーの実は!?」
幸いにも潰れずにすぐ近くに転がっていた。ランはほっとして実を拾う。
ランは周囲を見渡す。天然の洞窟などではなく、明らかに人の手による空間だった。
(もしかして古代ファブリカ文明の遺跡でしょうか?)
それは母の冒険譚にしばしば登場する古代文明で、極稀に現代よりも遥かに優れた道具が遺跡から発見される。
(……ちょっとだけ調べてみましょうか)
好奇心を刺激され、ランは遺跡内に入る。




